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ふうと一息ついて診察机に放置していたジュースを手に取る。ぬるーい。でも甘くておいしーい。
頭と魔力を使った分を糖分で補給していく。先輩も壁際の椅子に腰掛けながら酒を飲んでいた。この人はね、私が糖分補給するのと同じ感覚でアルコール補給するから。この人の動力源とかエネルギーとかは酒なのよ。
そのまましばらくの間お互い無言で栄養補給をしながら観戦していたのだが、壁に投影された映像を見て思わず「ふふっ」と声が出た。えー……ウケる……!
「見て先輩、マーガレット・マカロンが埋まってる! うふふ……あはははは!」
「まあ絵面はおもしれーな」
「だよね、ふふ……!」
地中に埋まるマーガレット・マカロンを指を指して笑っていると、映像越しに目が合って軽く睨まれた。ビクッと飛び跳ねながら笑いを引っ込める。今、絶対に目が合いましたよね? 笑ってたのバレてましたよね?
なんで分かったんだ、直接笑ってたわけじゃないのに……。
もしや監視カメラでも仕込まれているのではないかと不安になって辺りを見回していたのだが、そんな私を見て先輩はケラケラ笑いながらお酒を飲み続けていた。人が不安がってる様子を酒の肴にするのやめてほしい。
その後わざわざ立ち上がって部屋中を探したのだが、結局部屋には監視カメラが仕込まれた様子もなければそういった類の魔法が使用された痕跡もなかった。つまり「あれはマーガレット・マカロンの異常な勘だった」ということで結論付けるしかなくなってしまったのだ。どう考えてもそっちの方が怖いよ。
相変わらずケラケラと笑っている先輩をじとりと睨んでから、もののついでと一番奥のベッドをこっそり覗き込む。痛み止めが聞いてきたのか、カルパッチョくんはぐっすり眠り続けていた。さっき一度目を覚ました時は問題なく会話も出来たし受け答えに不自然な部分もなかったが、頭部の怪我だしこのあと念の為うちの病院に搬送する手筈になっているのだ。今は父上待ち。
院長である父上がわざわざ来る必要はないはずなのだが、「こういう時に優秀な学生を見極め、将来的に引き抜くのもまた私の仕事だ」と言って勝手に電話を切られた。要はあの人、自分も現地で観戦したかったってことだね。自分も出てた試合だから懐かしくて堪らないのだろう。思い返してみると去年も現地観戦したがってた。
すやすや眠っているカルパッチョくんの寝顔をしばらく眺めてからカーテンを閉める。この子以外はみんな傷を治して表に戻ってもらったから、今は暇だ。だからこうしてじっくり観戦できている。
「先輩はマーガレット・マカロンとマッシュくん、どっちが勝つと思う?」
「マッシュ一択。かなりの額賭けたからな。勝ってもらわなきゃ困るさ」
「ねー、後輩で賭けするのやめな? 去年も私たちで賭けしてたよね?」
「あたしたちは友達だろ? それに勝ちゃいいんだよ、勝ちゃ」
「カスの言動だあ」
それにその言い方だと私やレインくんで賭けをするのはギリギリセーフだとしても、マッシュくんで賭けをするのはアウトになるだろう。さすがにマッシュくんとは友達ではないよね?
わざと呆れたような顔で先輩を見つめてみたものの、先輩はどこ吹く風とばかりに笑うだけだった。もう、どうしようもない人なんだから。オーター様って結構特殊な女の趣味をして……あれ。
「鳴ってんぞー」
「うん……ライオ様からだ、どうしたんだろ……もしもし?」
ライオ様がわざわざこうして電話をかけてくるなんて珍しい。いつもはアポなしで突撃してくるか、対面してあれこれと言ってくる人なのに。
先輩に一言断ってから伝言ウサちゃんをローブのポケットから取り出して耳に当てる。すぐに電話は繋がり、これもまた珍しく慌てたような声で名前を呼ばれた。その合間にびゅうびゅうという風切り音も聞こえてくる。……もしかして箒の上から電話を掛けてきてる?
「はい、私です。どうかしました? 試験は今のところ順調ですけど……」
「話は後だ、イノセント・ゼロが動いた!」
「えっ」
予想だにしていなかった言葉に思わず間抜けな声をあげると、ちょうど新しい酒瓶を開けるところだった先輩がちらりと視線をこちらに寄越した。「変わるか」とばかりに視線だけで問われたが、それには首を横に振って答える。代わりに「イノセント・ゼロが動いたって」とライオ様の言葉をそっくりそのまま伝えた。先輩がすっと目を細める。
「今日このタイミングで動いたということは目的地はイーストンの可能性が高い。妹君は? そばに居るのか」
「え、あ、いません。あの、私すぐにあの子のそばに行きます」
「……いや、それよりもカルドとオーターとの合流を優先しよう。二人の所在は分かるか?」
「えーっと、ちょっと待って……先輩、神覚者様たちがどこにいらっしゃるか分かる?」
伝言ウサちゃんを耳に当てたまま先輩にそう声を掛けると、先輩は立ち上がりながら「分かるよ」と頷いた。さすが先輩。謎の情報収集能力がこんな時にも活かされる。
「っつーことはなんだ、イノセント・ゼロの目的はここか?」
「そうかもしれないって」
「分かった。ここからなら先輩よりカルドさんの方が近いから伝えてくる。お前はライオさんに指示仰いどいて」
「うん、お願い。……ライオ様、聞こえてらしたかもしれませんけど、先輩がまずカルド様の元へ向かいました。私はやっぱりあの子の所に行きた──あ」
来た。
──懐から杖を引き抜いて大鎌へと変えたその瞬間、世界が止まった。