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先輩の実家へお邪魔して二日目。宣言通りに先輩が飲み明かしたせいで一日目は何も出来ず終わったので、実質今日が調査開始日のようなものだ。到着が夕方近かったことを加味しても、先輩は飲み過ぎである。
私が目覚めた時には既に起きてはいたものの二日酔いで死にかけていた先輩にゲッカ草由来の状態異常回復薬を飲ませながら、早速調査に向かっていった三人を見送った。朝食が出来るまでの三十分ほど軽く見て回るだけだと言っていたし、きっとすぐに帰ってくるだろう。
三人が帰ってくる前に簡単な朝食を作ろうと、持ち運び用の小さなコンロに火を付けながら、昨日とは打って変わって静かな庭を見渡す。三人がいなくなった今、私とグロッキー状態の先輩しかいないからか、余計に静かに感じる。こうなってくると昨日はあんなに耳障りに感じていた叔母さんの罵声とユニコーンの叫び声も懐かしく思えるのだから不思議だ。
先輩が飲み始め、私たちはアベルくんが持ってきていたトランプで遊び、そうしている間も先輩の叔母さんと叔母さんのペットのユニコーンはけたたましく騒ぎ続けていたのだが、それも日付けが変わる頃には落ち着いた。どれだけ罵っても脅してもこれっぽっちも気にも止めない私たちに嫌気が差したのだと思う。私も叔母さんの立場なら「なんだコイツら……」と思ってただろうな。
あと数時間もすればまたこの庭は騒がしくなるのだろう。今はいない先輩の叔母さんは、広大な庭の端の方にどんと構えた、ここからでもよく見えるほどに大きな家に帰ってまだ寝ているのだろうし、ユニコーンも同じくまだお休み中なのだと思う。でもきっと目覚めればまたここに来て、私たちをどうにか追い出そうとするはずだ。私たち、と言うよりかは先輩に帰って欲しくてたまらないみたいだからね。
まあそれぞれ昨晩は遅くまで騒がしくしていたので、どうぞごゆっくり寝ていてください。
そんなことを思いながらトーストを焼いていたのだが、背後のテントで撃沈している先輩がすごく静かなせいで、火が爆ぜるぱちぱちという音と、すぐそばの森で暮らしているらしい梟の鳴き声、草木のざわめく音が酷く大きく聞こえるような気がしてきた。庭だけでも見渡しても全貌が捉えきれないほどに広々としていることも相まって、見知らぬ土地へのワクワク感と緊張が今更ながらに湧き上がってくる。先輩の家、こんな感じなんだ。そして先輩の家族はあんな感じなんだ。
先輩は出会った時からずっと、ミステリアスというか……あまり自分の話をしたがらない人だった。私たちが入学してくるよりも前に神覚者選抜試験に出ていたことも、最終試験に残っていたことも、その試験で飲酒が原因で失格になったことも、私はオーター様に聞いて知った。オーター様と先輩の関係は多分先輩後輩なんだと思うけど、それも先輩から直接聞いたわけではなくて話の流れから推理しただけのこと。私は先輩のことを正直よく知らない。
でも、「よく知らないなあ」と思っていたとしても、だからといって何でもかんでも知りたいとは思わないのだ。何かあった時には相談して欲しいなとか、話してくれたら聞くのになとは思っている。だけど友情って踏み込みすぎてもダメなんじゃないだろうか。友情にも適切な距離感というやつはあるはず。
「うええ……」
「吐くならテントの外で吐いてねー?」
「吐かねえよ……あたしをなんだと思ってんだ……」
「どうしようもない酔っ払いだと思ってるかなあ」
這う這うの体でテントから出てきた先輩を振り返らずにそう呟き、焼けてきたトーストの上にベーコンとチーズを乗せる。あとはこんがり焼けるまでじっくり見守るだけだ。
……少し早く準備しすぎちゃったかもな。どうせなら三人が帰ってくるちょうどのタイミングで朝食を振る舞いたい。そう思って、魔法を使って色々と調整しようと杖を取り出したちょうどその時、後ろからにゅっと杖が視界に入ってきてぼそぼそと詠唱する声も聞こえた。おお。
「さすがせんぱーい。こういう家庭的な魔法、やっぱり上手いね。ありがと」
「気にすんな。その代わりあたしにもなんか作れ」
「食べれるの?」
「食うよ。腹が減っては戦ができぬ、ってな」
「戦あ? もー、大袈裟なんだから……じゃあ軽めに作るね。あり合わせだけど文句はなしでお願いします」
「あたしが出された飯に文句を言ったことがあったか?」
「ないね」
先輩はなんだかんだで礼儀正しいので、出されたものに文句を言ったりはしない。それはやっぱり貴族の家の出身だからなんだろうなーと私は勝手に推測している。
こう、幼い頃から習慣づけて身に付けてきた振る舞いはなかなか消えてはくれないとでも言えばいいのかな。いくら先輩が粗暴に立ち居振る舞っても、時折見せる所作には「お嬢様らしさ」のようなものが滲み出てしまっている。先輩にそんなこと言ったら殴られそうだから直接言ったりはしないけどね。
這いずったかと思えば背中にべったりと頬をつけて寄りかかってきた先輩は、二日酔いが相当酷いようで一言も喋らなかった。ゲッカ草由来の薬を飲ませたからそのうち効き目が出てくるだろうけど、どんな薬だって服用した瞬間から効果は出ないので、しばらくは二日酔いに苦しんでいただくことになる。まあ飲みすぎた先輩の自業自得だ。
ちらちらと揺れては膨らんだり勢いをなくしたりする炎をじっと見つめ続ける。こうして見てると炎って結構面白いな。
去年の夏休み、ゲッカ草を採取しに行った先でレインくんと焚き火をした時は、レインくんがそばにいてくれることが嬉しくてたまらなかったから炎にはこれっぽっちも注目してなかった。レインくん以外の人や物を見る余裕がなかったとも言う。
でも今は先輩と二人きりだからか不思議と心が凪いでいて、普段は注目しないし興味を持とうとも思わないようなものにまで趣深さを感じた。無言が気にならないほどにそばにいることに慣れたからだろうか。先輩の近くは、レインくんの隣や腕の中とはまた違った意味で落ち着く。
先輩相手だとどうしてだか照れくさくて上手く口に出来ないけど、先輩は私の大事な友達だ。
「二泊三日なので私たちは明日には帰る予定ですけど、本当にユニコーンいじめるだけでいいの?」
先輩の魔法のおかげでかなりゆっくりになってはいるが、少しずつ焼けてきているトーストから食欲を誘う匂いが漂い始める。ベーコンとチーズを乗せて焼いただけのトーストがシンプルで一番好きだ。
「他になにかやりたいことがあるなら早めに言ってほしいなーと思ってるんですが」
「……あたしってそんなに分かりやすいか?」
「別に分かりやすくはないんじゃない? ただ、私たちは結構長く一緒にいるからね。やっぱり分かっちゃうんだよねえ」
それに先輩は私たちをこの帰省に誘った時に「実家の連中が帰ってこいとうるさいから顔を出してやる」と言っていたけど、昨日見た感じでは全然歓迎なんてされていなかったし、みんな「なんで帰ってきた?」と驚いているように見えた。
「……いじめられたって泥だらけで泣いてたガキがよく言うよ……」
「え? なんて?」
ぼそりとなにかを呟いた先輩の声は、遠くから聞こえてきた狼かなにかの生き物と遠吠えに紛れてよく聞こえなかった。この家、敷地内に遠吠えするような生き物もいるんだ……。先輩の元カレ疑惑が浮上しているお知り合いの人が編み出してくれた結界がなかったら、私たちは夜中に襲われてたかも……。
そう思って顔色を悪くさせている間にも、相変わらず私の背中に寄りかかってべったりと頬を押し付けたままの先輩は「なんでもねえよ」となぜだか楽しそうに笑った。そのまま背中がぐっと重くなる。あ! 体重をかけたな⁉︎
「ま、バレたんなら仕方ねえか。ユニコーンをぶっ殺すのはついで。本当は探し物をしなくちゃならねえんだ。星型のブローチみたいな……そうだな、神覚者選抜試験の最終試験で使うスターキーによく似たモンがこの家のどっかにあるはずなんだよ。お前も探すの手伝ってくれ」
「まっかせてー! 私は宝探しとか得意な方! あ、三人には言わない方がいい?」
「言っていい。っつーか、アベルにはとっくにそれもやらせてる」
「え、そうなの? いつ頼んだの?」
先輩がアベルくんと話してたのって……。
「昨日パーラーで会った時に話をつけた。そもそもアイツはウチの親戚だから連帯責任ってやつだな。アイツも文句は言わなかったし」
「親戚⁉︎ 初耳なんですけど!」
「言ってねえんだからそりゃそうだろ。でもウチみたいな自分たちの血には価値があると勘違いしてるお貴族サマにはよくある話だよ。確かアベルの母親があたしの母親の従姉妹だったか、再従姉妹だったか……まあそんなんだ」
「そんなんって……軽いなあ。そんな軽くて良いやつなの? これ」
「あーあー、こんなもんでいいんだよ。お前はあたしたちの心配してる暇があったらさっさと妹と話せ」
「それは私だって分かってるけどお……」
頭では分かっていても、改めて話をしようとなるとなかなか勇気がいるのだ。特に今回あの子と話さなければならないことは、下手したら私たち家族が家族でいられなくなるようなことだから尚更。
話しているうちに薬が効いてきたのかだんだん元気になってきた先輩は、手を伸ばしてきて私の頭をぐしゃぐしゃに掻き乱すといつになく優しい声音で笑った。
「大丈夫。お前たちならきっと上手くいくよ。今日の夜、アベルとアビスを連れて席を外してやる。その間にちゃんと話せ。な?」
「……なんか、そうしてると先輩って年上なんだなって思う」
「失礼な奴だな。あたしは元から年上で頼れる先輩だろうが」
「普段は頼りないよ」
「あ? ぶん殴るぞ」
「そういうとこ!」
そのまま先輩とじゃれあっていたせいでトーストを少し焦がしてしまって、調査から戻ってきたアベルくんに「焦げてるトーストは初めて食べるよ。不思議な味がする」と貶されているのかフォローされているのか分からないことを言われた。トーストすらまともに焼けなくてごめんなさい……。