04

 校長先生から三件のお手伝いを任されてしばらく。私は無事に魔法局に到着していた。
 途中で「そういえばルッチ先生に渡す手紙は先に渡してきた方が良かったかも……」とも思ったけれど、校長先生が箒で飛び去る私を呼び止めなかったってことは、後でもいいってことなんだろうと判断した。そもそもレインくんにならまだしも、一介の学生でしかない私にそこまで重要な書類を任せるとも思えないし!
 とにかく魔法局に着いた私は、第一の目的地であるライオ様の元──つまりは警備隊の隊舎を目指して足早に進んでいた。魔法局の敷地内に着いてからも途中までは箒で移動してたんだけど、たまたますれ違った神覚者の一人、カルド様に「父上がちょうど局内にいる」とタレコミをもらったのでこうして徒歩に変えたわけだ。父上は私が箒でいつか人を轢くとでも思っているらしくて、私が箒で爆走してるといい顔をしないからね。
 轢いてもちゃんと治して無傷にしてるから問題ない気もするけど……と医者の卵としては最低な考え方をしながらも、階段を三段飛ばしで駆け上る。急がなきゃ、レインくんが学校に戻っちゃう!
 物理でも魔法でも使える手段は駆使して最短ルートを駆けていると、廊下の端にゆらゆら揺れる高く結われた金髪とコートの裾が見えた。あれはもしや!
「ライオさまー!」
「ん? おお、張本人のお出ましだ」
 やっぱりライオ様だ。こちらを見てにっこり笑いながら手を振ってくれたライオ様に手を振り返し、少し足を緩める。見つけたし、もう走らなくていいや。
 ちょうど私からは死角になって見えない位置にいる誰かと話していたらしいライオ様は、その口ぶりからして今まさに私の話をしていたようだ。
「もしかして悪口ですか? あーん、ライオ様ひどーい」
 じゃれつきの一環としてタックルすれば、ライオ様は一瞬よろめいた後に「また体幹がしっかりしたな」と微笑んで頭を撫でてくれた。ライオ様はね、昔からこんな感じ。気のいい兄貴分ってやつですよ。
 なんでもライオ様は学生時代、私の母上に面倒を見てもらっていたらしい。なので私が本当に小さい頃からの知り合いなのだ。そんな昔のこと、私はもう覚えてないけどね!
「期待の学生としてちょうど名前を上げてたんだ」
「え〜、そんな『期待の学生』なんて、照れるんですけどお」
「照れることはない、事実だろう。校内で起きた連続暴行事件を鎮圧し、被害者たちを完璧に治療した上で、成績も概ねトップレベル。まさに『期待の学生』そのものだな」
 ライオ様の向かいから聞こえてきた冷え冷えとした声に、ビシッと体が強ばる。この声……ま、まさか……。
 ギギギと歪な音が鳴りそうな、錆び付いた機械のような動きでそちらを向く。そこには予想通り、鬼のような形相をした不健康そうな顔色の白衣姿の男がいた。その手にはぐしゃぐしゃになった白い紙が握り締められている。紙がよれていても僅かに見える『魔法史』の文字。
「ア……ア……」
「お前が優秀で私も鼻が高いよ。……まあ、お前の解決した連続暴行事件の犯人が一体どこの誰なのか、どの事件も何故お前が真っ先に現場に駆け付けられたのか、この魔法史のテスト結果はなんなのか……聞きたいことも山ほどあるわけだが」
「ら、ライオ様、こちらウォールバーグ校長先生からのお手紙です。これを届けに来たんです。届けたので、はい、帰ります」
 ローブのポケットから取り出した黄色の封筒をライオ様に押し付けるようにして渡し、「確かに受けとった」と頷くライオ様に私も頷いて、サッと踵を返す。とんでもなくまずいことになったぜ。早く帰らなくては、私の命が危ない。
 そのまま魔法で召喚した箒に乗ろうとしたところ、後ろからガシッと肩を掴まれた。やばい、捕まった。
「なぜ逃げようとする? やましいことでもあるのか」
「ア……ア……」
「まさかとは思うが……あの連続暴行事件から治療までの一連の流れは、コイン獲得へのマッチポンプだったなんてことはないよな?」
「……あ、あれは、正当防衛なんですけどお⁉︎」
「言い訳はよせ。オレの元へ連続暴行事件として話が上がってきている」
「父上は娘を信じないんですかーッ⁉︎ こんなにッ! こんなに可愛い愛娘を⁉︎」
「それとこれとは話が違う。可愛ければ許されるとでも思っているのか? 第一なんだこのテストの点数は。お前は学校で何をやっている? 学校はな、遊ぶためだけの場所でもなければ、コインを荒稼ぎするためだけの場所でもないんだぞ。学ぶ場所だ。それをお前、三点なんて……逆にどうやったらこんな点数が取れるのか教えてくれ」
「授業中ずっと寝てたら取れた」
「馬鹿が……」
 怒涛の罵倒を浴びせてきたかと思えば、今度は額を抑えて力なくため息をつき出したこの顔色がドブみたいな男こそが、何を隠そう私の父である。私が言うことじゃないけど父上は私に手を焼いているので、よくこうやってため息をついている。父上の顔色の悪さの原因の半分ぐらいは激務が原因だとして、もう半分は私だろうな。それぐらい迷惑をかけている自覚は一応あるのだ。まああるだけだけど。
 わーんわーんとわざとらしく声を上げて泣いている私と、そんな私の頭を乱暴に撫で回しながらも「魔法史がこんな点数でも他が良ければ卒業できるか……? 入学以来ずっと赤点だぞ……」と心配そうにボヤく父上を他所に、ライオ様は「いやあ、久々に見るな、これ」とニコニコしていた。ライオ様ってこういうところある。良くも悪くも我が家に馴染みすぎなのである。
 ぐすんぐすんと鼻を鳴らしながら目元を拭うと、その拍子にローブのポケットからガサリと音が鳴った。あ、そうだ。私、手紙を届けに来たついでにレインくんと一緒に帰ろうとしてたんだ……。
「もう帰る……」
「ああ、そろそろ門限か。今から箒で帰って間に合うのか? 飛ばしすぎるなよ。もし間に合いそうになければ潔く諦めて、帰ってからオレとライオの名前を出しなさい」
 変なところで心配性な父に「うん」と頷いて、ライオ様にもぺこりと頭を下げた。
「お見苦しいところをお見せしました……」
「気にするな。また休日にでもジュニアに会いに来てくれ」
「ええ……ジュニア生意気だからなあ……ごっこ遊びすると私いっつもチョイ役だし……」
 懐かれてるんだとは思うけど、でも私だってたまにはもっと目立つ役をやりたいっていうか。
 悩む私を他所に、ライオ様も父上も「早く帰りなさい」と声を揃えた。はーいと間伸びした返事をして、再び箒を呼び出す。そこの窓から帰ればいいや。
 あーあ、レインくんはもう帰っちゃったんだろうな。オーター様におつかいを任せたって言ってたけど、オーター様もレインくんも無駄話とかしないだろうから、用事を済ませたら即解散してそう。父上に怒られちゃったし、この時間じゃもう妹からの手紙もとっくに寮に届いてしまっているだろうし、私は学校に帰ってからもルッチ先生に会いに行かなきゃいけないし……。
 ハアとため息をついて床を蹴り宙に浮いたのと同じようなタイミングで、背後に立つライオ様が「オーターとレイン? 珍しい組み合わせだな」と声を上げた。勢いよく半宙返りをして、逆さまのままぎゅんっと窓とは反対方向に加速する。今、レインって言ったよね⁉︎
「レインくーん!」
「……なんでお前がここにいる?」
「会いたくてえ、来ちゃった! レインくんも私に会いたかった? レインくんも私に会えて嬉しい?」
「いや、別に」
「もう、つれないんだから」
 逆さまのままぷんぷんと頬を膨らませながら、レインくんの髪をちょいっと引っ張る。煩わしそうに顔は顰められたものの手を振り払われることはなかった。優しいんだからー!
 レインくんから少し離れた位置に立ち、ゴミを見るような目で私を見つめてくるオーター様のことは一旦無視する。この人はね、一を言ったら百言い返してくるからね。怖いんだよ、ほんと。
 ライオ様と父上がオーター様に話し掛けている間に、くるりと回転して逆さまから正しい向きに体制を直した。そのままレインくんの頭を抱きかかえるようにしてぎゅっと抱き着く。レインくんは私よりも身長が高いので、こんな風にくっつけるのはレアだ。いつもは私が抱き着いても気にせず歩くレインくんのせいで、大体引き摺られてるみたいになっちゃう。
「おい、離れろ」
「なんで? それよりねー、はいこれ。校長先生からレインくんにお手紙!」
「寮で渡せばいいだろ。わざわざここまで来るな」
「ライオ様にも渡してきてって頼まれてたんだもーん。それよりレインくんの用事は終わった? 終わったんなら一緒に帰ろ! あのね、このあとルッチ先生にもお手紙渡しに行かなきゃいけなくて……それに私お腹すいちゃったあ」
 タイミング良くグーッとお腹が鳴り、今の体勢もあってかその音がよく聞こえたであろうレインくんは「聞けば分かる」と言った。恥ずかしい。お腹の音聞かれちゃった。
 私が頬を押さえて照れ照れしている間にも、レインくんはオーターさんに挨拶をして、ライオ様と父上にも声を掛けている。レインくんは近い将来神覚者になる男だからね。校長先生もレインくんを推しているみたいだし、ライオ様やオーター様みたいな神覚者の皆様とか、父上みたいな国の有力者とは既にお知り合いなのである。社交の場ではそういうの大事。
「おい、レインくんに迷惑を掛けすぎるなよ」
「分かってる! 父上うるさい!」
「分かってるようには見えないから言ってるんだ。レインくん、馬鹿で阿呆で不甲斐ない娘だが、どうか卒業だけはさせてやってくれ。具体的には魔法史の勉強に付き合ってやって欲しい」
「……はい」
「もー、父上ほんとうるさい!」
「親に向かってなんだその口の利き方は。誰のせいでオレがこんな風に頭を下げることになっていると思ってるんだ? 元を正せばお前がまともに勉強をせず、成績の改善を図ろうとしないからだろう。大体お前は昔から……」
「あーうるさいうるさい! レインくん行こ! ライオ様もオーター様もバイバイ! またねー!」
 魔法でひょいっとレインくんをつまみ上げて箒の後ろに乗せて、そのまま急加速急発進する。父上のお説教は長くてほんとイヤ! レインくんの前で変なこと言うな!
 後ろの方から父上とオーター様がぐちぐちと私に関してなにか言っている声が聞こえたけど敢えて無視した。

ふたつおりのひとひら