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 休暇最終日、なんとか時間を合わせて四人で食卓を囲む時間を作った私たちは、久々に食堂で揃ってテーブルを囲んでいた。先輩の焼いたパン、めちゃくちゃ美味しい。
 最初は「さすがに家族団欒の場に混ざるのはマジで無理」と全力で首を横に振っていた先輩も、今は自分の焼いたパンをばくばくおかわりする私たち三人を見てどこか嬉しそうにしている。我が家の食欲モンスターは妹だけじゃないからね。遺伝ですよ、遺伝。
 そんなこんなで久々の団欒ではあるが、私と父上と先輩なんてほぼ毎日病院に詰めていたんだから、話のネタもそれ関係しかない。それも病院関係者である私たち三人で話すならまだしも、部外者である妹には話せないようなことばかりだ。
 よって話は自然と妹中心となり、妹は楽しそうにあれこれと夏休みの間の話を聞かせてくれていた。私たちもそれを聞きながらうんうんと頷いて相槌を打ち、時折色々と質問をしてみたり、自分たちの話をしてみたりする。とても楽しい時間だ。
 妹はここ最近随分と充実した日々を送っているようで、これまでのこの子の態度からでは考えられないほどに会話の最中に色んな人の名前が出てきた。大体はアドラの一年生の子たちで私も知っている子ばかり。それ以外にもちらほらと聞こえてくる知らない名前に関しては先輩が話の流れで自然に紹介してくれるため、私も父も特に困ることなく話についていけた。
 それにもし話についていけなかったり、この子が一体誰の話をしているのか分からなかったりしたとしても、私たちは結局ご機嫌に話を聞き続けるのだと思う。だって、この子がこうして楽しそうにしているのが一番嬉しい。
 ある意味では私たちのエゴで狭い家の中に閉じ込め続けた大事な家族が、自分の意思で一歩を踏み出して広い世界を知ろうとしてくれているのだ。そうして知ったことを目を輝かせて私たちに教えてくれるこの子を可愛いと思うなという方が無理があるだろう。
 マーチェット通りでみんなで買い物をしたり遊んだりして、その後マッシュくんの家で人生ゲームをしていたら近くでレインくんとマーガレット・マカロンが戦っている気配がした、と言われた時には思わず「は?」と言ってしまったが、それ以外は本当に素敵な話ばかりを聞かせてくれた可愛い妹。お友達の家に遊びに行くぐらいみんなと仲良くなれたみたいで良かった。
 それとね、マーガレット・マカロンはね、二学期にこそ半殺しにしてやるからね。アイツ絶対私から逃げてるよ。三年生になったら再戦しようねって約束したのに気付いたら一学期終わってましたけど。どう考えたってお前はそんなに忙しくないだろ。
 しかも私から逃げておいてレインくんとは戦っているなんて許せない。マーガレット・マカロンは相当な実力者だ。レインくんだって決して手を抜ける相手じゃない。もしかしたらサモンズまで使ったんじゃないだろうか。ああ、本当に許せない。私だってそこまで本気のレインくんと戦ったことは一度しかないのに!
 今度マーガレット・マカロンと戦う時はセコンズでボコボコにしてやろうと思ってたけど、やっぱり私もサモンズを──とパンをちぎって口に放り込みながら考えたその瞬間、妹がフォークとナイフを置いて神妙な顔で「話は少し変わりますが……」と言った。
「先日変な夢を見たんです。姉上が部屋に男を連れ込んでいる夢。インターン帰りだから疲れていたんでしょうか」
「ぶっ」
「は?」
「ふふっ……おい、水飲め……ふふふ」
 妹の言葉の後に、順番に私、父上、そして先輩の反応である。パンを喉に詰まらせた私を見兼ねて、先輩が笑いながらもピッチャーから注いで差し出してくれた水を受け取って飲み干す。色んな意味で死ぬかと思った……。
 父上からの「どういうことだ?」と言わんばかりの視線を感じつつもコップを持ったまま肩で息をしていると、相変わらず堪え切れない笑いを端々に滲ませつつも先輩が「その男ってちなみに誰?」と聞いてくれた。普段なら「笑うのやめて!」と突っかかっていたであろうが、今はありがたい援護射撃だ。
「レイン・エイムズです。でも姉上が私に黙って部屋に男を連れ込むとは思えないし……奴を憎く思うあまり幻でも見てしまったのかもしれませんね」
「そうかもしれねえなあ……ふふっ」
「あの、先輩はどうして先程から笑っていらっしゃるんです?」
「別になんでも? なあ、なにもねえよな?」
「うん! なんにもない! そんな夢見るほど疲れてたんだろうねえ!」
 そんなまさか、まさか「それは夢じゃなくて現実だよ」なんて言えるはずもない。楽しそうにニヤニヤしている先輩を睨みながら、視線だけで父上に「この前の……」とアピールをした。レインくんは礼儀正しいので、必ず手土産を持参して父上に挨拶をしてから家に泊まる。だからあの時もちゃんと許可はとっていたのだ。
 それを思い出してくれたのか、父上も「ああ」と小さく呟いて、妹の方を見ると「疲れていたんだろうな。インターン帰りに友達を呼んだ日だろう? かなり難易度の高いインターンをこなしたと聞いたぞ」と言った。あっ、父上の馬鹿……!
「そうですけど……私、その日に夢を見たなんて言いましたか?」
「えっ……言ってたよな?」
「うん! 言ってた言ってた!」
 だらだら汗を流しながらもぶんぶん首を縦に振ると、妹はまだ首を傾げつつも「そうでしたか。本当に疲れているようだな……」と言った。ふう……なんとか誤魔化せた。私が変なところでドジるのは父上の血だなって確信したわ。
 結局あのお泊まりの日、妹が気絶した後、私とレインくんは逃げるようにしてそそくさと家を出たのだ。だからあの後、妹がどうやって目覚めたのか、みんながどうフォローしてくれたのかは分からない。でもこの反応を見た感じだと、みんなはお願いした通り「あれは夢」という方向に誤魔化してくれたようだが、妹が逆に信じすぎちゃったみたいだ。お友達を信頼してるんだなあ……。
 あの日の夜からお屋敷再建プロジェクトの方で色々とやっていて、お屋敷と魔法局と病院を行き来していたから、家にも当分帰って来れなくてね。この子がそんな中途半端に覚えているとも思わなくて、結果として和やかな食卓を変な空気にさせてしまいました。ごめんなさい。
 ごほんと咳払いをした父上が「それより、本当に神覚者選抜試験は辞退してしまうのか」と改まった様子で口を開いた。先輩は芝居掛かった仕草で肩を竦めながらワイングラスに口をつけ、私も苦笑しながらパンをまた食べ進めていく。またそれね。
「はい。辞退いたします。と言っても現時点で出場が確定しているわけでもありません。ここからコインを手放していけば、自然と候補者に選ばれず終わるでしょう」
「だがコイン自体はかなり持っているんだろう? それ相応の覚悟と理由があるならば神覚者を目指してもいいと思うが……」
「では余計に私には向いておりませんね。覚悟も理由もありませんもの」
 そう言ってふっと口角を上げた妹は、その言葉通りもう神覚者を目指す気はないのだろう。私もそれでいいと思う。目指すと言うなら応援も力添えもしたけど、目指さないと言うなら意志を尊重するだけだ。
 先輩も私と同じようなことを考えているのであろうが、父上はそうではなかった。最近では「出れるなら出ればいいのになあ。あの子には神覚者になれるだけの才覚があると思う」とよくボヤいている。まあ、あれよ。子煩悩な父ってやつよ。
「しかしな、覚悟だの理由だのそれらしい事を言ってはいても、人は所詮人。オレだって候補者に選ばれた時は崇高なことを言ってはいたが、最後の方はお前たちの母上に対する『この女に勝ちたい』という感情しかなかったんだ。なんなら記念受験感覚でもいいだろう」
「あのさ父上、今めちゃくちゃ酷いこと言ってたよ。でも確かに父上の言う通り、人間なんてついつい私欲を捨てきれない生き物ではあるよね。父上が『母さんに勝ちたいなー』って思ってたみたいに、私も『レインくんを神覚者にさせてあげよー』って思ってたし……先輩は?」
「あたし? あたしは……そうだな。あたしも最初はお前と同じだったよ。自分がなりたいと思ったことはねえ。でも最終試験まで残れた。あたしは強いから」
「私も強いから残れた」
「オレも強いから残れたな」
 三人で顔を見合せてふむと頷く。私たちは強かったので最終試験まで残れたが、神覚者にはなっていない。私と先輩なんてそれこそ記念受験感覚だったまである。
 妹はそんな軽いノリで神覚者選抜試験を進んでいった私たちを見渡して呆れたような顔をして、「なりたいと思えば、来年以降は頑張ります」と言った。うんうん。それでいいと思うよ。あなたがあなたの望む生き方をするのが一番で、結局私たち家族はあなたがどんな道を選ぼうとあなたを愛しているのだから。

ふたつおりのひとひら