38
高いところに昇った太陽がきらきら光って眩しい。先輩に借りた麦わら帽子がなければ熱中症になっていたかもしれないと思うほどの日差しだ。
そんな日差しの中、私はビーチに正座し、仁王立ちで腕を組む妹を見上げている。隣ではドットくんを椅子にした痴女が私の分までかき氷を食べており、更に遠くでは校長先生が先輩とランスくんを相手に魔法禁止ジェンガをしていた。人のかき氷取るな。そして海に来てまでジェンガをするな。
一瞬他所を向きかけた思考が、妹の「まず第一に」という声で引き戻される。いけない、ちゃんと集中して聞かなきゃ。
「マッシュと私の遺伝子上の父親が一致しています」
「はい」
「つまり私とマッシュは姉弟です」
「はい……」
「ということは、私の姉であるあなたはマッシュの姉でもあります」
「……?」
「……理解してませんね?」
「いや、してるよ。理解してはいる。頭ではね。心がこう、追い付いて来ないと言うか」
そう言い訳をしながら波打ち際へと視線を向ければ、そこではマッシュくんとレモンちゃんとフィンくんが砂の城を作っていた。今どき上級貴族でも暮らしていないような見事な城である。城壁まで作り込む徹底っぷりは流石としか言いようがない。真剣な横顔からは一種のプロ意識のようなものまで窺える。
この子が私の弟かあ。
「あっ波が……シュークリーム城が流されていく……」
……この子が私の弟かあ。
突如押し寄せた大波によって砂の城は呆気なく流され、マッシュくんは膝を着いて海へと手を伸ばしていた。その背中をフィンくんが支え、隣ではレモンちゃんがよよよと泣き崩れる。うんうん、良いお友達を持っていることは確かみたいだね。
私の視線を追って波打ち際へと顔を向けた妹は、眩しそうに目を細めながら「私もまだ実感はないです」と呟いた。視線を妹へと戻す。
「でも、もう一人きょうだいがいたというのは……嬉しいと、思います」
「……そっか」
この子は火事の中を母に救われて我が家に引き取られるまでの記憶をなくしている。当時のことを夢に見ることも、ふとデジャブを感じることもないのだと言う。だから産みのお母上と暮らしていた頃の記憶もなければ、血の繋がった家族というものも妹は知らない。それは私と父上では絶対に教えてあげることの出来ないものだった。
でもここに来て血の繋がった実の弟が現れた。そう知った時、この子はどう思ったんだろうか。言葉の通りに嬉しかったのか、複雑な気持ちも抱いたのか。マッシュくんたちを眺める眩しそうな横顔からは、妹の気持ちの全てを正確に読み取ることは出来ない。
だけど、思うのだ。この子の感じた「嬉しい」は間違ってなんていない。そして私は、この子が「嬉しい」と思ってくれることが嬉しい。この子が大切だと思えるものが増えていくことを、何より嬉しく思う。
「……私も、まだ気持ちは追い付かないけど、弟が増えて嬉」
「でもアンタ既に弟がいるわよね? あの黒髪のガキは二人目の弟ってこと?」
出たよ、空気読まない馬鹿。
こちらをゆっくりと見下ろして「もう一人……弟……?」と呟いた妹から敢えて目を逸らし、ドットくんを椅子にしたままの痴女を睨む。
「あのさあ! 今なんか良い感じだったじゃん! なんで口挟むかな⁉︎」
「仕方ないでしょ、会話は丸聞こえだったのよ。それに私、気になったことは放置しないタイプなのよね」
そう言ってやけに鼻につく仕草で肩に掛かった髪を振り払った痴女は、椅子になっているドットくんに「このソーダ温くなったからあげるわ」とソーダを下賜しながらニヤリと笑った。「のののの飲みかけを⁉︎」と感涙しているドットくんを笑っているのだ。なんて性悪な女だろうか。ドットくん、逃げた方がいいよ。
しばらく痴女と睨み合っていたのだが、妹の混乱が頂点に達したようだったので慌ててそちらのフォローに入った。
「ほら、さっき言ってたじゃん。マッシュくんはイノセント・ゼロの作った六兄弟の末っ子なんでしょ? その五番目の子ね。その子が、多分あなたの双子の兄弟なの」
「……ということは、兄の可能性もあるんですか?」
「あるんじゃないかな? ごめんね、前に会った時はそこまで聞かなかった」
というか一言も会話しなかった。普通に殺されかけて終わり。「姉上」とは呼ばれたから、私の弟……つまりこの子の双子の兄か弟であることは確定だと思うけど、どちらかまではさっぱりだ。だってどっちだったとしても私の弟であることに変わりはないからね。
気になるなら聞いておけば良かったねと言えば、妹はふくれっ面になって首を横に振った。
「兄はいりません」
「いらない……?」
「不要だと言っているんです。私には姉上だけでいいです。姉上以外の誰かの妹になるなんて、おぞましい……」
「そこまで言う? 四人は確定でお兄ちゃんがいるんだよ」
「言います。だって連中はただの遺伝子上の父親が一致しているだけの存在でしょう? そんなの兄じゃないですよ」
「さっきと言ってることが全然違うな……」
妹の中では、弟はセーフで兄はアウトらしい。難しすぎる。何が違うのか私にはさっぱりだ。妹心ってやつ? 私は妹じゃないから分からないんだろうか。
不満げにしている妹の真意が分からずに困ってしまい、仕方なくフィンくんを呼んだ。この子も弟。何か分からないだろうか。気になったのかフィンくんに着いてきたマッシュくんとレモンちゃんも混ざって話し合いが開始される。
「だからね、弟であるフィンくんならこのこの気持ちが分かるかなって。分かる?」
「いえ全く」
「全くかあ……」
「ドットくんもお姉さんいるって言ってたよね。分かる?」
「え? 知らん」
「知らんかあ……」
ダメそう。マッシュくんは言わずもがな、突然姉二人が生えてきたことにまだ頭が追いついていないようでぽかんとしている。っていうか気絶してるわコレ。砂浜で立ったまま気絶するなんて、私の弟その二は器用な子だなあ。
それにしても、海に来て二人目の弟の存在を知らされるなんて、今日はなんで日なんだろう。ただ遊びに来ただけだったからなんの心づもりもしていなかった。理解はしても納得にはまだ時間が掛かりそうだ。
「うーん……持ち帰って検討します。兄軍団に相談してみるね」
「兄軍団?」
「レインくんとー、オーター様とー」
「いや全部神覚者ァ!」
「あとは……ロヴィくんにも聞こっかな」
「誰⁉︎」
「うちの病院にたまに検査に来る子。弟くんをしばいたことがきっかけで仲良しになったの」
「怖い! きっかけがもう怖い!」
フィンくんは元気だなあ。リアクションが大きいから話してて楽しい。
自分の体を抱き締めて百点満点のリアクションをしてくれるフィンくんをニコニコ見つめていると、痴女が「ああ、あのガキね」と呟いた。そうそう。痴女が目を付けてるガキだよ。ガキって言ってもひとつしか変わらないけどね。
昨年度の神覚者選抜最終試験後に入院していた私のお見舞いに来てくれた痴女は、その時にロヴィくんとも会っているのだ。とはいえ、あの時は弟の生意気ロン毛が痴女から兄を守らんとばかりに威嚇してきて満足に近付けていなかった記憶がある。だけどしっかり目を付けてるんだから生意気ロン毛からしたら怖いよねえ。
とにかく、兄軍団に話を聞いてよく考えよう。弟……弟かあ……。今気付いたけど、私の妹も弟たちもみんな同い年だ。すごい偶然。