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いっけなーい、遅刻遅刻! このままじゃダンスパーティーに遅れちゃーう!
……なんて騒いでみたが、既に遅刻は確定している。先輩が「行きたくねえ」って最後までごねるから、気付いたらダンスパーティーが始まってしまっていたのだ。
数時間前までの喧騒はどこへやら、一部を除いて一般参加者は皆帰り、学生たちもダンスパーティーの方に向かってしまったために静かな廊下を箒でゆっくり進む。隣を歩く先輩がいつもよりも気怠げにだらだら歩くから、私も仕方なく徐行運転中だ。大好きなパートナーがまだ学校にも到着してないから、別にどれだけゆっくりしててもいいんだけどね。
あーあ、レインくん早く来ないかな。今日の私、結構可愛いと思うんだよね。これであのかっこいいレインくんの隣に並んだら、それだけで今年もベストカップル賞を狙えるかもしれない。
去年色々あったからか今年は応募制じゃなくて推薦形式になって、更には結果投票まで自分たちが推薦されてエントリーしているのかも分からない中々の仕組みになってしまったベストカップル賞のことを思う。毎年毎年なんだかんだありつつ、実は私とレインくんは一年生、二年生と順調にベストカップル賞を獲得している。ここまで来たら最後の一年も狙いたい。……でも、文化祭一日目はお互い不参加で、二日目もレインくんはここまで不参加……やっぱり難しいよねえ。
若干気落ちしながらも、普段デートに行く時に自分でアレンジするよりもずっと複雑に編み込まれた後ろ髪に手を当てた。自分の参加はギリギリまで渋ったくせに、私を飾り付けることにたいして先輩は無駄に意欲的で、結果として今の私は可愛いこと以外は何が何だか分からないような髪型をしている。ちなみに、メイクなどなどもいつもの如く先輩にやってもらった。
私も可愛い格好は好きだし、綺麗な髪型も素敵なメイクも好きだ。だから現状を嬉しく思って心から満足してるけど、その意欲をちょっとは自分に向ければいいのになあと思ったり思わなかったり。
先輩は元々美人で器量もいい。勉強も運動も出来て、もちろん魔法の腕もピカイチで、更には家庭的。ドン引きするほどの酒飲みかつ酒癖が最悪なことを除けば、私が男の子だったらお付き合いしたいぐらいだ。……いや、私が男の子ならレインくんは女の子ということになり、そうしたら私は多分女の子のレインくん──レインちゃんを好きになるに違いない。うん、やっぱりさっきの話はナシで。
そんなことを考えていると、何かを察したのか先輩が横目で睨んできた。わあ怖い、迫力がある。ここ何時間かお酒飲んでないからかな? 自分で言っておいてなんだけど、本当にそうならちょっとアル中すぎる。
適当にまとめただけの長い髪を揺らして気怠げに歩く先輩の横顔は「行きたくない」と雄弁に語っているが、彼女の着ている真っ赤なドレスは情熱的だった。「ドレス? めんどくせえ、制服でいいだろ。制服は学生の正装……あー分かった分かった、着るよ。着りゃいいんだろ。じゃあ、お前が白だからあたしは赤」と適当に決めていたのに、すごく似合ってる。先輩は肌が白いからド派手な色が似合うんだよねえ。
もう一度私を横目で見た先輩は、「あー、そういや……」とぽつりと呟いた。
「今日って院長も来てるんだっけ」
「父上? どうかなー。昨日は顔出せたら出すって言ってたけど。父上に何か用事あった?」
「次の休暇の相談。基本は病院に出勤でいいんだけど、何日かボケメガネの頼み事で出なきゃいけねえからさ」
「あー、それか。にしても相変わらず悪口言うねえ」
オーター様相手にボケメガネって、そんなこと言えるのはこの世で先輩だけじゃなかろうか。ワースくんも流石にボケメガネとは言わないと思うよ。
既に父上から話を聞いていたので、冬休みも先輩がうちの病院で働くという話はいい感じにスルーして話を逸らした。下手にそこの話を深掘りすると、父上の「先輩引き抜き計画」が先輩本人にバレちゃうかもしれないからね。私も先輩と同僚として一緒に働きたい気持ちはあるので計画を手助けするのです。
私の思惑には気付かず、先輩は嫌そうに顔を顰めながら「悪口じゃねえよ」と言った。
「こういうのはな、事実っつーの」
「でも私、オーター様がボケてるところ見たことないけどな」
「お前といる時のアイツは基本ボケてるよ」
「えっ? 本気で言ってる?」
「なんでこんなくだらねえ嘘つくんだよ」
私といる時のオーター様がボケてる……? あれで…………?
つい先日もお会いしたばかりのオーター様の冷たい視線を思い出して首を傾げる。全然ボケてないと思うんだけど。私といる時のライオ様がはっちゃけてるというなら分かる。あの人は本当に……うん。ジュニアのお父上で、母上の弟子なんだなあってよく思うよ。
……いけない、思考が逸れた。
頭をぶんぶん振って思考を正しい位置へ戻そうと思ったのだが、先輩に「髪が崩れるからやめろ。どうせ自分で直せねえんだろ」と怒られてしまった。はい、直せないです。すみません。
先輩に向かってぺこりと頭を下げながら曲がり角を曲がる。あっ、扉が見えた。それに愉快な音楽も聞こえてくるし、開かれた大きな扉の向こう側にはたくさんの人もいる。
「正にダンスパーティーって感じだね」
「いや、これは……」
「どうかした?」
「……なんつーか、ダンスパーティーの空気感とは違う気がする」
「どういうこと……?」
「違う気がする、としか言えねーわ。中見てみようぜ」
肩を竦め、急に早足になった先輩の横を箒で進む。これでホールに入るわけにもいかないからどこかで降りなきゃいけないとは分かっているけど、ギリギリまでは楽をしたいという怠惰な考え方をしているのだ。別に誰にも見られてないからセーフセーフ。
「姉上! お待ちしておりました!」
ダメ、アウト。
姉上の「あ」が聞こえた時点で箒から飛び降り、そのまま杖へと戻して後ろ手に隠した。ご機嫌に笑いながら扉の外まで駆け寄ってきた妹に笑い返し、「フッ」と鼻で笑った先輩を肘で小突く。笑うな。
「あまりにも遅いから、いらっしゃらないのかと……ドレス、すごくお似合いですね。いつもの姉上もお美しいですが、今日は一段とお綺麗です」
「ありがとう。あなたもドレス似合ってるよ。可愛い。さすが私の妹」
「光栄です。もちろん先輩も素敵ですよ」
「そりゃどうも。お前はそうしてると普段と印象が変わるな」
「それ、さっきフィンにも言われました」
少し照れくさそうに笑った妹は、軽く後ろを振り返ると「おい、私はここだ」と誰かを呼んだ。妹の体で隠れていて見えなかったが、誰かと一緒にいたらしい。一度私の肩を叩いた先輩は、その誰かと入れ違うようにしてホールへと入っていった。中のことが気になるみたいだ。
「そんなに高いヒールなのに、歩くの早すぎます! っていうか、あんまり離れたくないんですけど……!」
「私のスピードに合わせろとは言ってない。迷うなと言ってるんだ。それに、この程度離れたと言うほどでも……ああ、姉上、申し訳ありません。レモンは危なっかしいから目が離せなくて」
「ううん、気にしないで。今日は二人でいたんだね。でも、レモンちゃんはマッシュくんをパートナーに誘ってたよね……?」
レモンちゃんがマッシュくんをパートナーに誘った時に私はちょうどいたし、オッケーをもらって喜ぶレモンちゃんと一緒に喜んだ記憶もある。それに、何時間か前に痴女との待ち合わせでレモンちゃんたちのクラスに向かった時は、「バランスを崩したフリをして腕を組んじゃおうと思います!」と元気に宣言してくれていたはず。
それがどうして妹と二人で……と思わず聞いてしまったのだが、レモンちゃんはがっくり肩を落とすと「うう……」と小さく呻いた。その反応に「ヤバいこと聞いちゃったかも!」と思っても、それこそ今更だ。
「マッシュくんは、中でダンスバトルをしてるんです……」
「ダッ、ダン、えっ? なんて?」
年下の女の子に嫌な質問をしてしまったとおろおろ彷徨わせていた手がぴんと固まる。えっ、何? 今、ダンスバトルって言った?
私の問いに涙目で頷いたレモンちゃんは、可愛らしい薄ピンクのドレスをぎゅっと握ると「今のところ全勝中です」と続けた。そ、そうなんだ……。
妹が慰めるようにレモンちゃんの肩を抱いているのを見つつ、『ダンスバトル』が全くもって意味が分からずに反応に困っていると、満面の笑みを浮かべた先輩がグラス片手に戻ってきた。
「中で面白いことやってるぜ。ダンスバトルだってよ。マッシュが良い技見せてくれたから今はアドラが優勢。でも、オルカも見てて癖になるダンスをしやがる。ま、あたしはアドラに賭けるがな」
本当にダンスバトルやってるんだ。しかも寮対抗。