05

「あーん、忙しい忙しい!」
 腕に抱えた魔法書を机にドサドサッと落としながら叫べば、ベッドの中から「うるせえな……」と酒に焼けた声が聞こえてきた。そのあまりにも失礼な物言いにムッとして、勢いよくそちらに駆け寄って掛け布団を剥ぎ取る。
「コラーッ、起きなさい! もうお昼ですよー⁉︎」
「何が昼だボケ、今日は休みだろうが……」
「うっわ酒臭! また飲んだの⁉︎」
「酒じゃねえよ、水だ水」
「水はこんな匂いしません!」
 寒そうにベッドの上で手足を丸めて寝続けようとするその肩をバシバシ叩いてみるも、帰ってくる反応は芳しくない。ほんとに、もう!
「そんなんだから留年するんだよ⁉︎」
「あーはいはい、留年バンザイ」
「バンザイじゃない!」
「マジでうるせえ……」
 私のうるささに痺れを切らしたのか、二度寝は諦めたらしく露骨に嫌そうな顔と態度で起き上がって頭を搔くこの人は、私と寮で同室の、一応友人のような人である。三年ほど留年しているため年は私よりも上だが、見ての通り「先輩らしさ」というものはどこにもない。御歳二十一歳、ただの酒カスだ。
 そんな酒カス先輩は今度はタンクトップの裾から手を突っ込んでぼりぼりと腹を掻きながら、「なんで騒いでんの」と半目で聞いてきた。私は私で、よくぞ聞いてくれましたとばかりに腰に手を当ててふんぞり返る。
「魔法史の成績が悪すぎて、このままだと今度の神覚者候補選抜試験に出れないの!」
「……お前、神覚者目指してたっけ?」
「ううん、目指してない。チーム戦になった時に、レインくんのサポートするためだよ」
「見下げ果てるほど不真面目な理由だなァ……」
 ハンと鼻を鳴らして笑った先輩は、「あたしも次留年したら強制退学なんだよな」とぼんやりと天井を見上げて呟いた。うんうん、知ってる知ってる。なんなら校内のみんなが知ってるよ。先輩は色んな意味で有名人だからね。
 たたっと机に寄り、先程抱えていた魔法書を掲げる。
「先輩も一緒に救済レポートを書いて救われましょう!」
「ええ……意味あんの? それ」
「先輩は私と違って全部の成績がドブカスだから、一個でもレポートを書いて改心したふりをすれば教師からの心証は格段に良くなる!」
「先輩相手にすげー口の利き方すんじゃんお前」
「こんな時だけ先輩面しないでくださーい! ほらほら起きて、図書室にほかの資料取りに行きますよ!」
「めんどくせ……図書室で書こうぜ」
「もうすぐ学期末でしょ? だからなのかな、レアンの生徒が図書室占有しててえ……席貸してって頼んだのに『馬鹿に座らせる席はこの学園にはない』とか言われたからちょっと叩いたら、司書さんにすごい怒られちゃってえ……」
「だからあたしに代わりに本を借りてこいってか」
「先輩おねがい……」
 ベッドに乗り上げて先輩の腕にぎゅっと抱き着き、上目遣いでじっと見上げれば、先輩はしばらく私を見下ろした後に大きなため息をつきながらベッドサイドでぐしゃぐしゃに丸められていたローブを手に取った。
「持つのはお前、返しにいくのもお前な。あと完成させたレポート提出しに行くのもお前」
「ありがと先輩!」
 やっぱり持つべきものは酒カスでも優しい先輩だ! 学生の校内飲酒は校則違反だけどね!

 +

 見るからに嫌そうにしつつも流石に退学は免れたいのか、先輩は図書室に魔法書を借りに入っていった。私はさっき司書さんに怒られた時に「しばらく出禁」となんともアバウトな命令を受けてしまっているため、扉の横にしゃがみこんで大人しく待っている。
 そこら辺に落ちていた木の枝で床のタイルとタイルの隙間のホコリやゴミをちまちま掘り出してみたけど、直ぐに飽きてしまった。レアンの人たちが図書室を占領していることが噂にでもなっているのか、先程から通りかかるのもレアンの生徒ばかり。私、オルカには友達いるけど、レアンには顔見知りぐらいしかいないんだよな……。
 ぼーっと壁を見つめて「あの模様、ウサちゃんの横顔みたい……」と意味のないことを考えていると、ガチャリとドアノブを捻る音がして扉から人が出てきた。先輩かもとそちらを見上げたが、そこにいたのは先輩ではなく、レアンの生徒だった。銀髪の、なんか包帯で片目を隠してる人だ。たしか同級生。
 一瞬目が合ったもののサッと逸らされ、足早に通り過ぎていってしまった。……まあ、レアンの人が私とお喋りしてくれるとは思ってないけどさ。
 また人通りのなくなってしまった廊下で、ローブのポケットから取り出したまっさらな紙にウサちゃんの絵を描いてみた。うーん、我ながら芸術的。地元で毎年行われているチャリティーオークションで「伝説の画家の絵では?」とか言われて凄い高値で落札されたドラゴンの絵ぐらい芸術的だ。ちなみにそれを書いたのも私ね。
 ちまちまと紙を折ってウサちゃんの形にして、魔法をかけてレインくんの元へと飛ばした。サインはしなかったけど、私が送ったことはレインくんならきっとすぐ分かってくれるはずだ。
 レインくん、今日はウサちゃんルームにいるかな。忙しい人だから今日も外に出てるかもな。疲れてウサちゃんルームに戻ってきた時に紙製のウサちゃんもいたら二倍嬉しいよね。ウサちゃんルームのウサちゃんたちは賢いから紙は食べないだろうし。
 小さくて脆い体で懸命に廊下をかけていく紙製のウサちゃんの背中を見守っていると、再び図書室の扉が開き、今度こそ先輩が出てきた。立ち上がってその腕の中の魔法書を受け取る。
「聞けよ、大変だったんだぜ。司書のババア、飲酒は校則違反だのなんだの口うるさく言ってきやがった。ったく、一杯ぐらい許せよな」
「それ多分お酒を飲んでることじゃなくて、図書室で飲酒したことに怒ってるんだよ」
「図書室で酒飲んじゃいけねえなんて校則あんのか? ねえだろ」
「校則作った人も図書室でまで飲みたがる酒カスがいるだなんて思ってなかったんだろうな……」

ふたつおりのひとひら