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「ふーん、文化祭ね。私も行こうかな。そっちの方がウチよりも言うこと聞く男が多そう」
「不埒な目的で来ないでください」
「不埒じゃないわ。この私のお眼鏡にかなうなんて、男共からしても光栄なことでしょう」
「痴女の悪い所は自信がありすぎる所かもね」
「それは私の長所よ」
「どうかなあ」
首を傾げながら、杖を一振りして壁に並んだ照明を順繰りに明るくしていく。敢えてほんの少ししか廊下が照らされないような照明と魔法を選んでいるので全体的に薄ら暗いが、逆にこれがいいと思った。お屋敷の元々の不気味さがよく表現出来ている。
うんうんと頷いて振り返り、遠くの方で作業をしていたカルド様に声を掛ける。「どうですか?」と聞けばサムズアップが返ってきた。良い感じってことっぽい。やったね。
ふうと息を吐き出して、改めて辺りを見渡す。無駄に高そうな調度品と、全体的に薄ら暗くて底冷えするような空気感。所々から漂う魔法生物の気配も相まって、正しく神覚者選抜最終試験の会場に相応しいお屋敷と言えよう。
いやあー、図面は何とか見つけられたとはいえ、内装はほぼほぼ私たちの記憶頼りだったことを考えると、かなり上手くやった方じゃないだろうか。これなら今年の神覚者選抜最終試験もここで開催できるに違いない。私たちは本当によくやったよ。まあ、壊したのも私たちなんですけれども。
いや、過去のことは振り返らない。そうだそうだ。ひとつ頷いて隣の痴女を見れば、痴女も感慨深そうに辺りを見渡していた。カルド様や魔法局員さんたちにもたくさん力を貸してもらったけど、私たちだけでどうにかした部分も結構あるからね。感慨深く感じるのは私も一緒だ。
「いやあ、疲れたねえ。何ヶ月かかったっけ」
「半年ちょっとね」
「えー、そんなもの? もっとやってた気がする」
「案外そんなものよ。でも、設計図を探すところからやってたからかしら……働いた気がするのは同感」
はあとため息をついた痴女は、前髪をかきあげると「あそこもうちょっと直したいわね」と呟いた。ええ? 私もその視線を追ってみたものの、普通の壁に悪趣味な調度品がかかっているようにしか見えない。直すようなところなくない?
痴女も私も適当に再建プロジェクトを進めていたはずなのに、どこで何が違ったのか痴女はなにかに目覚めてしまったようだ。「あそこにあれを飾ってるとバランスが悪いでしょ」とこだわりを見せてくる。対する私は、「そんなこと言われても……あれで良くない?」と首を傾げることしかできなかった。
しばらくそのままあれこれと言い合っていたのだが、そちらの仕事がひと段落ついたのか、カルド様が歩み寄ってきた。言い合いを一旦止めて揃ってカルド様を見遣る。
「お疲れ様です。私たちの方はとりあえず終わりました」
「うん、お疲れ。こっちも大体は終わったよ。早速だけど、頼んでたことをお願いしてもいいかい」
「私は全然だいじょぶでーす」
「私も大丈夫です。要はこの馬鹿と全力で戦えばいいのよね?」
「ああ。耐久度を調べるためだから、なるべく広範囲に移動しながら頼むよ」
「りょーかい!」
えいっと敬礼をすると、ひとつ頷いたカルド様は「じゃあ今から五分後に始めてくれ」と言って踵を返して歩き去っていった。痴女はともかく私はド派手な大鎌を使っての広範囲攻撃ばかりを使うから、近くにいると巻き込まれてしまうかもというアレね。
去っていくカルド様の背中を見つめながら、ぐっと伸びをする。なんでもお屋敷の耐久度を調べるために私と痴女が戦うのが一番いいらしい。神覚者選抜最終試験まで勝ち残るほどの実力があり、尚且つお屋敷自体を傷付けかねない物理技を使うから、なんだってさ。まあ試験中に誰かの攻撃ひとつで崩れたりしたらヤバいから、事前に保護魔法を沢山かけよう、そのためにはどこが弱いのか知っておく必要があるよね、ってことだと思う。
その辺りは私と痴女の仕事ではないので詳しくは知らないのだ。私と痴女の仕事はこれから当分の間はお屋敷の耐久試験のテスターである。再建の百倍楽ですね。
手の中の杖をクルッと回して、その勢いのまま大鎌へと変化させる。床にドンと大鎌をついた後、嫌そうな顔でこちらを見ている痴女に気が付いた。
「どうかした?」
「これ、私が不利よねって思っただけ」
「不利?」
「だってそうでしょ? 私の固有魔法はアンタに効かないもの。なのにアンタは固有魔法使ってくるわけでしょ」
「えー、じゃあ私も固有魔法使わないでやろうか?」
「それはいいわ。本気のアンタを叩き潰さなきゃ意味ないから。……そろそろ五分経つわね。準備はいい?」
「バッチリ。いつでもどうぞ」
そう言った直後、ニヤリと笑った痴女が杖を構える。それが始まりの合図だった。
+
ああ、疲れた……。
重い体を引きずるようにして、魔法局の無駄に広くて無駄に長い廊下をよたよたと進む。この先で仕事中だというレインくんに書類を渡してきてくれとカルド様に頼まれたのだが、レインくんに会えるとなっても心が弾まず「一旦休ませて……」と思うぐらいには今の私は疲れている。
本当に疲れた…………。痴女の奴、一体どれだけ戦ったら気が済むんだ。私も戦うのは嫌いじゃないけど、それはそれとして体力にも気力にも魔力にも限界がある。だと言うのにアイツはもう一戦、もう一戦と本当にしつこくてさあ。見かねたカルド様が止めに入ってくださった時点で何時間も経っていた。
いや、カルド様も止めに入るのが流石に遅すぎると思うんですけどね? 「楽しそうだったから」とのことだったけど、何事にも限度があるんですよ。楽しそうに見えても止めて欲しかった。っていうか私が楽しそうにしてたのって最初の何戦かじゃなかった? 途中からは完全に「もうやめようよ」と何回も言ってたと思うんですけど。
カルド様はなんていうか、放任主義と言えばいいのか、そういうところがある。基本姿勢は放置だ。そんなだからお屋敷を全焼させられちゃったんだと思う。今年もマッシュくんやランスくんがいるからね? あの子たちも中々の破壊のポテンシャルを秘めてるぞ。どうなっても知らないんだから。
ため息をつきながらのろのろ進んでいると、ふと前方によく知った魔力を感じる。うう、これは……。
「レインくーん……」
「どうした。何があった?」
「痴女にいじめられたよお」
えーんと泣き真似をしながら、私に気付くなり駆け寄ってきてくれたレインくんに向かって腕を広げる。そのままレインくんは私を抱き止めてくれて、その腕の力強さに本当にぽろりと涙が出た。もうさあ、私さあ、本当に疲れちゃってさあ、全身痛いしさあ。
泣き真似どころか本当に泣き出した私に気付いてか、レインくんは抱き締める腕の力を更に強め、「どうしていじめられたんだ」と少し困った声で聞いてきた。ひしと抱き着きながら「私はやめてって言ったのに攻撃してきたの」と答える。嘘ではない。本当に私はやめてと言ったし、アイツはその声を無視して攻撃してきた。
思い当たる節があったのか、「例の屋敷の件か」と呟いたレインくんは「オレからも改めてカルドさんに一言言っておく」と言ってくれた。
「ありがとお。レインくん優しいね、大好き」
「そうか」
「そうだよ」
もちろん優しい以外の側面も大好きだよ。そう言うと、レインくんはもう一度「そうか」と返事をしながら私を引きずるようにして廊下の端に寄った。他の局員さんたちの邪魔になってしまっていたらしい。ごめんなさいね。
ぐすぐすと鼻を鳴らしながらレインくんの胸の中で大人しく背中を撫でられていたのだが、ふと「そう言えば」と思い出した。
「レインくんにお届けものがあるの。カルド様から、内容は分からないけど書類」
「カルドさんから? ……ああ、アレか」
「アレかは分からないけど、はい、どうぞ」
ローブのポケットから封筒を取り出してレインくんに渡す。私を抱き締めたままそれを受け取ったレインくんは、私の頭上で封筒を光に翳して検分しているようだった。離してくれてもいいのにと思いながらも大人しく耐えて、十分なぐらい時間が経ってから「ねえレインくん」と小さく声を上げる。
「今日、まだお仕事たくさんある? このあと学校戻るんなら待っててもいい….…?」
もちろん邪魔にならないところにいるし、なんなら外で待っているつもりだ。レインくんの仕事を妨げようとはしていない。出来れば、もし良ければ、レインくんさえ嫌じゃなければほんの少しでも一緒にいたいなあと思ってるだけ。
レインくんの腰に腕を回しながら、じっとその顔を覗き込む。レインくんは封筒から私に視線を移すと、僅かに口角を上げて笑った。きゃあ! 素敵な微笑み! 好きになっちゃう! いやもう好きなんですけどね!
きゃあきゃあと興奮して騒いでいると、レインくんはそんな私の頭を一撫でして体を離し、すぐにゆるりと手を握ってきた。わけも分からずに私はその手を握り返し、小首を傾げる。なんだろう。
「お前の好きなクッキーが執務室にある。多少時間が掛かると思うから、それを食いながら待っていてくれるか」
「……うん! ずっと待ってる!」
「そこまでは待たせねえよ」
ぎゅっとその手を握り返して、歩き出したレインくんの隣に並ぶ。うふふ。レインくんったらー、もう! ずっとずーっと待っちゃうんだから!