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「あー忙しい忙しい! いっそがしい!」
「あのー、今いいですか? 食あたりで……」
「えー、食あたり⁉︎ 何食べたの⁉︎ 屋台のもの⁉︎」
「いえ、彼女に貰ったチョコ食べました」
「それだよ! 絶対それが原因! 食あたりは私の固有魔法でもすぐに治せないから一旦トイレ籠って、三十分後ぐらいにまた来てくれるかな⁉︎」
微妙な顔をしているレアンの寮生に「三十分後ね! 三十分後だからね!」と言い含めて部屋から追い出し、入れ替わるようによろよろと入室してきたフィンくんをそばにあった椅子に座らせる。お、大怪我だー!
「痛いでしょ?」
「めちゃくちゃ痛いです……」
「だろうね……痛いのによくここまで一人で歩いて来たねえ、フィンくんは偉いねえ」
よしよしと頭を撫でながら、その傷に杖をかざしてサッと治せるものだけ治していく。刺し傷もあるけど、これは時間がかかるので後回し。今は応急処置をする時だ。
結構失血してるみたいだから一度横になってもらった方が落ち着くかもなと背後を振り返ったのだが、他の怪我人たちでベッドは全て埋まっていた。うーん。
「私の膝なら空いてるんだけど……」
「膝⁉︎」
「そう、膝枕。どう?」
「いやいやそれは流石に! 兄さまにも申し訳ないし!」
「冗談冗談。レインくんが膝枕好きだからってフィンくんも好きとは限らないもんねえ。じゃあしばらくここに座っててくれる? 他の子の治療が終わってベッド空いたらそこで輸血しよう。私の固有魔法で血液補うよりもそっちの方が早いからね」
そう言って立ち上がり、奥にいる先輩に「まだ時間かかる?」と声を掛ければ、「もう終わる」と返ってきた。さすが先輩、父上が卒業後の引き抜きを狙うだけあってめちゃくちゃ優秀。
それならそっちは先輩に任せるとして、私は……やっぱり表見てくるべきかなあ。もう一人か二人ぐらい重傷者がいると予想してたんだけどなかなか来ない。自分で歩けないほどの怪我なら私が行って運んだ方が早い可能性もある。
傷が痛むのか、椅子に座ってしくしく泣きながら「膝枕……知りたくなかった……」とボヤいているフィンくんの頭を雑に撫でながら思案する。ここは先輩に任せてもいいだろう。ならやっぱり私はまだ見ぬ重傷者を迎えに……。
そう思って扉の方を振り向くと、ちょうど開くところだった。……あ。
「マーガレット・マカロン! あれ、怪我してたっけ? マーガレット・マカロンが怪我するほどの相手とぶつかってた?」
「アタシじゃないわ。この子。ウチの寮の一年よ」
「あー、カルパッチョくん! 今ちょうど迎えに行こうと思ってたとこで……フィンくん、椅子譲らなくて平気だよ。ねーポンちゃーん、もう平気? 重傷者来たからちょっとベッド空けて欲しいかもー」
マーガレット・マカロンに背負われて運ばれてきたのはカルパッチョくんだった。さっきまで映像を見てて、「この子の怪我ヤバそうだなー」と思っていた子。見た感じやっぱり重傷で、頭部の怪我だから治療にも時間がかかりそうだ。
カルパッチョくんにボコボコにされたトラウマか、椅子から降りて部屋の隅っこで膝を抱え震え出したフィンくんに駆け寄ってその背を撫でながら、一番奥のベッドに呼び掛ける。ポンちゃんはオルカの生徒だ。さっきカルパッチョくんにボコボコにされてここに運ばれてきたけど、リタイアが早かったから治療も早めに終わっている。
先輩に「動けるならさっさと動け! ここは怪我人を受け入れる場所だぞ!」と怒られて肩を落としながらベッドを降りてきたポンちゃんは、マーガレット・マカロンとその背に背負われたカルパッチョくんを見てビクつきながらも足早に保健室から出ていった。また来てねー。
色んな人にトラウマを植え付けているカルパッチョくんはというと、マーガレット・マカロンに背負われたままビクともしない。呼吸はしているから生きてはいるようだけど、相当痛かったんだろう。痛みを感じるのも初めてだって言ってたし、それがマッシュくんによる容赦のない一発だなんて可哀想に。
「貸して、その子は私が運ぶよ。マーガレット・マカロンは次の試合に備えたら? たしか初戦だったでしょ」
「ええ。相手はマッシュ・バーンデッド。……楽しみ」
「一言が重いねえ……」
楽しみに思っているのはその表情からしてよく分かる。まあ、マッシュくんならマーガレット・マカロンを満足させられるんじゃないかな。あの子は相当強い。コンディションによっては私も負けかねないだろう。下手したらレインくんだって……。
そこまで考えてから頭を軽く振って邪念を追い払い、マーガレット・マカロンからカルパッチョくんを受け取った。わあ、軽い。オルカの生徒特有のちゃんと食べてない軽さだ。この人たちは研究を優先して全然食べないから、みんな大体軽い。マーガレット・マカロンは今の姿なら重いけど、オルカの中じゃ結構レアなパターン。
カルパッチョくんを抱えたままベッドの方に近寄ると、手前側のカーテンが開いてちょうどマックスくんが顔を出した。
「おはよ。もう平気そう?」
「ああ、おかげさまでもう大丈夫。それより、ベッド足りないんだろ? 譲るよ」
「もしかして聞こえてた?」
「ばっちり」
「お恥ずかしいですなあ。フィンくーん、ベッド空いたからおいでー」
「その子貸して。奥に寝かせればいい?」
「うん、ありがと」
カルパッチョくんのことはマックスくんに任せ、フィンくんを手招きする。扉を開けて出ていくマーガレット・マカロンをちらちらと気にしつつも早足で寄ってきてくれたフィンくんの肩を押してベッドに座らせ、ネクタイに手をかけた。
「えっ」
「脱がなきゃ治療できないでしょー? 恥ずかしいかもだけど我慢してね。すぐ終わりまーす」
「安心しろよフィン。コイツはお前の兄貴に夢中だから、お前を取って食ったりしねよ」
「そうそう。レイン以外の男は眼中にも入らないから安心して」
「二人とも余計なこと言わないでくれます? 視界には入ってるよ、視界には……あああ、痛そう。先に傷治しちゃおっか。輸血はあらかた傷を治し終えた後にしよう」
「あ、はい。お願いします」
納得してくれたのかこくりと頷いたフィンくんは、それでも私にワイシャツを脱がされる時は恥ずかしそうにしていた。さすが兄弟、照れてる時の表情がほんの少しレインくんに似てる。……ふふ。レインくんはね、あれでたまに照れるの。まあ? 私の前でだけだけどね? ……うふふ!
耳まで赤くして照れているフィンくんにレインくんを重ねてにこにこしながらも、その傷口に杖を当てて治療を始める。辛かったら寝ててもいいよと伝えたがフィンくんは首を横に振り、自分の傷が消えていく様を興味深そうに見ていた。……こっち系の魔法に興味があるのかな?
「今なんの魔法使ってるか分かる?」
「……治癒魔法と固有魔法、ですか?」
「当たり。私の固有魔法で痛みを魔力に変換して、その魔力を使って傷を回復させてるの。痛みは結構消えてきたでしょ」
「ほんとだ……便利な固有魔法ですね」
「んーん、なんでもね、使い方次第だよ。なんならフィンくんの固有魔法の方が私の固有魔法の上位互換だろうし」
前々から思っていたことを告げれば、フィンくんは目を見開いて驚いていた。でも実際そうだと思うんだよね。先輩とマックスくんがあれこれ話しながらカルパッチョくんの治療を進めていく音を聞きつつ、また口を開く。
「フィンくんの固有魔法は物体同士を入れ替えられるでしょ。私の固有魔法だとそれは出来ないの。持ってるものを持ってるものに変換することしか出来ない。でもフィンくんの固有魔法は、持ってないものを持ってるものに変えられる。夢があるよね」
やろうと思えば傷の入れ替えだって出来るんじゃないだろうか。本当に夢がある固有魔法だよ。気が向いたらでいいからウチの病院にインターンとか来てくれないかなあ。私と父上の個人の研究に協力してくれるんでも全然いいんだけど……。
視線を下に落とし、ぱちくりと瞬きを繰り返しているフィンくんを見下ろす。こうして見下ろした時の顔立ちもよく似ている。やっぱり兄弟だなあ。
思わずふっと笑ってしまったからかフィンくんは一度顔を上げて私を見上げると、またすぐに俯いて「兄さまは」と小さく呟いた。
「何か言ってましたか。その、今日の試合のこととか……僕のこととか……」
「……試合の話はしたかな。一年生が沢山出ててすごいねって」
だけどフィンくんの名前は出なかった。私に言わせれば名前を出さないって言うのが逆に意識してるってことになるんだけどね。
「私さ、この前ちょっと妹と喧嘩みたいなことしてて、その時にマッシュくんとランスくんに『ちゃんと話した方がいい』って言われたの。後輩にそんな当たり前のことを教えてもらった私が言うことじゃないけど……フィンくんとレインくんも、ちゃんと話した方がいいね」
「……」
「人はいつか死ぬ。いつまでも一緒には生きていけない。話を出来るのは今日が最後かもしれない。声を聞けるのはこれが最後かも。……そう思うと怖いし悲しいけど、ちょっと勇気も出ない?」
「……ちょっとだけ」
「でしょ。それにフィンくんは誰より勇気のある優しい良い子だって私知ってるよ」
私が知ってるってことは、レインくんも知ってるってことだ。知らないのはね、フィンくん、君自身だけ。
「でもすぐに仲良くおしゃべりするのは難しいかもしれないから、今日は私がかわりに褒めてあげようね。……よく頑張ったね。かっこよかったよ」
そう言って軽く抱き締めると、フィンくんは固まったあとに恐る恐ると言った様子で白衣の裾を掴んできた。うふふ……やっぱり兄弟なんだよなあ。可愛い子め。