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私、痴女、そしてカルド様で結成されたお屋敷再建プロジェクトチームは、基本的にカルド様の予定を元にスケジュールを組んで活動している。私と痴女は比較的時間に自由が利く学生であるのに対して、カルド様は多忙な神覚者であるからだ。
今回もカルド様から「何日か空けたので魔法局集合」と招集がかかり、急遽魔法局へと集合することになった。カルド様は最近どうにも忙しいらしくて以前会った時よりも少し痩せてらっしゃったが、蜂蜜を直で飲んでエネルギーチャージをしておられたから、まだ大丈夫なのだと信じることにする。本当にやばくなると点滴に蜂蜜を流し込んでオートで糖分補給しようとし始めるからね。以前過労で倒れられてうちの病院に入院されることになったんだけど、点滴に蜂蜜を……父上がブチギレて……あの騒動に関しては一切のことを思い出したくもない。
正直私たちとしては私たち二人で再建を進めても良いと思っているんだけど、学生だとどうしても監督者が必要になる。しかも私たちは一度お屋敷を全焼させてるからね。魔法局長がかなり私たちを警戒してるらしいよ。痴女が「今年入学してきた一年生に何人か高官の息子がいるんだけど、父親になんか吹き込まれてるっぽくて舐めてかかってきてムカつくから性的に誘惑して人生めちゃくちゃにしてやりたい」などと倫理観が欠如した話を始めて、カルド様もさすがに引いていた。言動も思考もまさに痴女。レインくんには永遠に近付かないでください。
そんなこんなでおよそ三日に渡る強制無賃労働を終えて魔法局から学校に帰ろうとしていたところ、カルド様がわざわざ「もう夜も遅いから」とご連絡をしてくれていたらしく、なんとレインくんがロビーで待っていてくれたのだ。
もちろんレインくんの顔を見た瞬間にありとあらゆる疲れは吹っ飛び、私は上機嫌になった。何せ三日ぶりのレインくんだ。目と目が合っただけで好きが溢れて止まらなくなってしまった。
痴女はレインくんに抱き着いてキャーキャー騒ぐ私を見て「迎えに来てくれる彼氏欲しい」とかブツブツ言ってたけど、痴女マインドを続けてるうちは彼氏とかできないと思う。
優しいレインくんは私を待っていただけではなく、マーチェット通りに立ち寄っていつものパン屋さんでパンを買ってくれていた。三日ぶりのまともな人間としての食事。痴女とパンを分け合いながら「美味い美味い」とわんわん泣いた。カルド様はほら、善意で同じ食事を勧めてくださるから私たちとしても断れなくて、ね……。
そんなこんなでカルド様に送られてセント・アルズへと帰っていく痴女と別れ、魔法局から学校までのそう長くない道のりをレインくんと二人で帰ってきた。その少しの時間もレインくんと過ごせるだけで特別になるんだから恋は素敵なものだ。これからもずっとこうして一緒にいられるといいな。いくつになってもレインくんと一緒にいられる時間を特別で大切なものだと思っていたい。
心も胃袋も満たしてもらって私はすっかりご機嫌だし、レインくんもそろそろ業務にも慣れてきたようで心做しかいつもよりも元気そうな顔をしている。オーター様の職場改革は進んでいるようで何よりだ。これからも頑張ってください。レインくんの帰りを待つ私より。
更に、明日はレインくんは魔法局には向かわず、ずっと学校にいてくれるらしい。しかも明日は休日! 朝から晩まで一緒にいようねとウキウキ気分で話し掛けたら、「課題をやる」と言われてしまったけど、それなら私も課題をやるまでのこと。再建プロジェクトに向かったせいで魔法史の補講に出れなくて、馬鹿みたいな寮の課題が部屋に届いたって先輩から昨日連絡があったからね!
学校の敷地内について、既に消灯時間もすぎて人のいない道を二人で進んでいく。私一人なら箒でかっ飛ばしていた道だろうけど、今日はレインくんも一緒だからね。ゆっくり歩くんだ。
私がわざとゆっくり歩いていることには気付いているであろうに何も言わないで自分の歩調も緩めてくれるレインくんの優しさに胸がキュンとする。締め切られた扉を開けるために足を止めたレインくんにこっそり近付いて腕を組み、「えへへ」と笑いながらレインくんの横顔を眺め──。
「待ってレインくん、止まって」
「なんだ」
「もう扉が開いてる。しかもこれ……無理矢理こじ開けられてるのかも」
和やかだった空気が一瞬で張り詰めるのを肌で感じたが、そんなこと気にしていられる事態じゃないのは確実だった。レインくんが扉に向けていた杖先を押し退けるようにして、懐から出した自分の杖で扉の表面を軽く撫でる。見た限り罠は確認できない。でも扉自体に組み込まれている許可されたものしか通過できない魔法式が破壊されていて、誰でも通り抜けられるようになっている。元より通行許可を与えられている私たち学生や教師、神覚者様たちにはこんなことをする必要は無い。つまり……。
「侵入者か」
「その可能性が高いね」
「……今日はジジイも朝から魔法局に詰めてる。その上オレもお前も連日留守にしていた。そこを突かれたということは内部犯、もしくは内通者がいるな」
「マーガレット・マカロンもまだしばらく帰ってこないらしいし、先輩も昨日から出払ってるし。やられたねー、これは」
再び扉に杖を向けたレインくんを後ろ手に制し、もう片方の手で扉に触れる。私は母譲りの特別な目をしているが、目以外の部分でも人より魔力感知機能が発達している。もしも有名な指名手配犯が犯人なら、これで大体は分かるはず。
「……えっ」
扉に触れた瞬間に思わず漏れた声はレインくんにも聞こえていたようで、名前を呼ばれて勢いよく首根っこを掴まれ扉から離された。その力強さに足がもつれてレインくんの胸に背中から飛び込む形になりながら、自分の手のひらを見下ろす。今のは、いや、まさか。
「どうした、見せてみろ」
「……あの子の魔力に似てる」
「それは……」
「うん。多分そっち関連」
一度そう言葉にしてしまうと「そうなのだ」と確信せざるを得なくなってしまって勝手に手が震えた。どうしよう。
血の繋がりがあると痣の形が似ているように、魔力の質というのか形というのか、そういうものも血の繋がりがあればかなり似通ったものになる。これは私と母上のような特殊な目を持った人か相当魔力感知能力に優れた人にしか分からないことだろうが、それでも私たちは実際見るだけで分かるのだ。血の繋がりはどうしても覆せない事実としてこんな所にも残っているのだと。
黙って自分の手のひらを見つめ続ける私を数秒見下ろしていたのであろうレインくんは、ふいに私の視界を遮るようにして手を握ってきた。気付けば冷えきっていた手のひらにレインくんの手は熱いぐらいだった。でも、不思議と落ち着く。
まだ震えている私の手を力強く握ったレインくんは、一歩距離を詰めてもう片方の手で私の頬に触れた。そのまま顎を軽く押し上げられてレインくんを見上げる。その手のひらと同じだけ熱く真剣な眼差しにわけもなく涙が出てきそうだった。
「泣くな。オレがいる」
「……まだ泣いてない。それに私、レインくんがそばにいてくれるのに、泣かないよ」
「どの口が言ってんだ。……侵入者を捕まえる。痕跡を探すのを手伝ってくれ」
「うん。でもその前に妹の部屋だけかくにグエーッ⁉︎」
えーっ、なんか頭に刺さった! 刺さったんですけど⁉︎
レインくんセラピーにより手の震えも止まり、心を落ち着かせて油断していたところを攻撃された私は、後頭部に何かが突き刺さった衝撃でひっくり返った。レインくんが抱き止めてくれたので倒れはしなかったが、めちゃくちゃ痛いし出血している感覚がある。
なに、なにこれ。なんかポッポーって言ってる。ほんとに何。生き物? 生き物なの?
「落ち着け、ただのフクロウだ」
「そっか、ただのフクロウかあ……ってなるかあ! いたいよお、頭もげた! うわーん」
「頭はもげてねえからじっとしてろ。おい、髪を食うな。これは止まり木じゃなくて人間だ。……手紙?」
「はあ、はあ……レインくん、私がハゲてもっ……好きでいてねっ……」
「死ぬな。それにハゲるほど毟られてない。……チッ。クソジジイが……」
私の頭に突っ込んできたのはフクロウらしい。そのフクロウとの手紙を巡った争いに勝利したらしいレインくんは私を抱き止めたまま手紙を開き、そして舌打ちをした。場違いにもちょっとドキッとしてキュンともしました……。
レインくんに負けたことが悔しかったのか、私の後頭部を蹴っ飛ばしてから飛び去っていったフクロウの羽音を聞きながら、杖を自分の後頭部に向ける。止血よりも治癒よりも痛み止めを優先することにした。刺さったからね。
優先順位に従って傷を回復させていると、レインくんが「おい」と声を上げた。
「なあに」
「オレは先に行くからお前はまず妹の部屋を確認してこい。ついでに寮生の安全確認も頼む。それが終わったら地下集合だ」
「了解。寮生の方はマックスくん叩き起こして手伝ってもらうよ。というよりなんで地下?」
「ジジイが寄越した手紙に『地下に向かえ』とあった。地下への入口はオレが探しておく」
「あー、校長先生。分かった。いざとなったら一階の廊下ぶっ壊すね」
「ああ」
最後に一度レインくんをぎゅっと抱き締め、箒を呼び出して扉に突っ込んだ。どうせ一から魔法式を組み込まなければいけなくて、今はただの板も同然だ。ついでにぶっ壊しちゃえ。大きい音を立てたらみんな異常に気付くかもしれないし、もし先生たちに何か言われたら侵入者が壊しましたと言えばいい。
レインくんも反対の方向へ向かっていったのを振り返らずに気配だけで確認して、箒に魔力を込めて加速する。レインくんと離れたからかまた心臓が上擦っている。いつもレインくんといると感じるドキドキではなくて、不安に基づいた嫌なドキドキだ。
ああ、どうかあの子が部屋で寝ていてくれますように。どうかどうか、危ないことに関わっていませんように。
あの子にはどうしようもなくてあの子自身が何も悪くもないことでも、あの子が他の人よりも重い事情を抱えていることに変わりはない。そして私や父上がそれらの事情故にあの子に降り掛かる火の粉を出来るだけ払ってやりたいと思っていることにも違いはないのだ。
しばらく箒でかっ飛ばしているとすぐに寮の入口に辿り着いた。転げ込むようにして飛び込んで、箒に乗ったまま談話室を素通りしようとした時に横から声が掛かる。びっくりして飛び上がるようにしてそちらを見ると焦った顔をして立っているマックスくんと、その腕に抱えられてしくしく泣いているミニブタがいた。他にも数人の顔見知りがソファーに座っていて、みんなどことなく顔色が悪い。……まさか。
マックスくんは途端に青ざめた私に気付いているだろうにそれに関しては何も言わずに、矢継ぎ早に「ごめん」と口を開いた。
「さっきこの子が泣きながら部屋に来て、急いで確認したけど妹さん含めて一年生が何人かいなくなってた」
「……そっか。他の学年の生徒は?」
「二年は何人か保健室にいるから三年の何人かに確認させに行ってる。三年生は学外にいる面子以外は全員寮内にいて、一年生はその何人かを除いたら全員無事だよ」
「そう……あのね、今、学校の中に侵入者がいる。レインくんが先に侵入者の捜索に向かってるから、この後私もそっちに行くね」
私の言葉に談話室にいる三年生たちがざわめき、目配せをし合った。マックスくんも息を飲んだものの、すぐに真面目な顔になって「分かった」と頷く。
「こっちのことは僕らに任せて、早く行って。一年生のことは頼む」
「任せて。一応オルカとレアンにも連絡お願いしてもいい?」
「分かったよ。そうだ、ミニブタ借りててもいいかな? 防御はともかく攻撃にはちょっと不安があるからさ」
「どうぞどうぞ。……ミニブタ、マックスくんに伝えに言ってくれてありがとね。暗いところ怖いのに頑張って移動したんでしょ? 偉いよ。でももう少し頑張って。もし不審者が来たらでっかくなってその角で串刺しにしていいからね」
マックスくんの腕の中で小さな体を更に小さく丸めて泣いているミニブタの頭と角を撫でてやる。お前はよく頑張ったよ。
私も先輩もいない今夜は妹の部屋に預けられていて、その妹の部屋からマックスくんのいるウサちゃんルームまではいくつも階段を昇らなければならない。その距離を一人で歩いて、そうしてマックスくんに頼ってくれたから、こんなにも早くあの子たちの不在を知ることが出来ているのだ。
本当に賢くて偉い子。お前のその努力は絶対に無駄にはしないからね。
箒に魔力を流し込んで大鎌に変える。強い相手と戦う時に感じる高揚感とはまた別の、腹の底からぐつぐつと沸き立つような熱い感情。鮮烈なまでの怒り。嫌になるほどに目が冴えているから、切り刻むべき場所がよく見えそうだ。
頬がズキズキと痛む。その痛みが何なのかは鏡を見なくても、増していく魔力を思えばよく分かった。惜しむべくは三本目の痣がどんな形をしているのが見られないことぐらいだ。まあ、そんなことはどうでもいい。今はただ──。
「ぶっ殺す」
──私の妹に手を出す輩は、一人残らず全て。