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「なっつだ、うっみだ、ばっかんすだ〜」
「ンだその変な歌」
「私作、海の歌」
「あーあー、楽しそうでなにより」
「うん、超楽しい! あれ、痴女は?」
「日焼け止め塗り忘れたからってそこの日陰に行った」
「ほーん」
聞いておいて興味のなさそうな返事をする私を笑った先輩は、麦わら帽子に手を掛けながら空を仰ぎ見た。私も続いて空を見つめながら、パーカーのジッパーを下ろす。あつーい。
校長先生の誘いに乗って海に遊びに来たわけだが、少し時期から外れているからかあまり人もいなくて快適だった。振り返っていえーいとピースをすると、木陰で日焼け止めを塗りたくっていた痴女からもピースが飛んでくる。海、たのしー。
一応「校長先生と海に行ってきます」と神覚者様たちにご報告はしたのだが、皆様に……というよりも主にオーター様に「毒盛られた後にお前はアホか?」という感じでボロクソに貶され、泣いていた私に救いの手を差し伸べてくれたのが先輩だ。おかげで私も校長先生もこうして砂浜を踏み締めることができ、更にはお見舞いに来たはずがお見舞い品のクッキーを貪りながら「なに? 海行くの? 私も行こっかな。良い男いたらナンパするわ」と言い放った痴女も海にいる。ナンパは失敗するといいなって思ってます。楽しい海に不埒な感情を持ち込むな。
手でぱたぱたと自分を仰いでいると、私を見下ろした先輩が笑いながら麦わら帽子を被せてきた。
「わっ」
「あたしはいいや。お前が被っとけよ」
「いやいや悪いよ、だってこれ」
「おい! 日焼け止め塗り終わったかー? もうそろそろ行くぞ。炎天下に爺さん放置もなんだしな」
オーター様の、と続けようとしたのに、先輩の大声に遮られてしまった。分かりやすい人だなあ。その反応がもう、「この麦わら帽子はオーター様から貰いました」って言ってるようなものじゃん。
敢えて私を無視してくる先輩をじとりと見つめていたのだが、駆け寄ってきた痴女の「いいわね、その帽子」という一言で意識をそちらに向けざるを得なくなった。
「先輩に借りた。で、先輩はオーター様に貰ったんだって」
「へえ、そうなの? あの人、あれで意外と恋人には独占欲を見せるのね」
「意外かなあ? 見るからに独占欲強そうな顔してない?」
「分からなくもないわ。ああいう冷酷気取ってる男の方が女に甘いのよねえ」
「そうそう」
「適当言うなよー、ガキ共。ほら、早く行くぞ」
「はあい」
若干顔を引き攣らせた先輩は私たちを置いてさっさと歩き出してしまった。慌ててその後を追いながら、痴女と顔を見合せて肩を竦める。分かりにくく見えてわかりやすい人だ。
しばらく歩いていると、ビーチチェアに寝そべって本場のココナッツジュースを飲んでいる校長先生が目に入った。私たちが歩いてきたことに気付いてココナッツジュースごと手をあげた校長先生に手を振り返し、「お待たせー!」と駆け寄る。この中で校長先生にタメ口聞けるの私ぐらいだからね。他はみんな一応敬語使ってる。
「ジュース美味しそー! どこで買ったの?」
「落ちてたやつ拾ってきた」
「そっかあ! せんぱーい、あそこでソーダ買ってソーダ!」
「はいよ。お前も飲むか?」
「えー、私はソーダよりもアレがいいわ、アレ。かき氷」
「はいはい。じゃあ買ってくっから」
さすが先輩、懐が深い。やれやれといった顔をしながらも海の家の方に向かっていく先輩の背中を「味はブルーハワイでよろしく」「私はイチゴがいい!」と言いながら追いかける。美味しそうではあったけど、ココナッツを拾うのはひとまず無しの方向で。
そんなことを考えつつ痴女ときゃっきゃと騒いでいたのだが、ふと背後から「うわあああ」という絶叫が聞こえてきた。びっくりして慌てて振り返ると、赤い髪の男の子が砂浜に膝と手をついて叫んでいるようだった。
「爺が三人も美女連れてやがる! 世の中不平等すぎんだろ!」
「このうるさいガキは誰?」
「うーん、ドットくんかな。妹のお友達」
「へえ。イーストンって変なやつしかいないのね」
自分の痴女っぷりを棚に上げてそう言い放った痴女は、肩に掛かった髪を手で払うと「まあ私の美しさに気付くその審美眼だけは褒めてあげるわ」と嬉しそうに言った。ちょろいんだよなあ。
私たちの騒ぎには興味がないのかさっさと歩いていってしまった先輩の方を見ると、海の家のそばでレモンちゃんとマッシュくんと何かを話しているようだった。なるほど、一年生の子たちはみんなで来てるんだ。ということは……。
「姉上! ぐ、偶然ですね!」
「ねー、ほんと偶然。みんなで来たの? フィンくんとランスくんもいるのかな?」
「べ、別に姉上に会いたくてわざわざここに来たわけじゃありませんから! 最近姉上が入院してて会えなくて寂しかったとかじゃありませんからね!」
「うんうん、姉上も会いたかったよ」
駆け寄ってきた妹の頭を撫でてあげる。今のはつまり「姉上に会えなくて寂しかったのでここまで会いに来ました」という意味。そのために水着まで新調するなんてさすが私の妹だ。変なところで行動力がある。
私も今回海に行くことが決まった何十分か後にはカタログ数冊を取り寄せてレインくんに病室まで来てもらい、水着も一緒に選んだからね。見てほら、可愛いでしょ。レインくんが私の希望も考慮して選んでくれた、白くてひらひらしてて素敵な水着。上に羽織ってるパーカーもレインくんが貸してくれたんだよ。
そんな私の水着を「可愛らしい水着ですね。姉上によくお似合いですね」と褒めてくれた後、妹は頭を撫でられて満足気にしながら「フィンとシスコンもいますよ。あっちの方」と海の家があるのとは反対側を指差した。そちらを見ると確かに二人が何事かを話しながらこちらに歩いてくるところだった。目が合った気がしたので手を振る。
「二人とも久しぶりー」
「お久しぶりです……!」
「体調はもう大丈夫なのか」
「うん。たいした怪我じゃなかったしね。毒も父上がさっさと解毒してくれたから後遺症も残ってないし、あんな風に軟禁されて逆に暇なぐらい」
ねー、暇だよねーと校長先生に声を掛ければ「ひまひま」と軽い言葉が返ってきた。ほら、暇だって。
若干引いた様子で「校長先生と一緒に入院してるんですか?」と聞いてきたフィンくんに「うん」と頷けば、妹は私の首に腕を回すようにして抱き締めてきながら低く舌打ちをした。
「ロリコンは世のゴミですよ」
「いやいや、そういうんじゃないから。それに校長先生は一応既婚者ですからね」
「それとこれとは別の問題です。姉上、やはり学校に戻ってこられませんか? 姉上がいないと寂し……いえ、このシスコンが姉上の不在を寂しがっています」
「は? 勝手なことを言うな。いつ誰が寂しがったって?」
「明らかに寂しがっているだろう。貴様、年上に対しての礼儀を弁えていないからな。お優しい姉上以外の誰が貴様の修行に付き合ってくれるというんだ?」
「その言葉、そっくりそのままお返しする。お前こそ誰彼構わず噛み付きやがって……空気も読めねえ馬鹿が。お前がその調子だとうちの寮の品格自体が疑われるんだ。二度と喋るな」
「空気が読めていないのは貴様の方だろう。あれこれとでしゃばりやがって、このシスコンが! 貴様なんぞ妹が連れてきた男に『お兄さんそのピアス変っすね』などと笑われてしまえ!」
「アンナがそんなチャラい男を連れてくるわけがないだろ。お前の方こそレイン・エイムズが挨拶に来た時に泣き喚いて結婚を阻止する練習でもしたらどうだ」
「アァ⁉︎ ぶん殴るぞ貴様!」
「やれるものならやってみろ」
「ねえ喧嘩やめて? 海だよ? 海に来てまでなんでそんな喧嘩するの?」
取っ組み合って殴り合いの喧嘩にもつれ込んだ妹とランスくんにそう声を掛けていると、隣でフィンくんが「あ、ああ……」と絶望的な呻き声を漏らしながらパーカーの袖を引いてきた。うん? どうかしたのかな? その視線を追う。
「座り心地が悪いわね……これじゃ椅子失格よ」
「サーセン!」
「それにうるさい。良い? 椅子は喋らないの。大人しくしてなさい」
「うっす!」
「うるさいって言ったでしょ」
「私の後輩を椅子にするのやめて⁉︎」
フィンくんの視線の先には砂浜に四つん這いになったドットくんと、そんなドットくんの背中に腰掛けて悠々と足を組む痴女がいた。何やってるんだよ。
終わり。もう終わりだ。ランスくんと妹は未だに殴り合っているし、ドットくんと痴女は女王様と下僕ごっこをやっているようにしか見えないし、フィンくんは怯えきった子犬のようにぷるぷる震えている。私はこのカオスに頭が痛くなってきた。誰か助けて。
その願いが通じたのか、「あ? ンだコレ。なにやってんのこいつら」と声が聞こえた。先輩たちが帰ってきてくれたのだ。えーんと泣き真似をしながら「せんぱあい」と情けない声を上げる。
「みんなが変なことばっかりするよお」
「見てえだな。こうしてるとお前が常識人に見えるから笑えるわ。おら、ソーダ。あとレモンがお前に話したいことがあるってよ」
「わーい、ソーダだ! しゅわしゅわ美味しー! あ、レモンちゃん、話って?」
「一度お義姉様のご実家に弟さんとの結婚のご挨拶に伺いたくて……」
「お義姉様⁉︎ 結婚⁉︎」
ど、どういうこと⁉︎
混乱してソーダを吹き出してしまった。フィンくんが慌てたように背中をさすってくれるが、炭酸が変なところに入ったせいで咳が止まらないしぽろぽろ涙が出てくる。ひいひい言いながらなんとか呼吸を整えていると、ふと視界にハンカチが差し出された。この筋張った手……マッシュくんだ。
「ありがとマッシュくん……それであのレモンちゃん、結婚とは……?」
レモンちゃんはマッシュくんのことが好きなんだよね? その……ドミナのことが好きなわけじゃないんだよね……? これまでに私を姉上と呼んでくれた男の子はあの子だけなので、私をお義姉様と呼んでくれる子がこの先現れるとしたらそれはあの子のお嫁さんということになる。
まだ姉弟の仲も深められていないのに、まさかの義妹。衝撃の事実にかなり怯えながら質問すると、レモンちゃんは照れながらも隣に並んだマッシュくんを手で指し示した。……え?
「妹さんとマッシュくんは腹違いのきょうだいなのだと聞きました。つまり先輩はマッシュくんのお姉さんで、私のお義姉様ということですよね!」
「……えっ? あの子の腹違いのきょうだい……?」
聞いてませんけど……? と少し離れた位置に移動してパラソルの下で酒を飲んでいる先輩とその隣でココナッツジュースを飲んでいる校長先生を見れば、先輩は「あー……らしいぜ」と曖昧に笑い、校長先生は「言ってなかったっけ?」と首を傾げた。聞いてませんけど!
更に痛くなってきた頭を抑えながら「ちょっと待って」と手を広げる。マッシュくんが「大丈夫ですか、ああああ、あね、あ、姉上」と壊れたスピーカーみたいなどもり方をしながら心配してくれたけど、うん。私は「待って」って言ってるよね⁉︎