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「はあ……」
深くため息をつき、足元に落ちている小さな瓦礫を蹴飛ばす。コツンと音を立てて転がっていった小石は途中で何かにぶつかって動きを止めた。……あっ、やば。
「ごめんねランスくん、石ぶつけちゃった。怪我してない?」
「石をぶつけられる前から怪我はしてるが?」
「うーん、本当だねえ」
地面に転がってもごもご言っているランスくんの元へと駆け寄り、杖先を向ける。確かに傷だらけだ。ちょっとやりすぎちゃったかもな。
私とランスくんの修行は今日に至るまで細々と続いており、最近は少しその頻度が上がった。先日の不審者侵入事件の際にランスくんはレアンの生徒や死刑囚と戦闘を行ったらしいのだが、その時に色々と思うことがあったんだって。私も後輩に頼られることは吝かではないため、こうしてその要望に応じて修行の頻度を上げている。
杖先に灯った見ているだけで眠くなってくるような淡い光が明滅し、ランスくんの怪我は少しずつ治っていく。私の方はランスくんほどの傷はないけど既に何戦かして疲れてきたので、今日はこれでもう終わりにしたい。今のところ私の勝率は八割から九割を保っているが、それはそれとして体力ではボロ負けなのだ。若いってすごい。たった二歳差なのに……。
先程とは別の意味でため息をつくと、むくりと起き上がったランスくんが心做しかドヤ顔をして見せた。はいはい、すごいすごい。……こうしてみると年下なんだよなあ、この子。妹と同い年だもんな。そんなの赤ちゃんみたいなものじゃん。
赤ちゃんは言い過ぎでも、感覚としては正に十歳以下の子どもを相手にしているようなものだ。微笑ましさを覚えながら、傷の治療を終えて杖をしまう。
「はい、終わり。傷か痛むとか何かあったら寮室まで来てねー」
「もう今日は終わりなのか。オレはまだやれる。それに消灯までも余裕があるだろ」
「ランスくんはね。私はもう無理、疲れた。大体先輩を消灯まで付き合わせようとするのはやめなさい。私は忙しいんです」
「どうせ寮に帰ってもレイン・エイムズのストーキング行為をするだけのくせに……」
「人をストーカー扱いしないの」
確かに私は暇さえあればレインくんにまとわりついているけど、それはレインくん本人の許可を得てのこと。レインくんが私に「そばにいろ」と言ったから、レインくんのそばにいるようにしているのだ。四六時中ね。
修行したがりなランスくんの額を手で軽く小突き、膝についた土埃を払いながら立ち上がった。そのまま部屋の入口の方へと向かって歩き出せば、ランスくんも渋々着いてくる。
校長先生に直談判して修行用に借りたこの部屋の鍵を持っているのは年長者である私。一度「まだやる」と断固として動かなくなったランスくんを部屋に閉じ込めて以降、なんだかんだで終了のタイミングは私に一任してくれるようになった。物分かりのいい良い子だ。
二人で部屋を出て鍵を閉め、無駄に大きくて重くてゴツいデザインの鍵は首から下げている絹の小袋に入れる。やっぱりこれ便利。大体の大きさのものは入るから、すぐに物をなくす私は特に重宝している。
ありがたみに感謝すると同時に、これをくれた時の妹の笑顔を思い出して三回目のため息が出た。あの笑顔が再び私に向けられる日は来るのだろうか。
同じ寮に戻るために隣を歩くランスくんが怪訝そうに私を見下ろしてきたが、私の視線が手の中の小袋に向いているのを見てすぐに納得したらしく頷いているのが気配で分かった。
「妹を思う気持ちはよく分かる。オレもアンナに会えない時間はすごく辛い。とても辛い。本当に……辛い」
「本当に辛そう……いや、私が思ってるのは会えなくて辛いとかじゃないんだけどね?」
「でも会えてないのは事実だろう。最近避けられてるように見えるが」
「ランスくんって先輩相手に本当に遠慮しないよね? すっごいずけずけ言うね? まあ事実なんだけど……!」
ぎりりと歯軋りをしながら、ランスくんの背中をばしんと叩く。ランスくんは呻いていたが無視した。先輩に酷いこと言った罰です!
確かにランスくんの言う通り、私は妹に避けられている。いや、避けられているという表現も正確には正しくないだろう。挨拶ぐらいは出来ているのだ。
あの不審者侵入事件があってからというものの、ランスくんはこうして更に努力を重ね、レインくんは忙しそうに魔法局と学校を毎日のように往復し、私も私で父上と今後の方針を相談したりなんだったりと学校に来れる日は減った。それ以外にもいくつも変化は起きている。
妹が私によそよそしくなったのもその変化の一つだった。前述の通り挨拶ぐらいは出来る。朝や放課後に寮で会えば妹の方から挨拶をしてきてくれるし、授業の合間合間に廊下ですれ違えばわざわざ立ち止まって頭を下げてくれる。私が魔法局に向かうために学校を留守にすると聞けば「お気を付けて」と一言言いに来てくれるし……事情を知らない人から見れば、いつもと変わらないように見えるだろう。
でも明らかにあの子はよそよそしくなった。ランスくんにも気付かれるほどだ。あの子は器用にこれまで通りを装いながらも私と距離を置こうとしている。
そうされると踏み込めなくなってしまうのはあの子を信じていないからなのだろうか。それとも私が臆病だから? はたまたその両方かもしれない。
あの不審者侵入事件の日、きっと何かがあったのだと思う。私は後から駆け付けたわけだし、その前にセルオみたいな名前の不審者に何かを言われていたとしたらもう分からない。それにあそこまで「聞かないでくれ」という態度を取られたら聞くに聞けないじゃないか。やっぱり私は臆病で、あの子に嫌われることがどうしようもなく怖いのだ。
またしてもため息をつく。当面の間は学内では先輩がこっそり妹を見守ってくれている。夏休みに入ればまた魔法局から護衛の方々が寄越される予定だし、私と父も病院にいる間もなるべく自宅のことを気にかけようと思う。……でも、それでは意味が無いこともある。
これまで私たちはあの子をさりげなく閉じ込めるようにして家を中心に生活させて、外の世界とはあまり関わらせてこなかった。これまではそれで良かったのだ。結果としてあの子の性格は若干尖ったものにはなってしまったが、実際にこの十何年間かあの子を守ってくることが出来た。
だけどこれからはそうはいかない。あの子は家の外に出た。世界を知った。そしてこの先でいつか必ず真実を知らなければならない。私たちの秘密が暴かれる日は必ず来る。
いつか来るその日を少しでも先延ばしにするべきなのか、それとも腹を括ってきちんと妹と話をするべきなのか。答えは出そうにもなかった。
悩みながらも歩いていると、ふと隣から声が降ってきた。
「一人で悩むよりも、話した方が良い。オレも妹とはそうしている」
「……うん。それが一番だよね、やっぱり。たった二人きりの姉妹だもんね」
──たった二人きりの姉妹だからこそ、話せないことがあるというだけで。