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夜かつ空中だからか視界は悪いが、私の目があれば特に問題はなかった。日付が変わったこんな時間でも強い魔力の集まっている方──魔法局を目指して箒を飛ばす。肌にまとわりつく風がどことなく不快な夏の夜だ。
──結局、オーター様のことは病院に置いてきた。私が部屋を出る瞬間までついてこようとしていたが、大声で先輩の名前を呼ぶことで無理矢理置いてきたのだ。いや、私としても先輩の名前を呼んだぐらいで止まってくれるなんて思ってもいなかったんだけど……やってみたら成功しちゃったから……。
病院を飛び出す直前、決して近くにはいなかったはずなのに声が聞こえたのか「呼んだか?」とわざわざ私のところまで来てくれた先輩に「上! 休憩室! 急患いるから急いで!」と言っておいたから、まあオーター様に関しては心配しなくても大丈夫だろう。それにぬいぐるみ化の解除の条件も、先輩とオーター様なら或いは……。
箒に乗ったまま、手の中でぐちゃぐちゃになったメモを見下ろす。ぬいぐるみの小さな体でオーター様が懸命に書いてくれたよれよれの文字。さっきから何度も確認してはいるが、あまりにも信ぴょう性がないように思えてその度に眉間に皺が寄っている自覚がある。いや、オーター様は適当なことを言わないとは思うけどね?
オーター様曰く、このメモに書かれた行為がぬいぐるみ化を解除するために必要なことらしい。これを信じるのなら私にオーター様のぬいぐるみ化を解除することは出来ない。でも、多分ぬいぐるみにされてしまっているであろうレインくんならばどうにか出来る。
だからこうして魔法局への道を急いでいるのだ。オーター様を置いてきたのは、オーター様と言えど魔法を使えないぬいぐるみの状態で連れていくのは不安だったから。あと、先述した通りオーター様のぬいぐるみ化は私にはどうしようも出来ないからである。そこはもう先輩に期待するしかない。
そんなことを考えながら脳内でオーター様と先輩の両方に色々な謝罪をしていると、魔法局の建物が見えてきた。未だにキラキラと明かりの灯っている社畜たちの庭。しかし今日に限ってはこの明かりをいつも通りの残業故のものと見ればいいのか、中で起きているかもしれない反乱故のものと見ればいいのか分からない。前者でありますように。
そう思って降下し、少しも悩むことなく箒のまま魔法局の敷地内に滑り込んだ。いつもなら正面口で来館証を発行してもらわなければならないところだが、今日はスルーさせていただく。守衛さんに止められそうにはなったが「緊急事態です!」と叫べばすんなり通してもらえた。白衣のまま来ててよかったあ。
しばらく進んでいると、奥に進むにつれて異様に人気がないことが気になりだした。みんな部屋にこもってる……? やっぱり何かあったみたいだ。
とはいえそれに気付いても止まるわけにもいかず、箒に乗ったままそれなりのスピードで廊下を更に進む。レインくんの仕事場がある方に向かうか、オーター様の仕事場がある方に向かうか……。そもそもどうして二人が一緒にいたのかが分からないし、事情を知ってそうな人を探して、まずは作戦を立てる? うーん、どうしよう。どうするべきなんだろう。
迷いつつも曲がり角を曲がると、案外近くにライオ様の魔力を感じた。それからこれは……知らない局員さんが二人? あとは……レインくんの魔力だ!
ドッと胸が鳴り背筋を冷や汗が伝った。箒に魔力を込めて加速しながら、「レインくん……!」と思わず声に出して呟いてしまう。どうか無事でいて……!
窓を飛び出してショートカットし、みんなの魔力をいちばん強く感じる辺りの窓から再び建物の中に入る。魔法を使って窓を開けることさえ面倒だったので体当たりして窓を突き破ったのだが、当たりどころが良かったようでかすり傷ぐらいしかつかなかった。
「レインくん! 無事⁉︎」
そう声を上げて慌てて辺りを見渡すと、驚いた表情でこちらを見ているライオ様、それからその二人に対面するように立ちながら呆然と口を開けている見たことのない局員さん、そして私の正面……つまりは対面する二組のちょうど真ん中に立っていたマッシュくんと目が合った。その頭からは血が噴き出している。
「マッシュくん、酷い怪我……! 大丈夫⁉︎ 誰にやられたの⁉︎」
「先輩が飛び込んできた時にガラスが刺さって」
「私のせいだあ、ごめんねえ!」
えーんと泣き真似をしながら杖を一振りすると、噴水のように飛び出していた血が止まった。今は止血だけで許してね……! レインくんの無事を確認したらきちんと治すから……!
突っ立ったまま「え? なんで来たの?」という顔をしている大人二人は無視して、キョロキョロ辺りを見渡してレインくんを探す。魔力は感じるのにどこにもいない……ってことは、やっぱりぬいぐるみになってるんだ!
カーッと頭に血が上るのを自覚しつつ、レインくんの魔力をより強く感じる方──つまりは知らない局員さんの方に迫った。
「レインくん持ってるんですよね⁉︎ 出して!」
「は?」
「ぬいぐるみにしたんでしょ! 私のレインくんのこと! はやく返して!」
「は?」
見るからに困惑している局員さんは頭がフリーズしてしまったのか「は?」としか言わなくなったため、仕方なくそのローブのポケットに手を突っ込んだ。そのまま中に入っているものを強引に奪えば、二つのぬいぐるみが出てくる。ひとつはレインくんで、もうひとつは……。
「あれ? この子マッシュくんの友達の子?」
さっき感じた見知らぬ魔力のもう片方のようだ。見覚えがあるようなないような赤髪の男の子。ウチの寮のローブを着ているから、寮生であることは間違いない。
それにしてもレインくんのぬいぐるみはモゾモゾ動いているから生きているのが分かって一安心だけど、もうひとつの赤い髪のぬいぐるみは全然動かないから不安になってきた。レインくんのぬいぐるみはとりあえずスクラブの胸ポケットにしまい込んで、マッシュくんのそばに箒に乗ったまま近付く。マッシュくんはひとつ頷いて「ドットくんが人形になっちゃった……」と呟いた。へえ、この子ドットくんって言うんだ。
胸ポケットでレインくんが先程の比ではなくじたばた暴れているため若干苦しさも感じるが、一旦それをスルーして「大丈夫、治るみたいだよ」と教えてあげた。
「あのね、人に戻るためには、真実の──」
「先輩、危ない」
「二人とも下がれッ!」
「あっ」
ギュンッと鋭い音がして頭上を黒い弓矢のようなものが飛んでいった。うわ怖。どうやらマッシュくんとライオ様にそれぞれ庇われたようで怪我こそしなかったが、刺さってたら血ぐらいは出てたかも。
怖いなあと私が顔を顰めている間にも、ライオ様と局員さんは魔法の打ち合いを始めてしまった。マッシュくんと一緒に「わあ」と声を上げながらしばらくそれを見つめる。
「ねえマッシュくん、あの人何? なんでライオ様に攻撃されてるの? もしかしてあの人がぬいぐるみ化の犯人?」
「みたいですね」
「ね。あ、そうだ。今のうちに怪我治してあげるね」
杖を頭に向けるとぼんやりと杖先が光り、まもなくしてマッシュくんの傷は塞がった。そのまま血で汚れたローブも綺麗にしてあげる。あれ、泥もついてる。もしかしてインターン帰りかな?
まあ血を落とすのも泥を落とすのも変わらないことなので全部綺麗にすると、マッシュくんは律儀に「ありがとうございます」と頭を下げてきたので「いえいえ」とこちらも頭を下げ返した。マッシュくんにはいつも妹がお世話になっているので、これぐらいどうってことないです。
そんなことをしている間にも、ライオ様の攻撃で推定犯人はノックアウトされ床に沈んでいた。マッシュくんの両の手のひらで横たわっていたドットくんのぬいぐるみも元気に動き出してマッシュくんの顔に蹴りを叩き込んでいる。若い子は元気だなあ。
事態が実質解決したことで和やかな気持ちで廊下を眺めていたのだが、そろそろスクラブが破けそうなぐらいレインくんが暴れているため、胸ポケットから彼を取り出した。そのまま両の手のひらの上に乗せ、無愛想ながらに何か言いたげにこちらを見てくるぬいぐるみと見つめ合う。
軽いしふわふわだ。そして可愛い。いつものレインくんはなんかがっしりしてて筋肉が重くて全然ふわふわじゃないけど、それでも可愛いからね。綿になったらもっと可愛くなるってわけ。
「でも私、いつものレインくんの方が好き。キスはするよりされたい派だもん」
ちうとわざとらしく音を立てて布でできた口にキスを落とす。そのまま両手をパッと離せば、すぐにぼふんっと軽い音が鳴ってもくもくと煙が上がった。マッシュくんとライオ様が「おお」と声を上げて謎に拍手をする中で、すぐに煙が晴れていつもの人間のレインくんが姿を現した。すぐ目の前に立っている相変わらず無愛想なレインくんにぎゅっと抱き着いて、その肩に顔を埋める。
「レインくん! 無事でよかったあ」
「……一応聞いておくがさっきのはなんだ」
「さっきのってキスのこと? あれはね、真実の愛のキスだよ。真実の愛のキスがこの魔法を解くんだって」
解けてよかったねとレインくんを見上げて笑いかければ、レインくんは少し微妙そうな顔をしながらも頷いて私の頭と背中を撫でてくれた。やったー! 褒められた!
嬉しくてにこにこしていると、マッシュくんが重々しい声で「真実の愛のキス……」と呟いた。レインくんに抱き着いたままそちらを見る。マッシュくんは、短い手足を振り回して暴れているぬいぐるみのドットくんを両手で掴んでまじまじと見下ろしていた。……なるほど。
犯人を縛り上げていたライオ様をちらりと見つめると、視線に気付いたのか顔を上げたライオ様もマッシュくんたちの方を見て、それからばちこーんっとウインクをしてくれた。よし、伝わったみたいだ。
「マッシュ・バーンデッド……お前たちのその男前な友情もまた、真実の愛だ……!」
「真実の愛……!」
「そうだよマッシュくん! いけ! やっちゃえ!」
そんなこんなで人間に戻れたドットくんは「もうお嫁にいけない……」と言いながら泣き崩れていてちょっと面白かったし、「でもありがとよ……!」と泣きながらもマッシュくんにお礼を言っていたから良い子なんだなあと思った。今年の一年生は面白いし性格の良い子が多いなあ。豊作豊作。
被害者として調書を書いたり色々と事務処理をしなければならないレインくんと、そんな状況なのにレインくんのそばに居座れるほど図太くはない私。せっかく会えたのにまたお別れをしなければならなくなって悲しかったが、ふざけて「私もお嫁にいけない……レインくん、もらってくれる?」とボヤいたら「今更他のやつにくれてやるつもりはねえよ」とおでこにキスしてもらえてすごく嬉しくなりました! 何か忘れてる気もするけどハッピーエンドだね!
+
「失礼、こちらに……って誰もいないじゃねえかよ。っつーか休憩室に急患、って……なんだこの綿」
「……」
「……先輩? いやでも人形……動いてる、のか……?」
「……」
「うわっ、ンだこのメモ、なんで床に……まほうきょく、はんらん? いややべーやつ……にんぎょう、まほう……そういやどっかの局の庶務課に対象を人形にする固有魔法を持ったやつがいたな。……え? マジで先輩なの?」
「……」
「なんか言えよ」
「……」
「あー、そっか。綿だからなんも言えねえのか。……綿ならセーフかな。あたし、あんたとはもう会わないつもりでいたんだけどな」
「……」
「……なあ、あんたのことだからこの魔法の解除条件ももう知ってんだろ? ならあの馬鹿のこと止めろよ。もっと他に呼ばせるべきやつがいただろ。それをなんでアイツ、あたしを……」
「……」
「ま、アイツのことだからなんも分かってねえんだろうけどさ。誰かしら呼んできてやるよ。ご実家のご家族とかでいいか? そうすりゃさっさと戻れ……白衣掴むのやめろ。……なんで引き止めんの? ……しろって? あたしに?」
「……」
「ふざけんなよ。あたしたちそう言うんじゃないだろ。……あーもう、分かったよ。分かった。する。でもそのかわり、戻れなくても文句言うなよ。…………もし、もし万が一戻れたとしても、あたしが目を開ける前にこの部屋を出ていけ。あたしの視界には入るな」
「……」
「……目、瞑るから…………どう、戻った?」
「…………この借りはいつか必ず返す」
「……うっさいな、さっさとどっか行け。それでもう二度とあたしの目の前に現れないで」
「……」
「…………ドア開ける音したけど、もういない? ……いないな。……あはは。四年ぶりか? 笑える……あーあ、もうお嫁にいけなーい……ふふ…………そこはどこにも行かないでここに残ってろよ、先輩のばーか」
「……」