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「よし、ここを野営地とする!」
「ここって庭のど真ん中だけど」
「この庭全てがあたしたちの野営地ってことだよ、言わせんな」
「ええ……」
 どこからか取り出した旗を地面に無理矢理突き刺した先輩は、「ひと仕事しました」とばかりの表情で額を拭うとにっこり笑った。そして「ようこそ」と私たちに向かってどこか嬉しそうに宣言する。そうしていると、友人を初めて家に招いた女の子がはにかんでいるようにも見えた。見ているこちらまで微笑んでしまうような愛らしい笑顔だ。
 ……これで私たちの何メートルか先で上品なマダムとユニコーンが狂ったように叫んでなければ、なんとも素敵な瞬間だったんだけどなあ。
 事前に言われていた通り、どうやら先輩は本当に勘当されているらしかった。箒と徒歩の両方を用いて辿り着いた首都から少し外れた場所にあるお屋敷は、私も名前を聞いたことがあるような貴族が暮らす、言ってしまえば先輩の実家だ。先輩はこう見えて貴族の娘である。勘当されてるらしいけどね。
 辿り着いて早々に第一の異常事態が発生した。上流階級の魔法使いが暮らす家には門扉に不当な者の来訪を拒む魔法が掛けられていることが多いが、先輩は門に拒まれ、そして自らを拒んだ門をぶち壊して堂々と帰宅……侵入? をしたのだ。もちろんお出迎えなんてあるはずはなく、駆け付けてきた使用人たちは先輩を見ては「えっ」「なんで」と困惑して右往左往していた。
 突然の蛮行に驚く私とは違い、妹とアベルくんは「お邪魔します」と言いながら先輩に続き、アビスくんは「ええ……」とばかりの表情を浮かべながらもそのあとに続いていった。仕方なく私も四人の背中を追ったが、さすがに門を壊したまま放置するのは申し訳なかったのでさりげなく立てかけて壊れていないように見せかけておいた。ほんの少しの心遣いというやつである。
 追い付いた先にいた四人……正確に言うならば先輩と妹とアベルくんは群れから離れてしまったのか一匹でいたらしいユニコーンを取り囲んであれやこれやと話しており、アビスくんはその三人の背後であたふたと慌てていた。私も慌てて三人に駆け寄って「取り敢えず荷物置こう!」と声を掛けたが、正直この時点で既にすごく疲れていた。だってそうでしょ。三人寄れば文殊の知恵と言うが、三人の自由人が揃えば、それは混沌の訪れる前触れに過ぎないのだ。アビスくんも女子二人とアベルくんには強く言えないみたいだし……。
 なんとかユニコーンを逃がし、命を助けてやったのに威嚇してくるユニコーンにイライラしながらもしばらく歩いていたのだが、途中で綺麗なドレスを着た若々しくて上品そうな顔立ちの女性が、その顔立ちも台無しな鬼のような形相で駆け寄ってきた。そして唖然としている私たち四人は無視で先輩を口汚く罵り始めたのだ。
 聞いてるこちらが心配になってくるようなことを言われてもガン無視を貫いた先輩は「この下品でうるせえババアがあたしの叔母だ。この通りピーチクパーチクうるせえだけのカスなので無視でいい」と平然と宣い、余計に怒った叔母さんに「退けよブス」と言い放って横を素通りして行った。
 私たちは四人は一応、自分が言われたことが理解できないのか呆然としている叔母さんに頭を下げたのだが、叔母さんが連れていたユニコーンに私がまたしても威嚇されて妹が激怒。剣を抜いて「この無礼な害獣の首を切り落とし、害獣の躾もできない不出来な飼い主であるお前の部屋の前に晒してやる」などと叔母さんに喧嘩を売り始めたため、慌ててその襟首を引っ掴んで先輩を追った。言ってることが過激すぎるよ。
 そんなこんなで現在私たちは先輩曰く「野営地」を定め、今後の動きに関して話し合っている。そして、私とアベルくんが持参していた手土産の菓子折りは、怒りを食欲と一緒に鎮めようとしているらしい妹によって食い尽くされようとしていた。さっきアイス食べたのにこれだからね。思春期かつ成長期の子の食欲には目を見張るものがある。
「やっぱりあたしたちはユニコーンに威嚇されるみたいだな。他三人にぶっ殺すのは任せる。その代わり、調理はあたしたちに任せろ」
「先輩、あたしたちってもしかして私のことも含んでる?」
「そりゃそうに決まってんだろ。なんだお前一人だけサボる気か? タダ飯食らいはユニコーンの餌にするぞ」
「いやサボる気はないですけど! でもユニコーンの調理も……なんか嫌!」
「わがまま言うな! 妹を見てみろ、このやる気に満ち溢れた目!」
「全頭狩り尽くします。姉上に無礼を働く害獣にこの世で生きる資格はありません」
「やる気っていうか殺る気に満ち溢れちゃってるね」
 元気そうで、しかも楽しそうだから姉上としては文句なんてないけれども。
 ユニコーンぶっ殺し係の一人に任命されたアベルくんもやる気はあるようで、腕の中のお人形とアビスくんに「ユニコーンの血液は若返りの効果があると聞くけど本当なのかな」と語り掛けていた。アビスくんは微妙な顔をして首を傾げながら、「試してみる価値はありますね」とアベルくんに同意の姿勢を見せている。私も首を傾げたい気分だ。誰に試すんだよ。
 私たちがそうやって思い思いに話をしている間にも、数メートル先、先輩の張った結界の外側では叔母さんとユニコーンが気が違えてしまったかのように叫んで暴れている。何度かユニコーン自慢の角で突進されたりかなり強い魔法で攻撃もされたりしたようだが、先輩の結界はこれっぽっちも揺るがなかった。
 どの結界を使っているの気になってちらりと視線をそちらに向けると、その視線だけで私の興味の対象に気付いたのか先輩は「ああ、それな」と呟いた。
「外敵を一切通さない結界らしいぜ。ま、強度に関しては心配しなくていいんじゃねえの」
「……なんか他人事だね。先輩が張ったんじゃんか」
「そりゃ他人事にもなる。あたしはそれこそ結界を構築しただけだよ。原理やら術式やらの部分はぜーんぶ他の奴が考えた」
「ふーん……あ、もしかして先輩にネクタイくれた人が考えてくれたの? 言われてみればあのネクタイに掛かってた魔法と癖が似てるかも」
「うん? あー、そうそう。そいつそいつ。……お前としても、ここまでの結界があれば心配も減るだろ?」
「先輩……」
 笑いながら「お前らを安全圏から引っ張り出したんだ、それぐらいの準備はするさ」と言った先輩の横顔は、いつもよりも年上らしく見えた。
「うっしゃユニコーン殺しは明日にして今夜は飲み明かすぞー! お前らも今日は無礼講、好きに酒を飲め! あたしが許す!」
 全然年上らしくなかったわ。

ふたつおりのひとひら