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 手の中のグラスを、円を描くようにして手首を動かして軽く揺らす。からりと音が鳴って氷がぶつかり、炭酸がしゅわしゅわ音を立てた。うーん、しゅわしゅわ。この音好き。
 そう思ってぱちぱち弾ける泡を見つめ続けていたのだが、ホールの中心でドッと歓声が上がった。私が今いる壁際からは随分離れているのによく聞こえた声にびっくりして思わず顔を上げると、同じように壁にもたれかかっていた先輩が「ウチが勝ったみたいだぜ」とご機嫌に声を掛けてきた。長きに渡ったダンスバトルは、どうやらアドラの勝利で幕を下ろしたらしい。
 ホールの中心に出来た人だかりは相当なもので、遠くから見ただけでは中心で起きている騒ぎの模様は全く分からなかった。でも私たちのすぐ近くで妹とレモンちゃんも何かを話しているみたいだから、そこにいない一年生たちはあの人だかりの中にいるのかもしれない。特にマッシュくんは何かと巻き込まれがちだからなあ。
 結局これまでの関係性を大幅に変えることはなく、それでもなんとなくお互いに「この子が弟かあ」「この人が姉かあ」と思いつつ、私とマッシュくんは先輩後輩として上手くやっている。妹の方は初めての弟を妹なりに可愛がっているみたいだ。まあそこも仲良くやってると言えるんじゃないかな、多分。
 ぼんやりと人だかりを眺めていると、先輩が「負けた奴らから金回収してくるわ」となんとも楽しそうに人だかりに突っ込んでいった。いや、そんな宣言をされてもね。私としてはそもそもこんなところで賭けなんてしないで欲しかったんですけど。
 去っていった先輩の背中をじとりと見つめていると、ちょうど人だかりを抜けてきたマックスくんと目が合った。その隣には誰もいない。あれ? 近寄ってきたマックスくんに手を振りながら、首を傾げる。
「やあ、さっきぶり。そのドレス似合ってるね。隣いいかな?」
「ありがと。レインくんセレクトです。別に私は暇だから全然いいけど、パートナーの子は? レアンの一年の子に誘われたって言ってなかったっけ」
「ダンスバトルでウチが勝ったから気まずくなっちゃって別れたよ。君こそ一人? 先輩は?」
「ダンスバトルにそんな弊害が……先輩はダンスバトルで賭けしてたらしくて、負けた人たちからお金回収しに行ったよ」
「こんな時でもあの人はあの人だな……じゃあ、レインが来るまではボクがそばにいるよ。一人にしてると他の男に声を掛けられそうなのに放っておくのは君にもレインにと悪いからさ」
「よろしく。でもマックスくん、一日で二人の女子を手玉に取る悪い男だね」
 にやりと笑うと、マックスくんも同じように笑って「君もそう思われるんじゃないか?」と言った。言われてみれば確かに、そうかもしれない。私のパートナーがレインくんなことは多分みんな知ってるだろうけど、そんな私がレインくんじゃなくてマックスくんといたら……それはつまり、友達だからセーフってやつだ!
 マックスくんもそう思っているらしく、お互い手に持っていたグラスを軽くぶつけて乾杯をし、壁に寄りかかってあれこれおしゃべりを始める。
「ダンスバトル、誰が活躍してた? 私たち遅れてきたし、ずっとここにいたから見えなくてさあ」
「大体は一年生かな。君の妹さんも一曲踊ってたよ」
「えっ、聞いてない」
 びっくりして少し遠くでレモンちゃんと話している妹を見ると、視線に気付いたのか顔を上げた彼女は私と目が合うなりにっこり笑った。そのままレモンちゃんの手を引いて近寄ってきた妹に「ダンスバトル出てたってほんと?」と尋ねる。
「ええ、まあ。一曲だけですよ。それもシスコンとです」
「ランスくんと? えー、見たかったなあ。何踊ったの?」
「タンゴです」
「ランスくんとタンゴを⁉︎」
 私もレインくんとタンゴなんて踊ったことないのに⁉︎
 驚く私を見て少し照れくさそうな表情を浮かべた妹は、「奴が『踊れないのか』とか煽ってくるから……」と小さく呟いた。煽られて踊ったんだ……タンゴを……。タンゴって煽られた時に煽ってきた相手と踊るような曲じゃないでしょ。
 レモンちゃんに「上手でしたよ」と褒められてまた照れくさそうにしている妹を見つつ、なんとなくくすぐったい気持ちになってくる。この子がお友達と楽しく過ごしているみたいで、私はすごく嬉しい。そういう日々を受け入れられる子になってくれたのだと思うと顔が綻んでしまう。この優しい子を、家の中という狭い箱から出してあげられて良かった。
 嬉しい気持ちのまま口を開く。
「いやあ、このままじゃランスくんとあなたにベストカップル賞とられちゃうかもなあ」
「は?」
「えっ」
 ものすごい勢いでこちらを見たかと思えば、絶対零度の声で「は?」と繰り返した妹が怖くて、咄嗟にマックスくんを盾にする。
「なになに、なんで怒るの」
「……まず第一に、私とシスコンはそんな関係ではありません」
「それは知ってるけど、別に付き合ってなくてもベストカップル賞とれるって先輩が言ってた……」
「そして、私はその低俗な催しが大嫌いです。何がベストカップルだ、反吐が出る。審査員はまず間違いなく目と頭が腐っています。姉上とレイン・エイムズがベストカップルだと⁉︎ 笑わせるな!」
「ええ……」
 そんな怒んなくても……。
 ぎゃんっと叫んだ妹を見てマックスくんは半笑いを浮かべ、レモンちゃんは困った顔をしていた。私も困っている。私はベストカップル賞貰えて嬉しかったし、レインくんもなんだかんだで受け入れてくれたのに、何故か妹がものすごく怒っている。どういう怒りなんだ、それは。
 私たちの困惑を他所に怒り続けている妹は、「だから決めたんです」と言いながらレモンちゃんの両肩に手を置いた。
「私はレモンとマッシュをベストカップルにします!」
「そ、そうなの。頑張ってね」
「はい、頑張ります! よし、そのためにもマッシュをあそこから引きずり出すぞ! ついてこいレモン!」
「ええっ、それ本気で言ってたんですか⁉︎」
「本気に決まってるだろうが!」
「そんなあ。そりゃ私だってベストカップルになれたら嬉しいですけど、でもでも」
 すごい計画だなと感心すらしてしまったのだが、なんとレモンちゃんから同意を得てもいなかったらしい。これはマッシュくんも言わずもがなだろう。我が妹ながら、すごい行動力。
 面白いものを見つけた顔をして「さすがだね」と言ってきたマックスくんに「私はここまで出来ないよ」と返せば、その言葉が聞こえたのが妹がムッとした。
「姉上が悪いんですよ。大変癪ですが、こうして妨害をしなければあなたはレイン・エイムズとベストカップルだのなんだのと言われてしまいますから」
「分かんないよ? だってレインくんまだ来てないし」
「いいえ、私には分かるんです。あなたたちは必ず選ばれる。だから出来るかぎり妨害します。それとも、ここで私が『レイン・エイムズと踊らないでください』とお願いすれば、叶えてくださいますか?」
「それはちょっと無理かも。レインくんと約束したもん」
 一緒に踊ろうね、レインくんが来るまでずっと待ってるよって約束したんだ。だから私はレインくんと踊るし、レインくんを待つ。レインくんなら来てくれると信じている。早く会いたいなあ。
 妹は少し顔を顰めたかと思えば大きく息を吐いて、「そういうところです」と言った。私は僅かに首を傾げるだけにしておく。だって、妹の言う「そういうところ」がどういうところなのか、なんとなく分かってしまった。
「とにかく、私はレモンとマッシュにベストカップル賞をとらせます。レイン・エイムズが来たところでどうせもう遅いんですから、姉上も潔く諦めてくださいね」
「えー、どうしよっかなー?」
「どうもこうもクソもありませんよ。では、失礼します。行くぞレモン」
「じゃあねー」
 レモンちゃんの手を引いて歩き去っていく妹の背に手を振り、改めてマックスくんに向き直る。マックスくんはニヤッと笑って「ボクはレインと君に賭けようかな」と言った。
「ちょっとやだ、マックスくんまで先輩みたいなこと言わないでよ」
「ごめんごめん」
「ま、まあ? 友達に応援されて嫌な気はしないし、私とレインくんがベストカップルに選ばれたら、お菓子作ってあげる」
「じゃあおばけマフィンでよろしく」
「了解。マックスくん、結構あれ好きだよね」
「そうかな? 商品化したら定期購入したいなと思ってるぐらいだよ」
「それは相当ね」
 そんな熱心なファンがいるなんて、製作者としてはすごく照れます。

ふたつおりのひとひら