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「──ああ⁉︎ えっ、なになになに⁉︎ 今の何⁉︎」
 なんか止まってたよね⁉︎ と大声で叫んだものの、応じてくれる声はゼロだった。そのかわりとばかりに、会場の方から大きな魔力を感じる。全くもってそうなった経緯が分からないが、いつの間にか戦闘が行われているのだ。マジで何!
 手に持っていた伝言ウサちゃんはとっくにライオ様との通話が切れており、何が起きたのかを確認することもできそうになかった。いや、掛け直せば良いだけのことなんだけど、そう悠長なことも言ってられなさそうってことね。この魔力、襲撃犯はまず間違いなくイノセント・ゼロとその一味。
 大鎌で床を叩き、未だ奥のベッドで寝ている様子のカルパッチョくんを中心に防御魔法を掛ける。後輩に何かあったら大変だからね。
 伝言ウサちゃんを仕舞いながら防御魔法も掛け終えたタイミングで、ふと選手入場通路を誰かが歩いてくるのが魔力で分かった。……この魔力、は。
 理解した瞬間に、力強く踏み込んで大鎌を横凪に振るう。カルパッチョくんには防御魔法を掛けたから油断も容赦も一切しなかった。がらがらと音を立てて崩れ落ちた壁の向こう側から「あらあら」と場違いなぐらいにおっとりした声が聞こえてきて、そのピンクの髪は砂埃に巻き上げられて膨らむ。十二年前に死んだはずの女性との数ヶ月ぶりの再会だ。
「この子ったら、お母様相手に相変わらず乱暴な歓迎の仕方をする子ね」
「歓迎をした覚えはない。それに前にも言ったけどお前は私の母親じゃないよ。私の母上はあの人一人だけだ」
「でもわたくしはあなたの大切な妹のお母様よ?」
「ガワだけね」
 再び振りかぶった大鎌でその胴を薙ぎ払おうとしたが、大きく飛び退くことで避けられてしまった。まあいい。そのまま大振りな攻撃を続け、選手入場通路を抜ける。カルパッチョくんが巻き込まれるのはダメだろうという常識的な判断だ。
 目の前の女はそれが分かっているのか、ニコニコとお手本のような笑みを浮かべながら「あそこに居たのはわたくしの娘?」と聞いてきた。首を両断とせんと振るった刃が、レイピアの細い剣先で簡単にいなされる。……この前よりも強度が上がってる?
「違う。後輩だよ。母親を名乗っておきながらそんなことも分からないんだ?」
「離れて暮らしていたもの、仕方ないわ。それともあの子と一緒に暮らさせてくれるの?」
「絶対にごめんだね。お前はあの子を愛してなんていないでしょ」
「まあ酷い。愛してるわよ。あの子たちはわたくしとあのお方との子どもだもの、愛していないはずがない」
「……それが本音ね」
 戦闘の余波で半壊していたとはいえ薄暗かった選手入場通路を抜けた先は、今までよりも更に天気が悪かった。というよりも空の色が悪い。今度は自分から踏み込んで喉を突き上げようとしてきた刃先を大鎌の刃で無理矢理逸らしながら、周囲を確認する。敵は多数で味方は少数。遥か上空でも戦いが行われているようで、片方の魔力は校長先生のもの。もう片方はイノセント・ゼロと見て間違いないだろう。観覧席の生徒たちは不自然に固まっている。そういう魔法か?
 攻撃をいなしながらもぐるりと辺りを見回していくと、ランスくんとドットくんと、それから妹が敵と交戦しているのが見えた。今のところ追い詰められてはいなさそうだ。あの子たちはそれぞれ見どころも実力もある子たちだから、しばらくは放っておいても……。
「……いっ!」
「余所見はやめてちょうだいな」
 言っていることのわりにはご機嫌な声を無視してぴりりとした痛みを感じた腕を見れば、レイピアで軽く刺されたのかじわじわと血が滲んでは滴り落ちていた。これぐらいなら魔法を使うほどの傷でもないか。
 そう思って視線を女へと戻そうとしたのだが、ふと違和感を覚えた。──軽い刺し傷でこんな痛み方をするか?
 もう一度傷を見ようと思ったものの、レイピアの連撃が始まってしまい視線を下に向けるわけにはいかなかくなった。大鎌を構え直して防御の隙に攻撃を繰り返しながら、なかなか引かないし、それどころか強くなる痛みと違和感に顔を顰める。なんだこれ。
 私がそう思ったちょうどその時、女はこれまでのお手本のような笑みを、口端を吊り上げた見るからに意地の悪いそれへと変えた。
「──毒よ」
「……毒?」
「そう。結構弱めのものなんだけど、その様子を見るに効いてるみたいね。大丈夫、死にはしないわ。──あなたの大切な母上の直接の死因も、毒ではなかったでしょう?」
「お前……!」
 カッと頭に血が上り怒りのままに大鎌を勢い良く振るった瞬間、喉が熱くなって口の中が血の味に染まった。思わず嘔吐く。ああクソ、本当に毒みたいだ。
「あら、思ったより効いてるわね。あの女よりも体が小さいからかしら……」
「……お前が母上を殺したの」
「いいえ? 私はね、あの場にいただけよ。まあちょっとチクッと刺して、腕は落としたけれど」
 口を開く度にぼたぼたと流れ落ちる血を拭いながら女を睨み付けると、女はからからと笑った。きっとこれがこの女の本当の笑い方だ。
「そうしているとあの女にそっくり! さすがは騎士様の娘ね。あなたの母上もね、毒に悶え苦しみながらもそうして私たちを睨んできたわ。利き腕をなくして剣も杖も振るえなくなったくせに最後まで意地汚く足掻いた低俗な女! 罪人の娘を守って死んだ愚かな騎士様!」
「……そしてお前は、そうやって見下して笑った母上が命をかけて守ったあの子にやられる、と。笑えるね」
 フッと笑ってそう言ってやれば、女はそれまでの楽しそうな表情を引っ込めると「は?」と怪訝そうに眉を寄せた。その頭上で音も気配もなく振りかぶられた剣先が真っ直ぐに振り下ろされる。
「──ッ⁉︎」
「お助けするのが遅くなり申し訳ございません、姉上」
「ううん、ちょうど良かったよ。ありがとう、助かった」
「有り難きお言葉です」
 飛び込んでくるなり女の腕を切り落とした妹は、そう言って私を庇うように剣を構えながら女を見下ろした。我が妹ながら惚れ惚れするぐらいに見事な剣さばきだ。さすが、毎日頑張って修行を続けてきただけのことはある。
 息をする度に痛む全身に顔を顰めつつ、額に浮かんだ汗を拭う。妹の前だからちょっとカッコつけてるけど、正直めちゃくちゃ痛いし気持ち悪いです。この場にいたのが先輩やレインくんだったらのたうち回ってたと思います。
 しかし、実際ここにいるのは妹なのだからどうしたってカッコつけたい。複雑な姉心よ。
「この女は?」
「あなたの産みのお母上……の、ご遺体を利用してる不審者。何を言われても気にしなくていいよ」
「あはは……酷い言われ様ね……ちゃんと心もあなたたちのお母様のつもりなんだけど」
「黙ってろ。この女、ここで殺しますか……姉上?」
「うん? ああ……ごめん、ちょっと……うん、平気だよ。殺しはしないで、捕まえよう。何か聞き出せるかも……」
 思っていたより毒の回りが早いようで立っているのも辛くなってきた。先輩いないかな。先輩にカルパッチョくんに掛けてきた魔法を肩代わりしてもらえれば、固有魔法で毒を何かに変えて解毒できる気がする。
 さっきまでに何人かの怪我を治したこともあって、魔力はそれなりに減っている。この状態であの防御魔法を維持しながら全身に回った毒を何かに変えるのは不可能と言ってもいい。
 立ちくらみが酷く、大鎌を支えにするようにして地面について軽く俯くと女と目が合った。腕を切り落とされて倒れ伏しているわりにはニヤニヤと薄気味悪く愉快そうに笑っていて気味が悪い。なんだコイツ……。
「そうやって苦しんでると余計に騎士様に似てるわね。はは……」
「うるさい女だな……」
「そう! それよ! その顔! 騎士様もそうやって私を睨んだわ!」
「ちょっと私もうこの女のこと見るのもやめるから、こう、もうちょっとこっち側に立って視線遮って」
 妹の服の裾を掴んで引っ張り、私と女との間に立ってもらう。それでもけたたましい悪い声が頭に響き、余計に気持ち悪くなってきた。
 本当になんなんだコイツは。母上はみんなに好かれる人気者だったけど、こんな気持ち悪い女にまで好かれてたんだ。母上、お可哀想に……。
 女は仮にも妹の母親を名乗っておきながら、娘の「キッショ……」というあからさまにドン引きした声を無視して笑い続けている。本当に気色悪いよ。
 しかしいくらそう思いはしても、もう喋ることすら億劫だった。地面に膝をついて座り込み、荒い呼吸を繰り返す。これ以上余計な魔力を消費しないようにと大鎌を杖に戻したが、指先が震えてまともに杖を握ることも出来なかった。死を感じます。
「あは、あはは……そうなったらもう死を待つだけよ……いたっ」
「うるさいぞ貴様! 黙っていろと何度言わせるつもりだ! 姉上、大丈夫ですか? どうぞ私に寄りかかって」
「うう……ごめん……あのさ、もし私が死んだらミニブタのお世話よろしくね……」
「そんな縁起でもないこと仰らないで。姉上は、私が姉上に仇なす存在を全て滅した世界で幸せに生きていくんです」
「いやそれ初めて聞いたんだけど….…あとね、レインくんにも」
「は?」
「……レインくんにも、大好きだよって伝え」
「は?」
「ああうん分かった、分かりました。くっそー……死ねないよこれじゃ……」
 この子はこの子で頑固すぎる。そろそろちょっとはレインくんのこと認めてくれても良くない? なんでそこまで嫌がるかな。優しくて強くてかっこよくてすごく良い人じゃん。私はレインくんのこと大好きなのに。姉妹で男の趣味は似ないってこと?
 まあ似てるよりかは似てない方が良いかもしれないけど……と妹の腕の中でぼんやり考えていると、倒れ伏していた女がよろよろと立ち上がった。
「時間みたい。私は……わたくしは帰るわ。次に会う時はお別れの時ね……と言ってもその様子じゃ今にも死にそうだけど」
「それはこっちのセリフ……お前こそ今にも死にそうな顔色でよく言うね。次に会う時は確実に殺すよ」
「あらら、怖いことを言う子ですこと。……お母様はいつでもあなたたちのことを思ってるわ。じゃあね」
 最後までウザくて気色悪い女だな……。
 腕の傷口を押さえながらよたよたと歩いて、空間の切れ目のような謎の場所に引っ込んで行った女の背中を睨み付ける。妹は追撃を仕掛けるかどうか迷っていたようだが、私を見てやめたようだった。それでいい。この子は強いけれど、さっきの一撃が決まったのは相手が背を向けていたから。次は防がれていただろう。
 私がまともに動けたならまだしも、この状態で深追いするのは危険だ。私を庇って余計な怪我をしかねない。
 毒がとうとう全身に回ってきたのか血を失いすぎたのか、それともその両方か、重くなってきた瞼を上げるのに一苦労していると、妹が「あっ」と声を上げて私を抱きかかえたまま立ち上がった。
「一旦この場を離れましょう、姉上。亡者がなんかこう、ぎゅっとなって巨大化しました」
「亡者がぎゅっとなって巨大化……⁉︎」
 なんなのそれは、一大事じゃないの。
 慌てて目を開いて軽く体を起こしたのだが、突然あらぬ方向から飛んできた瓦礫が頭にクリーンヒットして私は意識を失ったのだった。そんなのってあり?

ふたつおりのひとひら