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ふわ、と欠伸をすると、向かいに座るマーガレット・マカロンから「ちょっと」と咎めるような声が飛んできた。はいはいすみませんすみません。
「アンタ今ので何回目の欠伸よ」
「知らない。一回目とか?」
「六回目だよ。ちょうど三分に一回のペースだ」
「ねえアベルくん、人の欠伸の回数数えるのやめよ? いや欠伸した私が悪いんですけれどもね?」
「気を悪くさせたならすまない。ただ面白かったから数えていただけなんだ」
「面白い⁉︎ 私の欠伸が⁉︎」
絶対に面白い要素ゼロだったでしょ。というか、人の欠伸自体に面白い要素がないよね。それともなんですか? 私は自分で気付かないうちに、欠伸をしながら変顔とかしてたんですか?
突然突き付けられたまさかの可能性に慄いていると、再びマーガレット・マカロンから「口じゃなくて手を動かせってまた言われたいわけ?」と鋭い声が放たれた。あーはいはいすみませんってば!
ここは校舎内にある、普段は開かれず隠されたとある部屋。各寮の寮長が会議を行うために使われるはずだったが、長年使われずに放置されていた部屋である。
しかし、今はこの部屋に私とマーガレット・マカロンとアベルくんの三人が集い、みんなで机を囲んでいる。それはなぜか。答えは単純だ。期末試験が近いから。というか、私の場合は急に追試が予定に入ってしまったからだ。それで追い込まれて、マーガレット・マカロンとアベルくんに泣き付いたんだよねー!
わざわざこの部屋に揃っているのは、この勉強会が一応寮長の集まりという体で行われているからである。私はレインくんの代理だ。昨日の夜、ふざけて「寮長は代理を任命する時に相手にキスしなきゃいけないんだよ」と言ったら本当にしてもらえちゃってちょっと揉めた。「私以外の人にも同じこと言われたらするの?」って聞いて、「しない」と言ってもらえたからひとまずは解決したけど……レインくん、天然だからなあ。
そんなこんなで集まった私たちは、一応最初に「最近各寮どうです?」「まあ普通」「じゃあ特に問題なしってことで!」と話をし、やるべきことはやったうえで勉強会を始めている。これで一応の体裁を保つのだ。寮長が集まると聞いて「何十年ぶりだ……⁉︎」と驚いていた先生たちにもいい報告ができるね。
マーガレット・マカロンの冷たい視線に耐え兼ねて、手元のテキストを覗き込む。えー、魔法局設立は何年か。これは分かる。魔法局を設立した人は? これも分かるな。次は……初代魔法禁書管理局局長が作った制度は次の四択のうちのどれか……? なんだこれ。分かるわけないだろ。
一瞬で諦めて顔を上げると、興味深そうに私の手元を覗き込んでいたアベルくんが「答えはこれとこれじゃないか」と教えてくれた。へー。答え二個あるのね。この書き方で答えがひとつじゃないとか最低な引っ掛けだよ。
これはもうかなりの確率で単位は落とすと思う。つまり卒業できない。すっかり「あと数ヶ月でこの学校ともお別れか……」なんて気持ちになっていたのに。
がっくり項垂れて、深く深くため息をつく。どうしてこんなことになっちゃったんだろう。魔法史が壊滅的な私が悪いんだろうか。……いや、「簡単な問題だけを出す」と言いながら予習テキストとしてこんなものを寄越してくるあの先生が悪いに決まってる。
「形式は完全にクイズね。逆に対策が難しそうだけど、追試本番もこんな感じなの?」
「らしいよ。『これならお前も解けるはずだ』って言われたけ、どご覧の通り。まだ普通に教科書から問題出してくれた方が及第点越えられる確率高いよ……」
重々しくため息をつき、ちらりとテキストを見てみたが、さっき分からなかった問題が今急に解けるようになるはずもなかった。もう無理だ。諦めた方が早い。
本当なら、追試なんて受けなくても良かったんだよ。でも先生が急に「二年三学期の追試をやってないことを思い出したから次の学期末に一緒にやる。及第点を取れなければ、三年生に進級できた事実ごとなかったことになる」なんて言い出すから、こんなことになっている。
一番最初に泣きついた先輩には「あたしも人に教えられるほど魔法史得意じゃねえよ」と邪険にされ、次に泣きついたマックスくんには「サポートはするよ」と微妙な逃げ方をされ、最後に泣きついたレインくんには「どうしてお前はいつもそうなんだ」と呆れられたし怒られた。でも「オレはしばらく魔法局に詰めなきゃならねえから教えてやれねえが、次の寮長会議でお前を寮長代理に指名してやってもいい」と気を使ってくれて、そんなレインくんの優しさのおかげで私は今こうしてマーガレット・マカロンとアベルくんに勉強を教わることができているってわけ。
「ねえアベル、この問題の答えってコレよね? でもこの論文を書いた本人が四年前に新しい理論を発表してなかったかしら」
「ああ、僕もその論文を読んだ記憶がある。ということは、問題がそもそも間違っている……ということかな」
「他にもいくつか出題ミスがあるわ。……待って。敢えてそこを狙わせるのもありかもしれないわね」
「確かに、それならいくら点数が低くてもどうにかなる……のか?」
二人が意味の分からない話をするので、ついていけずに裏紙にお絵描きをしていると、突然二人の視線が私の方を向いた。慌てて紙をひっくり返して落書きを隠蔽しつつ「なに?」と聞いたのだが、二人はすぐに顔を見合せて「どうにかならない可能性の方が高い気がするわ」「それは覚えさせてから判断しよう」と頷き合うばかりで私には何も言ってくれない。なに? なんなの?
分からないけど、嫌な予感はする。ここから逃げなくては。
立ち上がろうと机の上に置いた両手を、それぞれマーガレット・マカロンとアベルくんに掴まれた。残念、逃亡失敗──!
+
「えーん、もう無理だよお、覚えられないよお」
泣き真似ではなく本当に泣きながら必死で訴える。しかし、マーガレット・マカロンは「仕方ないわね」と休憩を許してくれたのに、アベルくんが「じゃあこのページを終わらせたら三分休憩しようか」とありえないぐらいにスパルタなことを行ってきた。そんな! すぐに休憩させてくれるわけじゃないの⁉︎ しかもたったの三分⁉︎ 三分じゃこの疲れはとれないよ……!
ここに来て発覚したアベルくんのスパルタっぷりに怯えながら、「このページ覚えてからでいいから、もう少しだけ休ませて」と懇願する。十分……いや、五分でもいい。三分以上休ませてくれるならなんだっていい。
あまりにも私が必死なので哀れに思ったのか、マーガレット・マカロンが助け舟を出してくれてなんとか五分の休憩を勝ち取った。やった! そうと決まれば、早くこれを覚えちゃおうとテキストをじっと読み込む。
「……アンタ、やっぱり記憶力はいいわよね」
「それなりだけどね。私こう見えて苦手教科も魔法史だけなんだよ。その魔法史が特にヤバいんだけどさ……アベルくん、解いてみたんだけど、これ合ってる?」
「……うん、合ってるよ。じゃあ休憩しようか」
「やったー!」
わーっと歓声をあげて、椅子の背もたれに深く沈み込む。ようやく、ようやく休憩できる……! 何時間もぶっ続けで勉強してたから、もう肩が凝って凝って大変で……!
そう思いながらぐーっと全身を使って伸びをした瞬間、窓の外でドカーンと爆発音が鳴った。一番窓に近い椅子に座っていた私は驚いてひっくり返り、アベルくんとマーガレット・マカロンが瞬時に立ち上がって杖を構えて窓へと近寄る。
私も片手でそれぞれ痛む腰を押さえつつ懐から杖を引き抜きながら、よろよろ立ち上がって「なに?」と声を上げた。心臓がまだバクバク言っている。
私よりも背が高い二人の背中に阻まれて窓の外は見えなかったが、二人の反応を見るに襲撃や事件ではないらしい。ということは、自然の爆発か。……自然の爆発ってなんだ?
外が見えないなりに推測を重ねていると、アベルくんがぽつりと「花火じゃないか?」と呟いた。マーガレット・マカロンは「花火?」と訝しげに繰り返し、僅かに身を屈めて窓越しに空を見上げてすぐに「本当ね」と言う。私も二人の背中の隙間からなんとか空を見たが、確かにぴかぴか光っていた。花火だ。……花火……?
そう言えば、去年の夏にマックスくんと校庭に花火を仕込んだ、ような、気が……。
ごくりと唾を飲み込み、もう一度空を見上げる。あの花火に込められた魔力は……明らかに私とマックスくんの魔力ですね……。背中を冷や汗が伝っていくような感覚。もしかしなくても、やばい。
ふっと無言になった私をほとんど同時に振り返ったマーガレット・マカロンとアベルくんは、冷や汗を流して視線を右へ左へと忙しなく移動させる私をじっと見下ろした後、再び窓の外を見る。
「……そう言えば、去年まではアンタとマックスはよく花火を打ち上げてたわね」
「今年は一度も花火が打ち上げられなかったと記憶してたけど、まさか……」
「……全部打ち上げたものだとばかり……」
まさか残っていたなんて、思ってもいなかった。窓の外を見下ろす。一体何発残っていたのかいつまでも打ち上がり続ける花火と、校庭の中央の方でなんやかんやと騒いでいる見覚えのある一年生たち。まさかのまさか、あの子たちが花火を打ち上げてしまったようである。
言い訳をさせて欲しいんだけど、今年は妹が入学してきて浮かれた私は頼れる姉として常にかっこつけていたし、お屋敷再建プロジェクトで忙しくしていて花火のことなんてすっかり忘れていた。それに神覚者に監督生にと多忙なレインくんのサポートをしていたら、私もマックスくんもいたずらなんてしてる暇はなくてえ。
校庭にどんどん人が集まってきて、事はどんどん大事になっていく。まさかの事態に呆然とするだけの私をもう一度振り返ったマーガレット・マカロンは「アドラのいたずら爆弾は相変わらずやることが派手ね」と言った。嫌味やめて? アベルくんも「早く自首した方が罪は軽くなるよ」とか言わないで?