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「それでねそれでね」
 おばけマフィンがてんこ盛りになったお皿に手を伸ばして何個目かのマフィンを手繰り寄せながら、隣に座るレインくんにご機嫌に擦り寄る。レインくんは私を突き飛ばしたり迷惑そうにしたりすることはなく、普通の顔と声で「逃げないから落ち着いて食べろ」と言った。やったー! 逃げないって!
 ここはアドラ寮の秘密の部屋こと監督生の執務室。レインくんはたまにこの執務室で監督生の仕事をこなしていて、私たちもその手伝いをしたり、自由に遊んで騒げる部屋としてレインくんの不在時にも入り浸っていたりする。
 だけど今日は私とレインくんの二人きりだ。決まった曜日は定められていないけど、週に一度必ずこうして二人で色んな書類や仕事を片付けてゆっくり話をする時間を取っている。言っちゃえば仕事という名のデートね。うふふ。
 今日はようやく退院を許された私と、連日の魔法局でのお勤めを終えて久々に学校へ帰ってきたというレインくんの久々のデート。浮かれて沢山おばけマフィンを作ってきた。
 レインくんは優しい人なので、連日の激務で疲れているだろうにこうして私との時間もきっちり確保してくれる。しかも私が「疲れてるでしょ? 無理して会いに来なくてもいいよ」と言うと、「お前はそんな心配しなくていい」と頭を撫でてくれるんですよ。本当に優しいよねえ。
 そして私ってばすごく大事にしてもらってる。うーん、レインくんのこと、毎秒好きになっちゃう。
 だけどやっぱり心配なのは事実で、無理をするぐらいなら会いに来てくれなくてもいいと思うし、私との時間をとってくれなくてもいいとも思う。私はレインくんのことが大好きで、レインくんとできるだけ一緒にいたい。でもそれは、レインくんに無理をさせたいということではないのだ。なんなら私が魔法局まで会いに行くしさ。
 でも、聞いた話では神覚者様たちの労働環境は今年度に入ってから少しずつ改善されてきているらしい。この前ソフィナ様とお茶をした時に色々と教えてくれた。
 ソフィナ様曰く、私が四月ぐらいにオーター様に「レインくんに会いたいよー」と泣き付いたのが効いているんだとか。ソフィナ様は「彼はあなたに甘いですからね」と言っていたけど、どうだかなー。業務の効率化のためとかなんとか、そういう理由な気がする。メガネを押し上げながらそう言ってるオーター様が目に浮かぶでしょ。
 ともかく、その少しずつ改善されてきているらしい労働環境で、それでもレインくんの仕事は決して少なくない。週の半分ほど学校を留守にして魔法局で仕事をして、帰ってきても出席できなかった授業の補填として課題が沢山待っている。学生の身には余る忙しさだ。変わってあげたい。いや、神覚者ではない私には肩代わりなんて出来ないことばかりだとは分かっているんですけれども。それでも、ね。
「私に出来ることならなんでもするから、なんでも言ってね」
「突然なんだ」
「心配なの。レインくん、すぐ無茶するもん。それに疲れたって言ってくれない」
 過労で倒れてようやくボロボロになっていたことを知るなんて、そんなのは嫌だ。今はまだそんな事態には至ってないけど、多忙な神覚者様が過労で倒れられることはままあること。レインくんがその一人にならないとは言いきれない。
 あのカルド様だって倒れたことがあるんだよ? それでうちの病院に搬送されてきて……もしそれがレインくんだったら私は泣かない自信がない。きっと泣き喚いてみんなに迷惑をかけることだろう。
 レインくんの腕に自分の腕を回し、ぴとりとその肩に顎を乗せる。手に持っていたおばけマフィンを口へ運べば、レインくんは大人しく口を開いて大きくマフィンを齧った。一口が大きい。
「私は頑張るレインくんを応援したいけど、あんまり頑張りすぎなくてもいいんだよ。疲れたらちゃんとお休みをとること。ご飯を食べて、暖かくして寝て、それでたまには私に会いに来ること!」
 ぎゅっと腕にしがみついてそう言えば、レインくんはすぐに呆れたような顔になって「お前は気にしすぎだ」と言った。そんなことないでーす。レインくんが無理しがちなのは事実でーす!
 もう二年半も一緒にいるんだから、誤魔化せると思わないで欲しい。手を伸ばしてレインくんの目の下をなぞる。
「隈ある。また寝る時間削ってお仕事してたんでしょ? そういうとこだよ」
「……徹夜はしてねえ」
「一時間とか二時間とかの睡眠じゃ意味ないの! 明日は魔法局行かなくていいって言ってたよね。なら今日私の部屋に泊まりに来て。先輩もいないし、今晩は私が寝かし付けてあげます」
 書類は持ってきちゃダメだよ、と付け足して、なかなか返事をしてくれないレインくんを軽く睨む。「返事!」と小突いてようやく頷いてくれた。でも嫌々だ。なんだかなあ。
 仕事が忙しいし、やらなければならないことが沢山あって大変なのは分かる。でもレインくんは血の通った人間なんだから、適度な休息は絶対に必要だ。休まなきゃいつか限界が来る。限界が来てからじゃ遅い。
 私から目を逸らして前を見ながらマフィンをもぐもぐ食べているレインくんを見上げながらムスッとしていると、ため息をつきながらこちらを見下ろしたレインくんの手で顎を鷲掴まれ、マフィンの欠片が口の中に放り込まれた。むむっ。
「こんなことじゃ私の機嫌は直ら、なっ」
「……これでも直らないか」
「……もう、レインくんのばか。ちゅーのひとつで機嫌を直す安い女だと思われてるみたいで嫌なんですけど」
 しかも、おばけマフィン味のキスだし……。
 キスの名残りか、至近距離から私を見つめてくるレインくんの瞳を覗き込む。きらきらしている。今、このきらきらした瞳の中に映っているのは私だけ。……仕方ないなあ。
 レインくんの肩に手を置き、その鼻の頭に唇で触れる。散々マフィンを食べてた手で触れる嫌がらせ。これで許してあげよう。
 肩に置いていた手を掴まれて、ぎゅっと握られる。レインくんの手は大きくてあたたかい。その手も大好き。レインくんの全部が大好き。
 頬や瞼に柔く降ってくるキスがくすぐったってきゃあと声を上げれば、レインくんはフッと笑った。もう、そういう顔されるとついつい全てを許しちゃうんですけど! どうせ無自覚なんだろうけど、レインくんったらすっかり私の扱い方を心得ちゃってるな⁉︎

ふたつおりのひとひら