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 お屋敷を出ると、ちょうどアベルくんとアビスくんもこちらに歩いてきている所だった。アベルくんの連れている大きな人形の手のひらには、あのマスコットと、それから……うん⁉︎
「なんで叔母さんをそんなところに乗せてるの⁉︎」
「襲いかかられたし、相当錯乱していたから放っておくと危なくてね。こうして連れてきたんだ」
「そうなの……?」
 これ以上先輩の家族に無礼を働きたくなくてソワソワしているのは私だけのようで、アベルくんもアビスくんも平然としているし、先輩も妹も全く気にしていない。それどころかアベルくんと先輩に至っては、人形の手のひらから叔母さんを解放するついでにあのマスコットを持ち寄ってあれこれと話を始めている。呑気だなあ。
 私はどうしようかなと一瞬迷ったが、叔母さんの元にさりげなく近寄って怪我がないか観察することにした。もし怪我をしているならそれを治療して恩を売ろうという短絡的な作戦だ。
 若干くたびれたり煤けたりはしているが、怪我というような怪我はなさそうだ。ガラス玉のような目で先輩とアベルくんを見つめながら呆然と座り込んでいる様を見ると、体の怪我ではなく心の方が心配になってくる。
 体の怪我ならともかく心の怪我までは私の魔法じゃどうにも出来ないからなあ。そう思って少し悩んでいると、叔母さんは突然「あんたたちには」と震える声で呟いた。その瞬間に背後から妹に手を掴まれて引き寄せられ、背中へと隠される。
「あんたたちには、人の心がないのね」
「……おいおい、言うに事欠いてそれか?」
「だってそうでしょう。ねえさんの夢をこんな風に踏みにじるなんて、正気の沙汰と思えない」
「夢だと? 聞いて呆れる……笑わせるなよ。夢なんてお美しいものじゃないだろう、これは。逆にあんたも母さんもあたしたちに感謝すべきだ。あたしとアベルにはもうこの家に関わってやる義理も義務もない。でもこうしてあんたたちの愚行を止めてやった。おかげであんたはこれ以上の罪を背負わなくて済むんだぜ」
「罪? 罪ですって? ねえさんの夢をそんな呼び方しないで!」
「立派な罪だろうが。神覚者選抜試験への私利私欲による介入は許されていいことじゃない。あれは何があったって公平公正な試験でなきゃならねえんだ。それをあんたたちは……あのままあたしが神覚者に選ばれていたら、もっと罪を背負うことになってたぜ。それにどうせ、アベルが試験に出てたらあたしの時と同じようにこれを使おうとしてたんだろ?」
 怒涛の勢いで言葉を連ねた先輩はそこで手の中のマスコットへと視線を落とし、フッと鼻で笑って髪をかきあげた。その表情には怒りと呆れと、それから悲しさが綯い交ぜになっている。先輩の隣に立って口を引き結んでいるアベルくんも思うところがありそうな顔をしていた。
 私と妹と、それからアビスくんは話についていけていないので、先程からちらちらとアイコンタクトを交わしては首を傾げあっている。これさ、部外者の私たちが聞いたらダメな話ですよね……?
 あのマスコットもどきを使って叔母さんがしようとしていたこと、したことが本当に神覚者選抜試験への介入ならば、それは冗談では済まない話だ。叔母さんは間違いなく罪を裁かれなければならないし、下手したらその介入により利益を得た人も罪を問われる。神覚者選抜試験とはそれだけ大切な試験なのだ。
 それに、先輩のその口ぶりだと、先輩が神覚者選抜最終試験で失格になった飲酒行為に全く別の意図が見えてしまうというか。
「あんたたちだってあたしがここに来た時点で分かってただろ? あたしはライオさんの密命を受けてここにいる。コイツらの母君の意思は、あんたたちの思惑なんて他所に今日まできちんと継がれてたってわけだ」
「母上……?」
「そ。お前らの母君は生前、神覚者選抜試験の質の低下を危惧されていた。貴族による介入や不正によって選ばれた神覚者の弱いこと弱いこと。特にお前と同じ目を持った母君には不正の手口もよく見えていたんだろうな。コイツらの首元まで母君の剣筋は迫っていた。まあ、この馬鹿共の罪を暴く前に儚くなられてしまったが……」
 ……な、なるほど。そんなことがあったのね。
 驚きや関心というよりもドン引きしている私とアビスくんを他所に、妹は「ふむ」と頷いて顎に手を当てた。
「その偽物のスターキーを使って、自分たちに都合のいいものを神覚者にする……というのが先輩のご家族の計画だったわけですね。首謀者は先輩のお母上ですか?」
「ねえさんをそんな言い方しないでッ!」
「お黙りなさい。私は今、貴女ではなく先輩に話を聞いています」
「妹の方は本当にズケズケ言うな……ああうん、そうだよ。母さんが考えて実行して、その死後はこのババアが計画を継いだ。美しい意思も醜い意思も引き継がれていくのが世の性なんだろうな」
 ぱんぱんとわざとらしく手の埃を払った先輩は、これもまたわざとらしくため息をつくと僅かに目を細めながら口角を上げた。……寂しそうな笑顔だ。
 私がその笑顔に気を取られている間にも、今度はアベルくんがゆっくりと口を開いた。
「母は生前、よくあなたたちの話をしていた。優しい姉たちだったと……こんな形にはなってしまったが、会えて良かったと思う」
「……うるさいわよ。私は会いたくなかったわ。あんたの母親はね、私たちを捨てたの。その結末がアレ。あはは、馬鹿な妹……どうして姪も甥も、妹すらも、あたしたちの考えを理解してくれなかったんだろう、ねえさん……」
 ほろほろと泣きながらも声を上げて笑う叔母さんのその笑顔は、先輩の浮かべる寂しそうな笑顔によく似ていた。

 +

 お屋敷の前で叔母さんと話してすぐに先輩は宣言通り魔法局へと連絡を入れ、数々の腕利きの局員さんたちが先輩の実家へとやってきた。そしてそのまま叔母さんは拘束され、私たちは「捜査の邪魔だから」と荷物ごと追い出されてしまったのである。
「いやー、悪かったな。ユニコーンは食わせてやれねえし、角も残念ながら持ち帰れねえわ」
 五人で歩く帰り道、ケラケラと笑った先輩を横目で見た妹は「焼肉でいいですよ。マーチェット通りの外れに行きつけの店があります」と言った。先輩の顔が引き攣る。
「マーチェット通りの外れにある焼肉屋ってあのたけーとこだろ……?」
「先輩は課外活動で荒稼ぎしているとお聞きしました。ご馳走様です」
「おい! お前の妹だろ何とかしろ!」
「いや私はライオ様に頼まれたコレで忙しいから……」
 手の中のマスコットもどきをふいと先輩の方に向けると、先輩は一瞬で絶望的な顔になって「うう……」と呻いた。先程私たちと入れ替わる形で先輩のご実家に突入していったライオ様直々に、これの解析を頼まれたのだ。
 魔法局に持ち帰ればもっと早く正確に解析は進むのだろうが、逆に魔法局に持ち込めば色々と報告書やらなんやらを書いてからでなければ解析が進められない。なら私に任せた方が早いとライオ様は判断されたらしかった。
 ジュニアも夏季休暇中だろうというのに休日もなく真面目に職務に励まれるライオ様は素晴らしいし尊敬も出来るが、早く家に帰らせてあげてご家族と団欒の時間を過ごされるべきだと思うのもまた私の本心。さっさと解析を済ませてライオ様のお仕事を少しでも減らしてさしあげたい。
 そう意気込んで私が再び視線をマスコットもどきに落とすと、先輩は私からの援護を諦めたのか心底嫌そうに「ええ……」とボヤいた。
「そんなに稼いでねえよ、あたし……メガネに任されてる雑用はほぼ無給だし、他だって酒買ってりゃ金なくなるし……」
「アベル先輩とアビス先輩も一緒に焼肉食べに行きましょう。先輩が奢ってくれるそうです」
「いや、でも」
「先輩は気乗りしてなさそうだけど」
「これは照れてるだけですよ。お二方は年上に好かれなさそうな小生意気な性格をしてるから存じ上げないんでしょうけど、後輩とは先輩に甘える生き物です。そして先輩はそれを喜ばしく思う生き物なのです」
「へえ、そうなのか。じゃあご一緒しようかな。アビスもどうだい」
「えっ……分かりました。ご一緒させてください」
 ……アビスくんってやっぱりアベルくんに流されるよね。そして妹はなかなか失礼なことを平然と言う。この子は将来大物になりそうだ。まあ私も私で焼肉には賛成だし、先輩の奢り肉ともなればもっと嬉しいんだけどさ。
 あれが食べたいこれも食べたいと話し出した妹とそれに相槌を打つ男の子二人の後ろを、頭を抱えた先輩とマスコットもどきの解析を進める私とが歩いていく。自然と私たちは隣に並ぶ形になった。三人がこちらを気にしていないことを確認してから「ねえ」と声をかければ、先輩は視線だけこちらに向けてくる。
「先輩、私に嘘ついたでしょ」
「……どれのことだ?」
「心当たりがありすぎて分からないみたいな顔やめて! ほら、アベルくんとの血縁関係のこと。お母さんたちが従姉妹か再従姉妹って言ってたけど、叔母さんの言ってた感じだと姉妹なんじゃん。つまりは二人も従姉弟なんでしょ。なんで嘘ついたんですか」
「だってそれはお前……あたしの母親も叔母も犯罪者だぞ。その点アベルの母君はあの計画が動き出した時点で結婚して家を出ていて完全に無関係だ。死後にまでその名誉を貶めかねないことは隠してたっていいだろ?」
「まあそうかもだけど……他もだよ。誘った目的とかもさ、あの子に隠すならまだしも私にぐらいは最初っから言っててくれても良かったじゃん。私たち、友達なのに……」
「……はいはい、悪かったよ。今度からは話すから許してくれ」
「絶対だよ? 先輩のおかげで私もあの子とちゃんと話せたけど……友達が隠し事したり無茶したりするのは心配なんだから」
「分かった分かった。ちゃんと話すよ」
「じゃあまずは先輩の彼氏に関して聞かせてください」
「彼氏? ンなもんいねーけど」
「え! 先輩にネクタイくれたり今回の結界考えてくれたりした人のことだよ? 彼氏じゃないの?」
「彼氏じゃねーよ。気色悪ィこと言うな。あれはな、そんなんじゃなくて……あーまあ違ぇってこった。それよりお前とレインの話聞かせろよ。な? どこまでいったんだ?」
「なんか誤魔化されてる気が……レインくんとはこの前ひいおばあ様に会いに行ったよ!」
「そういうこと聞いたんじゃねえんだけど、曾祖母への挨拶か……アイツもちゃっかり顔売ってこの馬鹿を囲いこんでやがるな……」
「なに? なんて言ったの?」
「なんでもねえよ」
 フッと笑った先輩は軽く手を振り、そのまま前を歩く三人に「おい!」と声を掛けた。「奢ってやるけどあんま食べすぎんなよ! フリじゃねえからな!」と言い含めるその横顔には、数十分前に見た寂しそうな笑顔はない。……うん。やっぱり先輩にはこういう笑顔の方が似合う。

ふたつおりのひとひら