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 衣装の入った箱を魔法で浮かせて階段を登っていると、窓の外で騒いでいる一年生たちが見えた。うーん、彼らは今日も元気だ。私も結構元気だけど、あの子たちには負けるね。特に木を振り回しているマッシュくんと、拳を振り上げて野次を飛ばしている妹が元気そうに見える。……何やってるんだあの子たち。
 しばらく踊り場から後輩たちを眺めていたのだが、上から降りてくる二人組とぶつかりそうになって慌てて端に避けた。
「すみません!」
「いえいえー……あれ、フィンくんにレモンちゃんじゃん」
「あ、先輩」
 両手で荷物を抱えた二人に「や」と言いながら手を挙げて挨拶をし、その荷物を軽く覗き込む。布だね、布。確かこの子たちのクラスはマッシュくん発案のシュークリーム屋さんをすると言っていたから、これからお揃いのエプロンでも作るのだろう。頑張れ。
 わざわざ足を止めてくれた二人に「教室戻るとこ?」と聞きながら、杖を一振りして二人の荷物をひょいと浮かせる。教室に戻るぐらいならこの程度で大丈夫だろう。
 慌てたようにぺこぺこ頭を下げ始めた二人は、なんというか、窓の外で騒いでいる子たちよりも随分としっかりしているようだ。こういうタイプの後輩も可愛いよね。私は後輩という生き物はだいたい全て可愛いと思う派。
「へーきへーき! 大したことないから、あんまり気にしないで」
「でも……」
「文化祭当日にサービスしてくれたらそれでいいよー」
「あれ、先輩、文化祭来れることになったんですか?」
「うん、二日目はね。一日目もなんとかなりそうだったんだけど、父上の補助として学会に出ることになっちゃったから、二日目だけ参加の予定」
「ってことは、後夜祭のダンスパーティーも……」
「もっちろん出まーす! と言っても、肝心のレインくんが来れるかどうかが微妙だから、壁の花になっちゃうかもだけどねえ……」
 今年は後夜祭でダンスパーティーが開催されると分かった時点でレインくんをお誘いして了承はしてもらっているのだが、やっぱり忙しいらしくて……。なにがあっても一番最初はレインくんと踊りたいから、壁の花ルートもきちんと覚悟している。
 兄のそういった話は苦手なのか目を細めてしょっぱい顔をしたフィンくんが面白くてニヤニヤ笑っていたのだが、その隣で軽く俯いていたレモンちゃんが意を決したように顔を上げ、「あの!」と声を張ったので私たちは揃ってレモンちゃんを見た。窓の外では依然として一年生たちが大騒ぎしている声が聞こえてくる。
「お義姉様は、その……どうやって好きな人をダンスパーティーに誘いましたかっ⁉︎」
「ど、どうやって……?」
 予想していなかった言葉に思わず鸚鵡返しをしてしまったのだが、レモンちゃんはぶんぶん頷くと力強く一歩踏み込んで私へと迫ってきた。その迫力に仰け反りながら、「どうやって……」と繰り返す。どうやってって言われてもな……。
「普通に『一緒に出ようね』って言って、『ああ』って言われたけど……?」
「それはどういうシチュエーションで⁉︎」
「いやあの、レモンちゃん、もうやめよう? ボクちょっと兄様のそういう話聞きたくないんだけど」
「フィンくんは黙っててください!」
 ぎゃんっとレモンちゃんが叫んで、フィンくんはショックを受けたように目を見開くと「本当に聞きたくないのに……」と半泣きでボヤいた。うむむ。これもまた仲良し……か?
 血気迫る勢いで息も荒く距離を詰めてくるレモンちゃんに困りながら、顎に杖を持っていない方の手を当てて空中を見上げる。シチュエーションねえ。夜、私の部屋で……って、後輩にはあんまり言っちゃいけないことな気がするなあ。
 なんと答えるべきか困っていると、それだけで何かを察してしまったのかフィンくんが半泣きのまま「やめよう。ね、やめよう?」とレモンちゃんに必死の説得を始めた。
「止めないでください、フィンくん! 私はお義姉様を参考にマッシュくんをパーティーに誘うんです! そしてあわよくばその場で……!」
「その場で……?」
「先輩も深掘りしようとしないで!」
「ごめんごめん、気になっちゃって」
 私たちにもこんな初々しい時代があったんだなあと思ったら、ついね。一年生の頃は私たちも……私は最初からレインくんに押せ押せだったし、レインくんはレインくんでちょっと推しに弱くて天然さんだから、ここまで初々しくはなかったかも。
 今となっては遠い過去のことのように感じる二年前を振り返って首を傾げていると、ふと目の前のレモンちゃんがガックリと肩を落として「分かってるんです」とか細く呟いた。
「マッシュくんはダンスパーティーに興味なんてないんです……」
「……それは分かんないよ? マッシュくんがそう言ったの?」
 膝を折り曲げて、しゅんと小さくなってしまったレモンちゃんの顔を覗き込む。問い掛けへの返事はなかったのでフィンくんをちらりと横目で見つめてみたのだが、フィンくんはギュッと目を瞑ると「マッシュくんは、『パーティーってシュークリーム出るのかな?』って……」とか細い声でぼやいた。……な、なるほど。少なくともダンスには本当に興味がなさそう。
 これは強敵だ。レモンちゃんからもフィンくんからも目を逸らし、窓の外を見下ろす。マッシュくんはどこからか流れてくる軽快な音楽に合わせて全身でブレイクダンスを踊っていた。そして、妹を筆頭にランスくんやドットくんがやいやいと騒いでいる。うーん、あの子たちは本当に元気。
 時間にすればほんの数秒ほどであろうがしばらくマッシュくんたちを見ていたが、レモンちゃんを励ませるような結論はすぐには出せそうにもなかった。
 レインくんも多分ダンスには興味がないんだろうけど、彼は優しいから私が「やりたい」と言ったことはできるだけ実現しようとしてくれる。だからダンスパーティーも、私が「一緒に踊りたい」と言えば一も二もなく了承してくれた。
 その点、マッシュくんも優しいからレモンちゃんが「一緒にダンスパーティーに出たい」と言えば了承してくれそう。だけとそれはレモンちゃんが望む形ではない……のかもしれない。
 いやあ、恋の悩みは人それぞれで難しいなあ。
「……やっぱり、ダンスパーティーは諦めた方がいいのでしょうか」
「んー……別に諦めなくていいんじゃない?」
「え?」
 ほとんと同じタイミングで驚いたように顔を上げたレモンちゃんとフィンくんを見て少しだけ笑いながら、また窓の外を見る。
「まずはさ、余計なこと考えないで誘っちゃいなよ。案外軽くオッケーしてもらえるかもしれないし、そこから意識してもらえるかもしれない。なにか行動してみなきゃ、なーんにも始まらないよ?」
 私だって、一年生の頃の私たちを知る人たちからは未だに「ストーカー加害者と被害者」とか思われてるレベルで入学当初はレインくんに付きまとってたわけだしね。でも今ではそれがちゃんと実って、こうしてラブラブになってるわけです。やっぱり行動が大事なんだよ。
 そう力説すると、フィンくんは「聞きたくないッ……!」と耳を塞ぎながら強く叫んだが、レモンちゃんはぱちくりと何度か瞬きをしてからきゅっと唇を引き結んだ。そして私の隣に立ち、窓枠に手を着く。
「──マッシュくんッ!」
「……ん? レモンちゃん?」
 突然のレモンちゃんの大声に反応した一年生たちは、揃って「なんだなんだ」とばかりにこちらを見上げてきた。すぐに「姉上ーッ!」と黄色い声で叫んだ妹にひらりと手を振り、しーっと唇の前で人差し指を立てる。今いいところだよ、静かにね。
 次の瞬間には妹はばたんっと地面に倒れ込み、ドットくんとランスくんは「うわあ」「シスコンの無様な死……だな」とそれぞれコメントをした。しかしレモンちゃんはそんな事を気にせずに、大きく息を吸う。
「あ、あのッ! 学園祭の後夜祭、ダンスパーティー! 私と一緒に、行ってくれませんか!」
「いいよ」
「! いいって!」
「よかったねえ」
 わあっと嬉しそうな声を上げて抱き着いてきたレモンちゃんを受け止めて、その頭を撫でる。うんうん。本当に良かったね。
 喜ぶレモンちゃんをフィンくんと二人で和やかに見守っていたのだが、ふと外から魔法生物の断末魔のような声が聞こえたかと思えば、先程の妹の時と同じように誰かが倒れる音がした。何かと思って見下ろした先では、白目を向いたドットくんが妹の隣に倒れている。あらら。本当に今年の一年生は元気な子たちが集まってるなあ。

ふたつおりのひとひら