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厳選なる話し合いとじゃんけんと殴り合いの結果、地下迷宮予定地で発見された魔法石は私が魔法局へと届けることになった。箒での運搬となるため箒の運転技術が優れていて、更には魔法局に顔パスで入れる私が選ばれたというわけだ。
痴女は「魔法局なんて行ってもし私をフッたクソガキの親に会ったら、多分ソイツのことも半殺しにしちゃうわ」と言ってさっさと帰っていった。カルド様もいないし私も魔法局に向かうとなれば解散は妥当ではある。私の「そんなのいいから一緒に来てよ!」という声が無視されただけのこと。無視するなよ。
魔法局のだだっ広い廊下を箒でのろのろと進む。膝に乗せた魔法石が重いし何があっても落とすわけにもいかないしで、無駄に安全運転をすることになりここまで時間がかかってしまった。これがなければあと十分は早く魔法局についてたね。
辺りを見渡しながら、人通りの少なくなってきた道を進み続けた。緊急の呼び出しを受けて私たちよりも三十分ほど早くお屋敷を出ていたカルド様は今どこにいらっしゃるんだろうか。一応お屋敷再建プロジェクトの責任者はカルド様だし、お屋敷の地下で発見されたこの魔法石に関してはまずカルド様の指示を仰ぐべきだろう。
しかしそのカルド様は先程から全くもって見つからない。何人か顔見知りの局員さんに会ったので聞いてみたが、揃いも揃って首を傾げられるだけだった。仕方がないのでいちばん新しいカルド様の魔力の残滓を追ってはいるが、どんどん奥まった所に入ってきてしまっていて不安だ。こっちって尋問室がある方じゃん。私も滅多に来たことないんですけど……。
そのまましばらくカルド様の魔力の残滓を追いかけていると、やはりというかなんというか、尋問室に辿り着いた。この奥からカルド様の魔力を感じる。あと、ライオ様やオーター様、他の神覚者様たちもいるっぽい。
ええ……。さすがにこの中に入るのは……。尋問室だよ? しかも神覚者様たちがいるんだよ? 絶対に何かやばい話をしてるやつじゃないか。とんでもない犯罪者相手に尋問どころか拷問までしているかもしれない。オーター様は拷問がすごい上手いって聞いた。
……それに、もし中で尋問だったり拷問だったりされているのが、イノセント・ゼロの関係者だったりしたら?
先日学校に侵入してきたセルオだかなんだかと名乗っていた不審者はイノセント・ゼロの配下の者だとアベルくんやアビスくんの証言から既に判明している。そして私が交戦したあの女も、十二年前に亡くなったブローライブ家のお嬢様のご遺骨が利用されて復元されでもした人間なのだろうと予想を立てている。そんなことが出来るのはやはりイノセント・ゼロぐらいのものだ。
そうなってくるとどうしたって私たちは当事者にならざるを得ないが、ライオ様は父上はともかく私が今回の件に関わることをよく思っていないようで、いくつかの証言を求められて「自分の安全を優先しろ」と言われただけで終わっている。私もそれに異論はない。私にとって何より大切なのは妹の安全と安寧だ。私はそれを守りたいだけ。
だけど、思うことがないと言えばそれは嘘になる。何せ相手は母上の仇。そしてあの子の……。
そこまで考えたところで、背後から名前を呼ばれた。ビックリしてワッと飛び上がるようにして振り向くと、なんとレインくんがいた。何を考えるよりも早くレインくんの元に箒を飛ばしてぴとりと寄り添う。
「レインくん、久しぶり。私に会いたくなって追いかけてきちゃったの? 私も会いたかったよ。レインくんに会えなかったこの二日間はずっと暗闇にいるみたいで……」
「お前に会いに来たわけではない。マッシュ・バーンデッドの緊急尋問を止めに来た」
「あっそう、へえ、私じゃなくてマッシュくんの方を優先するん……緊急尋問⁉︎ え、魔法使えないのバレちゃったってこと⁉︎」
「そのようだ。それよりなにか落ちたが……魔法石か? 落としたらまずいんじゃないのか」
「いいよそんなの別に、いや良くないんだった、でもまあいいよ今は!」
「本当にいいのか。割れてるぞ」
「割れっ⁉︎ えっ、わ、割れっ、割れてるっ、えっ! どうしよう!」
レインくんにくっつくのに夢中になりすぎて落としてしまった魔法石は、床に落ちた時の衝撃でヒビが入ったようで本当に割れかけていた。多分後ちょっと衝撃を加えたら割れて真っ二つになる。う、うおおお。とんでもないことをしてしまった!
焦って箒から飛び降りながら戻した杖先で魔法石を叩いてみる。うんともすんとも言わず、ひび割れはそのままだった。ひええええ。
あたふたと慌てながらどうにか思考を巡らせる。魔法石は言わば魔力の塊。私程度の魔力ではどうにもならない。恐らくレインくんでも無理だ。それはもう、詰みってこと──。
項垂れつつ、私の頭には「隠蔽」の二文字が踊っていた。この魔法石の存在を知っているのは私と痴女、そしてレインくんだけだ。神覚者様たちにはまだご報告していないし、先程すれ違った局員さんたちにも詳しいことは説明していない。まだ誤魔化せる範囲では──。
「おお、懐かしいのお。メリアドールも先生の見つけた魔法石を叩き割っては珍しく慌てておった……」
「…校長先生、いつからそこに……?」
「最初からじゃな」
にっこりと笑った校長先生と目が合い、私は敗北を悟った。隠蔽できませんわ、これ。
割れても効力は変わらないしその大きさではどうせ割ることになっていただろう、とフォローしてくれる校長先生の声に力なく頷きながら立ち上がる。オーター様の目に止まるよりも早くライオ様に泣きつこう。勝手に落ちて割れたことにしよう。うん。ライオ様ならきっと許してくださるはず。
尋問室の扉を開けようとする校長先生に場所を譲り、レインくんの背中に隠れるようにして息を潜めた。どういう経緯でそうなったのか丸二日学校を離れていた私には分からないが、この中ではマッシュくんが緊急尋問を受けているらしい。しかも神覚者様たちも揃っていらっしゃるようだし、下手したらこの場で禁固刑とか処刑とかになりかねないヤバいやつだ。割れかけの魔法石なんかよりどうぞそちらを優先していただいて……。
校長先生が扉を開け、すかさずレインくんが固有魔法で剣をぶん投げる。私はそんなレインくんの背中にしがみつきながら、どうにか魔法石に入ったヒビが塞がってくれるように祈っていた。もしくは今すぐ魔法石が割れたことなんてどうでも良くなるような問題が起きますように。
そんな現実逃避も虚しく、あれこれと面倒な言い争いの末に校長先生は頭を下げ、レインくんも膝をついた。自然とレインくんの背中にしがみついていた私は置き去りにされてしまう。そのことに気付いて周りを見渡すと神覚者様たちの「なんでお前がここにいるんだよ」という視線が突き刺さった。あ、ああ……。別に何があったってわけじゃなくてえ、別に魔法石とか持ってなくてえ……。
咄嗟に腕の中の魔法石を抱きかかえながら後退る。特にオーター様の視線が痛い。めちゃくちゃ見られている。しかも魔法石を見られている。
しばらくの沈黙の後にライオ様が私の名前を呼び、私も半泣きでそちらに駆け寄ろうとしたのだが、その瞬間に真正面から何かが飛んできた。なに? 凄い禍々しく、だけどどこかあの子のそれに似た魔力の──バルーンアートの犬⁉︎
驚いて思わず動きを止めた私を他所に、ライオ様とレインくんが焦ったように私の名前を叫んだ。その間にもバルーンアートの犬は私目掛けて突っ込んできている。……いやこれバルーンアートの犬じゃなくて寄生魔法虫じゃないの⁉︎
ヤバいマズい、私ぐらいの魔力だと寄生されたら多分確実に死ぬ! うわあああこんな死に方は嫌だ!
神覚者様たちが私を庇うように杖を上げるのがスローモーションのように見えた。命の危機に瀕した時、人の視界って本当にゆっくりになるんだ。
そんなことをどこか冷静に考えながらも私は、横から手を伸ばしてきたレインくんにローブの裾を掴まれて引き倒されながら庇われるその数秒前に、咄嗟に寄生魔法虫目掛けて投擲するように手の中の塊を振り下ろしていた。インパクトの瞬間にグチャッと音がして、その直後にゴトンと音を立てて魔法石ごと寄生魔法虫は床に押し潰された。どす黒い色をした血がじわじわと広がり、床を汚していく。
……ふう。
「魔法石は魔力の塊……さすがの寄生魔法虫でも、この大きさの魔法石で潰されれば魔力過多を起こして死ぬみたいですね……あっ! い、今の衝撃で、ま、魔法石が、割れちゃったみたいだなー⁉︎」
ローブを引っ張られて床に座り込み、その上からレインくんに覆い被さるようにして庇われた状態のまま大声を上げる。私は悪くないです、というアピールだ。私はどこからどう見ても被害者です。
「いや最初から割れて」
「マッシュくん黙って! 私じゃないから! 寄生魔法虫のせいで割れたんだから! そうですよねライオ様⁉︎ 私のせいじゃないですよね⁉︎」
「……うん、まあそうだな。お前が無事ならそれでいい」
「ほらねー! だからそんなに睨まないでオーター様!」
今度は正面からレインくんにしがみついてその肩に顔を埋めありとあらゆる視線から逃れるようにしてぎゃんと叫ぶ。見えなくたって分かる! そんなに怖い顔で睨まないでください!
私がそんな調子だからか周囲の空気も次第に和らぎ、「何故寄生魔法虫は突然動きだしたのか」「大体あのデカい魔法石はなんだ」と神覚者様たちは口々に言い合いながらも、再びマッシュくんをどうするかの話し合いに戻っていった。
私は私で、レインくんの腕の中にぴたりと収まったまま、今更早鐘を打ち始めた心臓をどうにか落ち着けようと深呼吸をする。胸いっぱいにレインくんの匂いが広がって、あやすようにして背中を撫でてもらっても心臓はうるさいままだ。……怖かった。うん、怖かったな。
ただのバルーンアートの犬ならまだしも、寄生魔法虫で作られたバルーンアートの犬はさすがに遠慮したい。ペットならミニブタでもう間に合ってます。
抱き締め合っていると言っても過言ではない状態で私の慌ただしい心臓の音が丸聞こえだからか、レインくんは私を落ち着かせようとばかりに背を撫で続けてくれていた。優しい。大好き。
そうしている間にも、同席していたらしい魔法局副局長の「自分からもこの子の処分保留をお願いしたいな……」的な切実な言葉で話し合いの終着点は決まりつつあった。マッシュくんの処分を一任されているっぽい副局長にそこまで言われれば、頑固者で有名なオーター様も「仕方ねえな……」とばかりに条件をてんこ盛りにしながらも一旦マッシュくんを無傷で帰すことにしたらしい。やったね。
拳ひとつで床を変形させて「イノセント・ゼロをぶん殴る」と宣言したマッシュくんに、レインくんの肩から顔を上げてピースサインを送る。一緒に頑張ろうね。マッシュくんはうむと頷きながらピースサインを返してくれた。可愛い後輩ですよ、本当に。