06
校庭の片隅で、毎月恒例になっている妹からの手紙を読み返してニヤニヤしていた私と、そんな私の隣で魔法薬学の期末課題の最終チェックをするレインくん。期末試験も神覚者選抜試験も無事に終えた放課後、用事を済ませて十数分後に合流する予定のマックスくんを待ちながら、和やかな時間を過ごす二人。そんな二人の背後に歩み寄る一つの影──。
その誰かの気配に気付きバッと勢い良く振り返ったレインくんに肩を押され、私はべしゃっと地面に突っ込んだ。それも顔から。
「ぶっ」
「誰だ」
「──反射速度が上がってきたの、レイン」
「……チッ。気配を消して近付いて来るな、ジジイ」
「れっ、れい、レインくんっ、顔めり込んでるっ、口に土入ってるっ!」
肩どころか頭を押さえ付けてくる手をバシバシ叩いて抗議の意を示せば、レインくんはようやく手を離してくれた。地面に手をついてよたよたと起き上がる。
私たちの背後からひっそりこっそり近付いてきていたのは校長先生だったようで、のほほんと笑いながら手を上げて挨拶をされた。私もぺこりと頭を下げて挨拶をし、そのまま隣に立つレインくんの腕を掴んで右に左にと揺さぶる。
「あーん、窒息するかと思ったよお。口の中が土の味だよお」
ぺっぺっと口の中の土を吐き出していると、ガッと頬を掴まれて無理矢理レインくんの方を向かせられた。目を白黒させているうちに苦い顔をしたレインくんによって杖を開けっ放しの口に向けられる。
「にゃに? にゃんでふか?」
「黙ってろ」
「にゃーん」
口に半分突っ込まれた杖先がボワッと光り、ついでに私の口も光る。これじゃ炎を吐き出す三秒前のドラゴンみたいになっちゃうよお。
もしかして揺さぶったから怒ったの? いつもはそれぐらい許してくれてるじゃん! ただのじゃれあいじゃんか! 私たちの仲なのに……。
怒ったレインくんにドラゴンにされちゃうよおとしくしく泣いていれば、数秒と経たずに光は消え、頬を掴んでいた手も口の中に突っ込まれていた杖も離れていった。わーい、ドラゴンにならずに……うん?
「く、口の中がメープルシロップの味になった! いや、これは……パンケーキ!」
「この前バクバク食ってたろ」
「ありがとレインくん! 私パンケーキ大好き! 校長先生聞いてー、レインくんが口の中パンケーキにしてくれた!」
「よかったのお」
「うん! よかった!」
嬉しくなってレインくんの腕に抱き着いて校長先生に自慢すれば、校長先生はにこにこしながら頷いてくれた。レインくんは呆れてはいるようだけど、抱き着いてしまえばこっちのものだ。滅多に振りほどかれることはない。
それにしてもパンケーキの味をこんなに完璧に再現出来るなんてすごいな。レインくんの言う『この前』って私の夜食をちょっと分けてあげた時のことだと思うんだけど、あの一口か二口をここまで覚えてられるなんて、流石レインくん。私なんて最初思い出せなかったぐらいなのに。
そもそもこんな魔法あるんだ、と変な方向に感心していると、横から手が伸びてきて口の中に棒付きキャンディを突っ込まれた。む。これもパンケーキ味!
「おいちい」
「しばらくそれ舐めとけ」
「あい」
ちゃむちゃむと飴を口の中で転がしている間に、レインくんは校長先生と話し始めた。校長先生はレインくんに頼みごとがあったらしい。ならわざわざ気配を消して近寄ってこなくてもいいのに。というか、それって私が聞いてもいいのかな? ダメだったらダメって言われるか。
レインくんの肩に頭を預けながら飴を舐め、二人の話を静かに聞く。ふむふむ、「次回の長期休暇、魔法局インターンの際に頼みたいことがあっての」だって。ふーん。
魔法局インターン、私も去年の夏冬はレインくんとだったり酒カス先輩とだったり、何度か行ってみたけど結構大変だった。あれに加えて校長先生の頼みごともとなれば、激務だろうな。夏休み、会いたいって言わない方がレインくんのためになるのかなあ。
でも会えないの寂しい……と思わず顔を顰めると、校長先生は私をちらりと見てにっこり笑った。うん?
「……頼まれてやってもいいが、先に『頼みたいこと』の内容を聞かせろ」
「うむ。大陸の南西で暮らしている知人からとある花を受け取ってきて欲しいんじゃ。ゲッカ草という名前でな」
「ゲッカ草⁉︎」
他人事だと思って聞いていた話の中に聞き逃せない名前が出てきた。思わず飴を噛み砕き、レインくんの腕に抱き着いたまま校長先生に詰め寄る。ついでに引っ張られたレインくんが「おい」と言ったが、今はそんなこと気にしてられなかった。
「ゲッカ草って言いました⁉︎」
「やはり知っておるか」
「もちろん! ババ上……ではなく、ひいおばあ様から一度聞いたことがあります……!」
長い髭を撫で、うっすらと目を細める校長先生から目を逸らし、恐らく話についてこれていないであろうレインくんに「あのね」と声を掛ける。
「ゲッカ草っていうのは、百年に一度、八月のたった一週間の夜にだけ咲くって言われてる花なの。ありとあらゆる病を治す力を持つとも言われていて、初代神覚者アダム・ジョブズがゲッカ草から作った魔法薬は不治の病に犯された人をも救ったとか……!」
「その通りじゃ。実はここに先生がその時に作ったレシピも残って」
「はいはいはい! 校長先生、私も! 私もゲッカ草取りに行きます! ですので何卒! 何卒、ゲッカ草を用いた魔法薬の生成に携わらせていただけませんでしょうか⁉︎」
ここを逃せば次のチャンスは百年後。それまで生きていられる確率は五分五分で、生きていたとしてもゲッカ草を取りに行ける可能性は決して高くないだろう。
あのゲッカ草だ。アダム・ジョブズの残したレシピというのもとても気になるし、薬効を論文にまとめ『ありとあらゆる病を治す力を持つ』というのが本当かどうかを証明すれば、学会に一石を投じられる。それどころか薬学の歴史を大きく前進することに繋がる可能性も……!
「では二人にお願いしよう。多少の危険も伴うが良いな?」
「ぜんっぜん大丈夫です! マーガレット・マカロンよりも危険なもの、この世にないです!」
「おい、勝手に了承するな」
「大丈夫だよレインくん! 私たちが揃えばマーガレット・マカロンも敵じゃないよ! それにね、これで夏休みも会えるんだよ!」
グッと拳を握って高らかにそう宣言すれば、レインくんはめちゃくちゃ嫌そうな顔をしながらも「オレ一人でもどうにか出来る」とマーガレット・マカロンにささやかな敵意を燃やしていた。さすがレインくんだ。私はね、一年の時にマーガレット・マカロンに半殺しにされてるからね……。今年の神覚者候補選抜試験にいなくて助かった。今年も正直勝てる気しなかったし。
私たちが各々マーガレット・マカロンに思いを馳せている間に、校長先生は「では詳細は改めて知らせる」と言って歩き去っていった。そして私たちは、マックスくんが来るまでの短い時間をマーガレット・マカロンの攻略方法を話して過ごしたのだった──。