28

 ベッドに寝っ転がったままミニブタの芸術的な寝相を見守っていると扉が開いた。クッキー缶を抱えたレインくんが部屋に入ってくる。
「ありがとー。クッキーまだあった?」
「あった」
「やったあ」
 私が部屋から出るのを面倒くさがったから、優しいレインくんはわざわざ一階まで降りてクッキー缶を取ってきてくれたのだ。部屋にあった分は昨日の夜、レインくんのお泊まりにテンションが上がって食べきっちゃったからね。
 起き上がって、レインくんの方に手を伸ばす。クッキー缶、クッキー缶。一階に置いてたやつには何味のクッキーが残ってたかなー。
 蓋を開けるまで中身の分からないワクワク感に思わずニコニコしてしまう私を見下ろしたレインくんは、呆れた顔になってひとつため息をついてから扉を閉めてこちらに歩いてきた。あれ? クッキーくれない感じ?
 クッキー缶を持ったままベッドに腰掛けたレインくんに膝立ちでにじり寄り、その顔を覗き込む。あ、前髪に寝癖。うふふ、かわいー。
「どうしたのー?」
「……まずお前はちゃんと服を着ろ」
「着てるよ?」
「腕も腹も足も出てる」
「何を今更……これはこういう服だよ。部屋着。初めて見るわけじゃないでしょ。っていうか私いっつも夜はこれ着てるじゃん」
 レインくんの腕にぎゅっと抱き着けば、レインくんはわずかに目を細めた。うん? もっとくっついて今度は胸を押し付けるようにすると、レインくんは今度はそっぽを向く。うーん、照れてるのかも。可愛い。
 にやーっと顔が緩むことを自覚しながらも、さらに体と体を密着させて体重をかければ、レインくんはあまりにも呆気なく私に押し倒されてしまった。本当に全然抵抗されなかった。胡乱気に私を見上げてくるレインくんの両頬に手を当ててニヤリと笑う。
「レインくん討ち取ったり!」
「討ち取られてはいねえ」
「でもこれはもう私の勝ちでしょ」
 さっきの衝撃で目を覚ましたらしいミニブタが寝ぼけてぷぎゅぷぎゅ鳴きながら部屋を出ていったのを横目で確認して、またレインくんを見下ろした。「ん? ん?」と言いながらわざとらしくドヤ顔をすれば、レインくんは今度は面倒くさそうな顔になってため息をついた。
「もう、レインくんったらため息ばっかり。それじゃ幸せ逃げちゃうよ?」
「ンなのどうでも」
「いい、は禁止! そうやってすぐめんどくさがるんだからあ。そんなめんどくさがりのレインくんには罰としてちゅーしちゃいまーす」
 両頬を掴んだまま顔を近付けると、レインくんの方から僅かに顔を浮かせてキスしてくれた。さっき無理矢理飲ませたミックスジュースの味がする。よし、これは罰だしレインくんには重い罪が課されているので、あと何回かキスしておこう。
 そのまましばらくキスをしていると、ショートパンツの裾から手が入り込んできた。そのままその指先が意味ありげにパンツのラインをなぞっていく。うーん、更に重罪!
「もー……レインくんのえっち」
「嫌じゃねえくせにわざとらしいことを言うな」
「分かんないじゃん。嫌がってるかもよ?」
「嫌がってないのは見れば分かる。それにお前は嫌なことははっきり嫌だと言うだろ」
「確かに言うけど!」
 起き上がったレインくんの膝の中に閉じ込められるような形になりつつ、ぽかぽかとその胸や肩を叩く。確かにそれぐらい言うけど、そこまでズケズケ言わなくたっていいじゃんね。
 すぐに両手とも握られて動きを封じられてしまったが、照れくささを隠すようにしてムッと顔を顰める。レインくんはそんな私を見てフッと笑うと、それこそわざとらしく音を立てて額にキスをしてきた。こんなのじゃ許さないんだから……!
「昼になったらマーチェット通りに出て何か食べるか」
「……この前、美味しそうなパフェ売ってるカフェみかけた……」
「じゃあそこに行こう」
「……甘いものそんなに好きじゃないでしょ。いいの?」
「別にいい。今日はお前に合わせると決めてるんだ」
「……なんで?」
「休暇に入ってからあまり時間をとれなくて寂しい思いをさせてただろ」
 悪かったなと続けたレインくんの表情はどこまでも優しかった。……もー!
「レインくんってば私のこと大好きじゃん!」
「ああ、好きだ」
「私も大好き! ね、お昼食べたら新しいお洋服見たいな。レインくん選んでくれる?」
「オレで良ければ」
「レインくんが可愛いなって思ってくれる格好したいから、レインくんに選んで欲しいの。んふふ……私もレインくんのこと、だーいすき」
 何度かその唇にキスをしながら、首に腕を回してしなだれかかる。レインくんは私ぐらいの重みじゃビクともせずに受け止めてくれたので更に調子に乗って体をくっつけると、ゆるゆると太ももを撫でられた。仕方ないなあ、レインくんったら。まあ確かに嫌じゃないし、会えなくて寂しかったのは本当のことだし、これぐらい許しちゃうんだけど!
 それに父上も先輩も昨日も今日も夜勤で病院に詰めていて帰ってこない予定だし、妹だって魔法局インターンが終わるのは今日の夕方で、帰ってくるのは明日の午前中と聞いている。家には私しかいないからこうしてレインくんを連れ込んで昨日の夜からお泊まりしてもらっているのだ。そんな時ぐらいこうしてイチャイチャしたって罰は当たらないだろう。
 せっかく取ってきてもらったクッキー缶をすぐに食べれないのは少し悲しいけど、それは後でいい。クッキー缶は逃げないからね。休みとは言え、呼び出されたらすぐに魔法局に行かなければならない多忙なレインくんとのこのゆっくりとした時間の方が断然大事。
 裾の短い部屋着の隙間から入り込んでくる手の温さと擽ったさに少々の照れくささは覚えつつも、レインくんにされるがままに身を任せる。私はキスはするよりされたい派だし、こういう時もリードするよりされたい派なのだ。
 かなり長く続いたキスの後に私の下唇を甘噛みして離れていったレインくんの唇を追い掛けて再びキスをしたその瞬間、部屋の扉が遠慮がちに開かれた。……うん?
 思わず飛び上がるようにしてそちらを見るよりも早く、「姉上?」とうかがわしげに声を掛けられる。私をそう呼ぶのはこの世に二人だけ。そして今の声は明らかに──やばい。
「まだお眠りになられていますか。あの、インターンが思っていたより早く終わりまして、レモンと軽くマーチェット通りを歩いてたらマッシュたちに会って……今、一階にレモンたちがいるんで、す……は?」
「いや、あの、おかえり。これは、これはその、うん」
「レイン・エイムズ……? え? レイン・エイムズが姉上の部屋に? 姉上のベッドの上で? 姉上と……えっ?」
「その……平気、今日はまだキスしかしてないから。ね?」
「今日は…………?」
「……レインくん、今の失言だったかな?」
「お前の妹の反応を見る限りは、恐らく」
「やっちゃった……」
 いや、やっちゃったもなにも今更なんですけども。
 レインくんの膝の中から脱出してベッドを降りる。ズレたショートパンツを履き直しながら慌てて扉の方まで駆け寄れば、妹はこの世の終わりのような顔になった。
「姉上から……知らない匂いがする……」
「ええ……? ごめん、自分じゃわかんないや……レインくんも私と同じシャンプー使ったはずなんだけどな……」
「……」
「あの、お友達遊びに来たなら私たちこの部屋で大人しく、静かにしてるから。この後ご飯食べに行くし……」
「おい」
「うん? レインくんどうかした?」
「妹、気絶してないか」
「えっ⁉︎ ……ほんとだ! え、え、大丈夫⁉︎ 立ったまま気絶、すご……じゃなくて、しっかりして⁉︎ えーっと、脈はしっかりしてるし瞳孔も開いてない、心拍数にも呼吸にも異常なし……ただの気絶だ……そんなにショックだったの……?」
 結局、立ったまま気絶した妹は一旦二階の階段横のソファーに寝かせて、「下に運ぶ」と申し出てくれたレインくんには部屋に残ってもらい、私が一階に降りた。妹は「マッシュたちに会って」と言っていたから、もしかしてフィンくんも一緒なんじゃないかと思ったのだ。変に気遣ってるわけじゃなくて、好きな人の弟にお泊まりを知られるのってかなり気恥ずかしくないですか。
 玄関でわちゃわちゃしていた一年生の子たちを大広間にお招きし、そのまま「色々あって妹は気絶しちゃって……」とかなり掻い摘んだ説明をして、「妹が起きたら、さっき見たのは全部夢で、二階には私しかいなかったって伝えてね」とお願いしたから多分セーフだ。妹を運んでくれたランスくんはずっと私になにか言いたげにしていたし、フィンくんとドットくんも『全部察しちゃいました』とばかりの表情をしていたけど、セーフと言ったらセーフ。

ふたつおりのひとひら