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「姉上、見てください! ユニコーンを連れてきました! 撫でてみたいと仰っていましたよね?」
「えー、ありがと! 私だと全然近付けなかったから嬉しい! わー、白い! なんか可愛い! 撫でさせっ、痛ッ! えっ噛まれた……」
「大丈夫ですか⁉︎ 血が出てる……ああ、なんて可哀想な姉上……この害獣は殺しますね」
「いやいやいやいや、そこまでしなくていいから! 剣をしまいなさい! こら! お前も震えてないで逃げな!」
「止めないでください姉上! この害獣を姉上の前に連れてきたのは私! 姉上の怪我の原因を取らせてください!」
「いいから! 本当にいいから!」
そんな風にぎゃーぎゃーと騒いでいると、一緒に歩いていたアベルくんが微笑んで「楽しそうだね」と言った。私には分かるけど、これは嫌味じゃなくて本気で「楽しそうだね」って思ってる顔。でも今はそんな呑気なこと言ってる暇なくてですねえ!
「アベルくんもこの子のこと止めて!」
「何故? このぐらいならいいじゃないか。好きにやらせてやった方が彼女本人の成長に繋がると思うけど」
「ユニコーンを斬り殺すことが成長に繋がるって本当に思ってる⁉︎」
「ユニコーンは希少性の高い魔法生物だから相手取れる機会はそう多くない。貴重な経験だろう」
「そういうのは今いいから!」
ぎゃんっと叫ぶとアベルくんはぱちぱちと瞬きをして、ふいと視線を妹の方へと移した。妹は私に羽交い締めにされながらもユニコーンを蹴り飛ばそうと奮闘しており、ユニコーンは丸い瞳に大きな涙を浮かべて震えながら後退っている。うーん、どこからどう見ても動物虐待。
昨晩も昨晩で、私たちが話し合っている間に先輩たちはユニコーンを虐めたり納屋をぶち壊したりしていたらしい。叔母さんはあまりの被害状況に寝込んでいるそうだ。先輩は「これで探索が楽になるな!」と笑っていたけど、探索は楽になっても通報までのタイムリミットも迫ってきちゃってるよ。
とにかく、これ以上ユニコーンに危害を加えるのはマズい。私たちはユニコーンをぶち殺す要員としてここに連れてこられたけど、実の所は「探し物を手伝って欲しい」というのが本題だったのだ。探し物が一番で、ユニコーンはその次。だというのに私たちはユニコーンをいじめまくってしまっている。先輩のご家族からの心象は最悪だ。
別に先輩のご家族に何を思われたって構わない……と思わなくもないけど、さすがに限度もあると思う。それに勘当されて身軽な先輩とは違って、先輩のご家族は現役バリバリの貴族である。貴族同士の横の繋がりは強固で、魔法局でもそれなりの発言権を持っているのだろう。そんな人達に私が嫌われて、私のついでに父上やうちの病院まで悪評を買って、そんな私たちが後ろ盾のようになっているレインくんまであれこれ言われてしまったら……!
「そんなのダメー!」
「どんなのだよ」
ギャーッと私が叫んだその瞬間、背後からすごい勢いで飛んできた酒瓶がユニコーンの頭にぶち当たった。そのままユニコーンは可哀想な叫びを上げてその場にひっくり返り、ピクリともしなくなる。そ、そんなあ。
「先輩なにやってんの⁉︎ 死んじゃったよ⁉︎」
「死んでねえよ。ユニコーンはな、耐久力がアホほど高ぇの。こんなので死ぬわけねえだろ。おらアビス、つついてみろ」
慌てて振り返り先輩に向かって騒ぐと、面倒そうな顔をした先輩は一緒に歩いてきたアビスくんに命令をし、アビスくんは先輩と目を合わせようともせずに無言でユニコーンを剣でつついた。ユニコーンは呻く。本当に生きてる……!
よかったあと肩を下ろす私を他所に、アビスくんは駆け足でアベルくんの元まで歩み寄り、大きく深呼吸をした。「やっと息ができる……」とばかりの顔をしている。私たちが先に出てしまったせいで先輩と二人きりになったから気が気じゃなかったんだろうな。
泊まりがけ一緒にいるのも既に三日目に突入しているが、アビスくんは結局私たちとはまともに会話が出来ず、強いて言えば妹と剣術の話はスムーズに出来るようになったぐらいだ。成長してはいるが友人として向かい合っておしゃべりできる日はまだまだ遠いね。
それはともかく一安心だ。妹は気絶した相手を狙わないだけの良心はある子なので、先輩によって気絶させられたユニコーンを見て舌打ちしながらも大人しくなった。良かったあ。アベルくんと私じゃ止められなかったから本当に助かった。なんならアベルくんなんて止める気なかったよ。
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合流してしばらく、先輩は「最終日だから今日で必ずカタをつけるぞ」と言った。これ以上の延泊も出来なくもないけど一応今日で終わりにしたいよね……というのが私たちの総意でもあった。
親戚だから何度かこの家にも来たことがあるというアベルくんは「心当たりがあるから探してみる」とアビスくんを連れてふらりといなくなり、私たち姉妹は「あたしたちも手当り次第探すか」と頭を搔いた先輩の後を追って敷地内で一番大きなお屋敷に入った。昨日の探索ではここには入らなかったからちょっとドキドキする。
「外から見るとお城みたいだったし、中も結構派手だね。あのシャンデリアとか落ちてきたら大変そう」
「ここは本邸だとアベル先輩が仰ってましたから、敢えて派手に作っているのでしょうね。趣味は最悪ですけど」
「だよなー、趣味悪ィよな。あの絵見てみろ。アレ、この家に逆らったヤツの血で描いてるんだぜ」
「う、うわあ……いや、え、あの」
何故か楽しそうに先輩が指差した方を目で追えば、一枚の絵画が壁に掛けられていた。私が二人に分裂して腕を広げてもまだ横幅が足りないかもと思うぐらいに大きな絵だ。描かれているのはこのお屋敷一体の風景……だろうか。所々使われている赤色が、先輩の言う「この家に逆らったヤツの血」か。
……それにしても、ですよ。私たちを先導するように斜め前を歩く先輩の横顔を眺めたが、懐かしいものを見るように目を細めるその表情からは怒りだとか憎しみだとか、そういう負の感情は感じなかった。でもなあ。視線をもう一度絵に向ける。この絵から感じる魔力は……。
「今お前が考えてること、当ててやろうか?」
「いいよ別に当てなくて……」
「『先輩の親族の血が使われてるのに、なんでこんなに冷静でいられるんだろう』とかだろ」
「いいって言ったのに」
ニヤニヤ笑いながらこちらを振り返った先輩はやはりいつも通りで、その表情に陰りは見られない。「親族?」と首を傾げた妹に「そ。あたしの母親の血だよ」と返した声音もいつものように掴みどころのない軽いものだ。私はというと、何度か先輩と絵とを見比べながら何をどう言ったものかと困っている。
先輩の発言の通り、あの絵を描いた際には先輩のお母上の血液が使われたのだと思う。強い魔力を持っていた人間の死後、その血や骨、もしくは杖や武器などの日頃使っていたものが魔力を帯びることはままあることだ。生前の魔力が染み付いているのだと言ってもいいのかもしれない。
私の目は母上譲りの特殊な目で、普通の人には見えない魔力の流れや形のようなものが見える。誰と誰が親族なんてことも軽く相手を見ただけで魔力の質や形が似ていれば分かるのだが、先輩の魔力とこの絵に使われた血に残った魔力ともよく似ている。……当たり障りないことを言うのなら、先輩の強さや魔力量はお母上譲りのものだったんだろうな、とだけ。
絵の横を素通りした先輩は、デリケートな問題に口を突っ込めずに押し黙ってしまった私を無視して、妹に「お前は例のブツはどこにあると思う?」と声を掛けていた。妹は妹で「大切なものなら屋敷の奥深くに隠されている気もしますが……私より、姉上に聞いた方が早いのでは?」と聞き返している。
先輩と妹の目が同時に私の方を見た。
「……はいはい分かりましたよ。選抜試験でミニブタが落とした五芒星のマスコットに似てるんだよね? 先輩はそれ触ったことあるの」
「触ったことはねえな。最後に見た時はガラスケースに入って厳重に保管されてた。保護の魔法も諸々かかってたと思うが、それから追えるか?」
「うん、追える。要は面倒な魔力を見つければいいんでしょ? こっちこっち」
「さすがです、姉上!」
「これなら最初っからコイツに探させてりゃ良かったな」
たしかに、一瞬でどこにあるか分かっちゃったもんね。昨日一日探し回っていた先輩からしたら面白くないかも。
場所が分かるのが私だけなので先導するように二人の前に出たあと、はあとため息をついている先輩を振り返り「でも友達の家に来れたのは楽しかったよ。それでいいじゃん」と言えば、先輩は今度は変な顔をした。なんだその顔。
「……お前って、なんていうか……素直だな」
「なに、今更? 私はずっと昔から素直ですよー」
「それは知ってるけど……まあいいや。早く行くぞ。昼飯はユニコーン、だろ? 協力の礼にたらふく食わせてやる」
「美味しいといいですけど、あの害獣共は姉上に無礼を働いてばかりだから不安ですね……」
「そんなことで不安抱かないで?」
そんなくだらないことを話しつつ、階段を上る。貴族の家、それも本邸なだけあって床に敷かれた絨毯も階段の手すりもとにかく豪奢だ。目が潰れそうな程にキラキラしているものばかり。妹や先輩と同じように「趣味が悪い」とは思わないが、なんとなく居心地の悪さは感じる。うちは広いっちゃ広いけどここまで派手じゃないからなあ。
それにしても、さっきから全く人の気配を感じない。誰ともすれ違わないし、そもそも生活感も見えてこないのは何故だろうか。ここって本邸なんだよね?
私が一番前を歩いているから顔は見えていないはずなのに、なぜか私が疑問を抱いていることに気付いたらしく妹が「皆さん別邸でお過ごしになっているそうですよ」と言った。ふうん。
「そうそう。あたしが出ていってからはここにはたまに父親が入ってるぐらいなんじゃねえの。ここ、母さんが生きてた頃にあたしたち三人が暮らしてた家だからな。あのうるせえババアは元から別邸暮らしで、母さんが死んでから父さんもあっちに移ったんだよ」
「へえ。こんなに大きいし綺麗なのに勿体ないね」
「そうか?」
緩やかな螺旋階段を登ってしばらく、目当ての階へと辿り着いた。私の「勿体ない」という言葉に首を傾げていた先輩も、その階に辿り着いた瞬間に「やっぱここか」と小さく笑う。その反応に、この階に何かあるのかと聞こうかと思ったが、ちょうど正面に見える壁に掛けられた大きな肖像画に映る人を見て思わず「なるほど……」と声が出た。
そこに書かれた女性は先輩によく似ているが、先輩とは痣の形が違うし、右目から左頬にかけて顔の半分を横切る大きな傷がある。──この人が先輩のお母上なのだろう。
天井にステンドガラスが嵌め込まれているようで、色んな色の光がきらきらと肖像画を照らしていた。先輩はそれをちらりと見て僅かに口角を上げてから、「ここだろ?」と廊下の左右にふたつずつ並ぶ扉のうち、右側の一番奥を指差した。
「うん、多分そこ」
「やっぱりな。ここ、母さんの部屋なんだよ。あのババアはアレで母さんを好いてたからここには隠さねえだろうと思って調べてなかったが、好いているからこそここに隠したんだな。人間クセえヤツ」
いつもと変わらない軽い声音でそう言った先輩は、特に躊躇いもなくドアノブに手を掛けると横に捻った。そして中を覗き込み、しばらくして「あった」と呟く。妹と一緒になって先輩の背中越しに覗き込んだ部屋の机の上に、確かに手のひら大の五芒星のマスコットは置かれていた。私は選抜試験で実物を見ているからこれが偽物だと分かるが、実物を見たことのない人なら本物だと言われても信じてしまうかもしれない。
「ガラスケースの中に入ってないね。もしかして罠だったりする……?」
「それはねえよ。あの女は母さんの部屋に罠を仕掛けたり、母さんの娘であるあたしを罠に嵌めたり出来るような女じゃない。だからあたしは勘当されたんだしな」
私の心配を他所に肩を竦めた先輩は部屋に踏み入ると、躊躇いなく五芒星のマスコットを手に取った。そのまま何度か投げたり掴んだりした後に、ほいとこちらに投げてきた。ええ、何?
驚きつつも思わず手を伸ばそうとした私を押し退けて前に出た妹が剣を振り抜く。カンッと高い音がしてマスコットは床に落ち、妹は不満げに「私じゃ切れませんね」と言いながら剣を納めた。本当に何? 先輩は床に落ちたマスコットを拾う。
「やっぱり無理か。あたしも固有魔法使えばワンチャンいけっかなってレベルの固さだからなあ……お前はどうだ?」
「そもそもなんで壊そうとしてるの……? 固有魔法でインパクトの瞬間に腕力とか打撃力とか強化すれば、もしかしたらって感じかな。でも下手に魔力込めると反動が怖いかも。このマスコット、見た感じだと魔力を込めた攻撃を反射するような魔法が掛かってるよ。だからここまで追えたんだし」
「マジで?」
「マジだよ。こんな危ないもの投げるのやめてください。この子が魔力込めて斬りかかってたらどうなってたか……」
「そりゃ悪かった、あたしのミスだ。体に不調はねえか?」
「ないです。それより早く下に降りませんか? 私、お腹空いてきました」
そう言うと妹は心配するこちらを気にも止めずに、さっさと部屋を出ると私たち二人の腕を引いて歩き出してしまった。一度顔を見合せた私たちはアイコンタクトだけで「妹がごめんね」「まあいいよ」と会話して、大人しくそのあとに続いた。悪い子じゃないんだよ。ちょっと甘やかしすぎたせいで、我を押し通そうとするところがあるだけで……。