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「うう、ううう……なんで私がこんな目にい」
 廊下の端っこに蹲ってえーんえーんと声を上げて泣いていると、私の後を追いかけてきたミニブタが丸々とした体を足に擦り寄せて来た。気遣うように「ぷぎゅ」と鳴いては私を見上げてくるミニブタに、一層涙が込み上げてくる。私の味方はお前だけだよ……。
 マッシュくんが落としてしまったというシュークリームの人形シュー子ちゃんは、レモンちゃんにもらった大切なものらしい。私はいつでも恋する女の子と可愛い後輩の味方なので、勢い勇んでシュー子ちゃん捜索に名乗りを上げた。そして一度名乗りを上げてしまった以上、夜中の捜索も拒めなかったのだ。
 私ってば馬鹿。本っ当に馬鹿。いらない見栄を張るからこうなるんだ。こんなことなら「一緒に行こうか」と声を掛けてくれたマックスくんに「ううん、大丈夫! 疲れてるでしょ? 休んでてー!」なんて言わなければよかった。「ついてきてください」ってお願いするんだった。
 そもそもカルド様にお願いしてお屋敷再建プロジェクトの方を早抜けさせてもらったりしなければ良かった。「お前ズル休みか? サボりか?」とばかりに睨んできた痴女を鼻で笑ってお屋敷を後にしたけど、今思えばお屋敷で深夜労働させられてた方が百倍マシだった。
 でもね、言い訳をすると、深夜の校舎がこんなに怖いなんて思ってなかったんだよ。もっとこう、少しは明るくて楽しいかなって思ってたの。特別感とかあるかなとか思ってたんです。
 だけど実際は魔法で灯りをつけなきゃ進めないぐらいに廊下は真っ暗で、なんだか寒くて、それに人っ子一人いない。当たり前と言えば当たり前なのに、私はどうしても怖くて怖くてもう一歩も進めそうになかった。
 誰か迎えに来てくれないかな……と祈りながら、さっきからこうして廊下の隅で震えている。マッシュくんとフィンくんはひとつ上の階を探してみると言っていた。私は見栄を張って一人でこの階を回ると宣言したから、彼らが迎えに来てくれる可能性も低いだろう。ここまで来ると自分が憎い。
 震えながらすすり泣いていると、遠くの方でガタッと何かが揺れ動くような音がした。私は飛び上がって頭を抱える。もう嫌。本当に無理。頼むから帰らせて欲しい。
 飼い主を守ろうとしているのか音の出処を探りに行かんとばかりに歩き出したミニブタに縋り付いて引き止めて、「置いていかないでえ」と情けなく泣き声をあげる。恥も外聞もクソ喰らえだ。お願いだから、誰でもいいので助けてください。
 そのまましばらく蹲って泣いていたのだが、人が通りかかることはなく、あれっきり物音も鳴らなかった。喜べばいいのか悲しめばいいのか微妙だ。誰もいないというのも怖い。おばけでもいいからいて欲し……嘘。おばけはいなくていい。生きた人間にそばにいて欲しい。
 私を慰めようと腕の中でぷぎゅぷぎゅ言っているミニブタの背中に顔を埋めて大きく息を吸った。おばけマフィンばかり食べているからか、体まで甘い匂いがする。最近甘いものを食べすぎて明らかに太ってきているミニブタの腹の肉の柔らかさだけが、今の私にとっては心の支えだ。帰ったらおばけマフィンを追加であげようね。
 そんなことを考えていると、ちょうど背中を向けていた階段の方からカツンと音がした。再び飛び上がってミニブタをぎゅっと抱き締める。なに、今の……もしかして、人?
 ドッドッドッと花火のように鳴る胸をミニブタに押し付けて誤魔化して、なるべく小さくなれるようにと膝を抱えた。バレたらやばい。一年生の深夜徘徊よりも三年生の深夜徘徊の方がセンシティブだ。見つかる相手にもよるだろうけど多分色々言われる。
 本当ならば逃げ出すべきなのかもしれないが、腰が抜けてしまって立てなかった。だからできるだけ気配を消していたのに、階段を上ってくるカツカツという足音は次第に大きくなっていき、一度止まったかと思えば真っ直ぐにこちらを目指してまたカツカツ言い始めた。ひ、ひえええ。見つかっちゃう! 誰かに見つかっちゃうよお。
 ひええんと泣いていると、足音が私のすぐそばで立ち止まった。ああ……。ダメだ、見つかった。怒られるんだ。おばけも怖いし怒られるし最悪。後輩に対して見栄を張りすぎるとこうなるんだ……。
 足音の主は何も言わない。えっ……もしかして、おばけ……?
 突如浮上してきた可能性にまた怖くなってきてしまって、顔を上げずにガクガク震えていると、腕の中のミニブタが「ぷぎゅっ」とご機嫌に鳴いた。これは……知り合いに対する鳴き方!
 怯えながらも顔を上げようとした瞬間に、隣にそっと誰かが座った。勇気をだしてちらりと横を見る。
「ランスくん……?」
「ああ」
「もしかして助けに来てくれたの? それともランスくんも捜索隊のメンバー?」
「ああ」
「えーんありがとう! あのね私ね本当はおばけが苦手でえ、怖くて立てなくなっちゃってえ」
「ああ」
「……? ランスくん聞いてる? さっきから『ああ』しか言ってないよ」
「ああ」
 聞いてないな? そういえば視線も合わないし、私と同じように膝を抱えてずっと真っ直ぐ前を見てるし、謎に小刻みに震えている。どうしちゃったのランスくん。
 心做しか顔色の悪いランスくんを覗き込んで顔の前で手をひらひら振ってみると、ようやく視線がかみ合った。本当にどうしちゃったの。……ハッ! まさか……!
「もしかして……ランスくんも苦手なの……?」
「……」
「……お、おばけ……」
「…………」
 沈黙が全ての答えだった。

 +

 なんとかランスくんから聞き出した話によると、いつまでも戻ってこないマッシュくんとフィンくんが心配になってドットくんと一緒に二人を探しに来たらしい。でも途中でドットくんと喧嘩をして別れて、一人になった途端に暗い廊下が怖くなった。それで行く宛てもなく人の気配がある方に歩いてたら私がいたんだって。
 いやあ、でもまさかランスくんもおばけが苦手だなんてびっくり。世間って狭いねえ。私もね、めちゃくちゃ苦手だよ。おばけ怖い。怖すぎて、多分今日は寮室に戻っても眠れないだろう。
 そもそも寮室に戻れるか分からないんですけどねえ!
 ランスくんが来て以降人通りはなく、私たちは既に諦めモードになりつつある。「朝になったら寮に帰ろう……」というアレ。明るくなってくれば流石に動けると思うし、それぐらいになってくれば誰か人も通ると思う。
 二人で並んで膝を抱えて座りながら、たまにぽつぽつと話しつつ朝が来るのを待つ。ミニブタはさっきどこかに行ってしまったから、今は完全に二人きりだ。肩を寄せ合うようにしておばけに怯えている。
「……マッシュくんたち、お人形見つけられたのかな」
「……どうだろうな」
「お人形見つけたなら私たちのことも探しに来て欲しい……」
「それは嫌だ」
「気持ちは分かるけど、このままここに取り残される方が嫌じゃんかあ」
 お友達におばけ嫌いを知られたくない気持ちも分かるよ? でもさ、私はやっぱり朝までここにいるのは嫌だよ……。眠れないにしても暖かいベッドの中にいたいよ……。
 ぐすんと鼻を鳴らすと、ランスくんは驚いたように肩を揺らしてまじまじと私を見下ろしてきた。まさか泣き出すとは思っていなかったらしい。私はとても泣き虫だけど、後輩の前ではかっこつけてきたからね。些細なことで泣き出すやつとまでは思われていなかったんだろう。泣きますよ、普通に。なんなら大声で泣きます。
 情けなさは自覚しつつそんなことで胸を張っていると、廊下の方から何十分かぶりか、さっきと同じようにカツンと音がした。足音は止まることなく階段を登りきったかと思えば、真っ直ぐにこちらに向かってくる。
 私たちは揃ってすくみあがって、私に至ってはランスくんを盾にするようにその背中にぎゅっと抱き着いた。「おい」と焦ったような声が掛かったが知ることか。ランスくんの方が私よりも大きいんだから仕方ない。隠れやすいのが悪いと思う。
 そのままランスくんに隠れていたのだが、ふと足音が止まり、「……何をやってるんだ」と呆れたっぷりに呟かれた。ハッ……この声は!
 ランスくんの背中から顔を上げて「えーん」と情けなく泣き声をあげる。
「オーター様あ、助けてくださあい」
「何をやっているんだと聞いている」
「遭難してます!」
「校舎の廊下で?」
「はい! 助けて助けて助けて! 私もランスくんも腰が抜けて立てないんです、助けてえ」
「オレは立てるが?」
「じゃあ私だけでもいいから助けてオーター様……」
 廊下の隅で隠れている情けないところを見られたあとだと言うのにまだ見栄を張るランスくんに裏切られた気持ちになりながらも、しくしくと泣く。そのまま這いずってオーター様の足にしがみつけば容赦なく蹴り飛ばされた。しかし私はそんなことではめげないので、もう一度オーター様の足にしがみつく。絶対に離れないんだから。
 流石に諦めたのか今度はもう蹴られず、オーター様はランスくんに「門限後の外出は許されていない」とかなんとか言って説教を始めた。ランスくんは結構適当に相槌を打って聞き流しているようだが、賢明な判断だろう。オーター様のお説教は長い。真面目に聞いてると疲れる。
 しばらくオーター様の足にしがみついたまま他人事のように説教を聞いていた。しかし途中で「大体お前は三年生なんだからそろそろ落ち着いて……」とかなんとか、矛先が私へと向いた。ひええ。三年生として頑張った結果がこれなんだよお。
 そんなことをごにゃごにゃ言い訳していたのだが、オーター様は「言い訳はいい」とばっさり切り捨てると「このことはお父上にもご報告するからな」と私を睨んできた。「はい」と神妙な顔で頷く。父上に報告されたって別に痛くも痒くもないぜ!
 私が全く反省していないことを察してはいるようだが、これ以上なにか言うことはやめたらしく、オーター様はため息をつきながらも屈んで背中を向けてくれた。寮まで運んでくれるみたいだ。わーい。
 その背によじ登ってひしっと掴まる。「ドン引きしてます」とばかりの表情で私たちを見てくるランスくんと目が合ったが、ばちこーんとウィンクをかましておいた。オーター様はわりと押しに弱いんだよ。
「ランスくん先歩いて。オーター様はアドラの寮の場所は分かんないから」
「……分かった」
「ありがとー。ねえオーター様、今日はなんでこちらまで? しかもこんな夜中に、そんなに大事な用事ですか」
「校内には昼からいた。ウォールバーグさんと話し合っていたら思いの外遅くなったんだ。今から帰るところだったんだが、お前のペットが不審な動きをしていたからここに立ち寄った」
「そうなんだあ。ミニブタにお礼のマフィンいっぱいあげなきゃだ」
「……あまりペットを甘やかしすぎるな。前に見た時よりもかなり肥えていたが、どんな生物にも適切な食事量というものはある」
「うす」
「返事」
「はあい」
 オーター様、厳しい。「この前ぬいぐるみにされちゃった時、結局先輩にチューしてもらったんですか?」とか聞いたら振り落とされた上でぶん殴られそうだ。聞くのはやめておこーっと。
 そのままおしゃべりをしながら辿り着いた寮の入口にはミニブタと、ミニブタが呼んできてくれたらしいマックスくん、それにマッシュくんたちがいた。シュー子ちゃんは無事に見つかったらしくて良かったなあと一安心したんだけど、アドラ寮生が集団で門限後に寮を出たことを知ったオーター様がキレてちょっと面倒でした。しかも私に至っては後日、オーター様から告げ口されたらしい父上とレインくんにそれぞれ追加で怒られたからね。そんなに怒らなくてもいいじゃんねー。

ふたつおりのひとひら