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わざわざ病院から魔法局に駆け付けてきてくれた父上曰く、寄生魔法虫に飛びかかられただけの私はもちろん、なんと口の中で寄生魔法虫をバルーンアートの犬にしてしまったというマッシュくんも特に異常はないらしい。私は「ないはずないでしょ」と思わず抗議をしたが、父上は「オレもないはずないとは思うが、本当にない。ないよな?」と私に確認をしてくる始末だった。そして私が見た感じ、本当に異常はなかった。色んな意味でとんでもない子だよ。
とはいえ後々異常が発生する可能性もあるわけで、念の為に二時間ほど病院で大人しくしているようにと言われたが、病院には面白いものがなくてマッシュくんを家に連れて来てしまった。今は大広間のソファーに並んでおやつのシュークリームを食べている。美味しい。
あとでレインくんが迎えに来てくれるらしいので、それまではここで時間を潰そうと思う。私は今学期はお屋敷再建プロジェクト関連の諸々で学校を留守にして魔法局を訪れることが多く、その際には実家を拠点としていたため「帰ってきたなあ」という感覚は薄い。「いつもの家だなあ」って感じ。
でもマッシュくんからしたら初めて訪れる先輩の家なわけで、物珍しそうにあちこちを見てはなにか頷いたり首を傾げたりしていた。その度に色々と説明してあげてはいるが、いちいち反応が初々しいので可愛いし面白い。
「つまり、あれは七歳の誕生日に妹さんがくれた手紙」
「うん」
「そしてその隣が八歳の誕生日に妹さんがくれた手紙」
「そうだよ」
「更にその隣が九歳の誕生日に妹さんがくれた手紙」
「その通りです」
「一応聞いておくとそれ以降のものは……」
「どんどん長い手紙をくれるようになったから、特注の額縁を用意してたんだけど、とうとう壁の方が足りなくなっちゃってね……今は二階の廊下に飾ってるよ。見る?」
「大丈夫です」
ぶんぶんと残像が見えそうな程に首を振るマッシュくんに「そう?」と首を傾げ、膝に乗せた皿から摘んだシュークリームを口に放り込んだ。大きいシュークリームもいっぱい食べてる感じがして好きだけど、小さいシュークリームも食べやすくて好きだ。それに全部美味しい。マッシュくんにはやっぱりシュークリームを作る才能がある。好きこそ物の上手なれ、だね。
うむうむと頷きながら、私たちしかいないからがらんとした大広間を見渡す。と言っても基本的にこの家で暮らしているのは父上と私と妹の三人だけだからいつも広々としてるんだけど、でも気持ち的には今の方がどこか寂しい。今度の長期休暇は知り合いをみんな呼んでパーティーとかしてみようかな。
そんなことを考えていると、マッシュくんが壁の方を見ているのに気付いた。そっちに何かあったっけなと思いつつ私もそちらを見る。写真ぐらいしかない気がするけど。
しばらく見てみたけどやはり写真しか見つからず、マッシュくんに直接「何かあった?」と聞いてみることにした。シュークリームを食べてモゴモゴ言いながら、その指が写真立ての方に向けられる。
「あの写真? あれはねー、私と父上と、それから母上」
「さっき会った神覚者の人の写真もある」
「ライオ様は母上の弟子みたいなものだったそうだからね。ずっと家族ぐるみで仲良くしてるし、他にも色んな写真に写ってるよ」
皿を抱えて立ち上がると写真立てが飾られている辺りに向かい、ついてきたマッシュくんに一枚一枚写真を説明してあげる。私の三歳の誕生日に撮った家族写真に、母上がその功績を認められて魔法局で賞を貰った時の授賞式の写真。それからこっちは父上がうちの病院の院長に就任した時にお祝いとして病院のロビーで撮った写真かな。
これにはもう母上は写っていないけど、ライオ様が神覚者になられた時に撮った写真や、ライオ様の結婚式で撮った写真もある。あと、最近増えてきたのは私とレインくんの写真かな。いっぱい撮って勝手にここに飾ってるんだ。
それらの写真を説明されるがままにまじまじと見つめていたマッシュくんがふと口を開いた。
「先輩はお母さん似ですね」
「でしょ? よく言われる。痣も目も母上似なの。あと顔も似てる」
中身は父上似だとみんなに言われるけれど、それ以外は母上によく似ていると自分でも思う。だから私は自分の痣も目も、ついでに顔も好き。鏡を見るとそれだけで母上のことを思い出せる。
少しだけ微笑みながら母上と父上と三人で撮った写真を眺めていると、マッシュくんは「痣の形は家族で似るんですか?」と聞いてきた。うんと頷く。
「基本的にはそうだね。遺伝の一種なんだと思う。フィンくんとレインくんの痣もぴーっとした線で、一応形は似てるでしょ?」
「言われてみればたしかに。……あれ、でも、妹さんの痣はぐるっとした矢印じゃ……。先輩も先輩のお母さんも星型で、先輩のお父さんも矢印ではなくて……?」
そう言って頭上にはてなマークを浮かばせて首を傾げ出したマッシュくんの横顔から目を逸らし、写真を見つめた。痣の形は家族でよく似る。魔力もまた、家族で似通る。あの子と痣と魔力のどちらも似ている人は、この写真の中には写っていない。
「マッシュくん」
「はい」
「このこと、あの子には言わないでね」
「……内容にもよります。友達だから、知りたがってたら教えちゃうかも」
「友達」
「……もしかしてご家族の許可制だったり……?」
「いや、違うよ」
私の言葉にホッと胸を撫で下ろしたマッシュくんを見上げ、思わず笑ってしまう。マッシュくんはそんな私を見つめ、不思議そうに首を傾げていた。
そう、友達。……友達か。あの子に友達ね。
友達なんて必要ないと言っていたのにちゃんと友達を作って、あの子は上手くやっているらしい。私は変に心配しすぎていたようだ。あの子は私がいなくても、姉上が守っていなくてもちゃんとやっていけている。
それは嬉しいことでもあり寂しいことでもある。あの子に姉離れをしなさいと言ったけれど、私の方が妹離れをしなければいけないみたい。
第一、もう事は動き始めてしまっているのだ。この十年あまり不自然な沈黙を保っていたイノセント・ゼロは何かしらの目的があってここ最近活発に動き出した。学校にだってその手の者が忍び込んできた。この秘密が破られる日はそう遠くないのだろう。
抱えていた皿を棚に置き、その代わり写真立てを両手で掴む。私と父上と母上の、家族三人で撮った写真だ。十二年前に撮った、私たち家族が揃った最後の写真。そこに妹の姿はない。それが、答えだ。
「イノセント・ゼロをボコボコにするって言ってくれた君を信用して話すよ。──あの子は私たちと血が繋がっていない。私たちの推測が正しければ……あの子は、イノセント・ゼロの娘なんだと思う」
「……妹さんはそれ、知ってるんですか?」
「知らないんじゃないかな。あの子、うちに来る前までの、四歳までの記憶がないんだ。早く教えてあげるべきだと思ってたけど……勇気が出なかった」
「言ってあげるべきだと思います。家族なら、たとえ血が繋がっていなくても関係ない」
「私もそうであればいいと思ってる。……そうだね。そろそろちゃんとあの子に話すよ。でももし、あの子がその現実を受け入れ難いと言って、私を嫌いになって……その時あの子が泣いていたら、君たちがあの子を支えてあげてくれる?」
「はい。友達ですから」
「ありがとう。あの子のこと、よろしくね」
たとえ家族に恵まれなくとも、せめて友達には恵まれたみたいでよかった。