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うう、と呻きながら、前が見えないほど高く積まれた本を落とさないようによたよたと歩く。隣を歩くレインくんはわざわざ私の歩幅に合わせてくれて、更には先程から私が本を落としそうになる度にさりげなく支えてくれていた。優しい……好き……。
その上、「半分持つ」と何度も提案してくれて、私はもう泣きそうだった。優しさが身に染みるよ……。
「だいじょぶ……これが私への、罰だから……」
ぐすんと鼻を鳴らすと、レインくんは「そうか」と言って気遣わしげに私を見下ろし、「急ぎすぎても転ぶ。もう少しゆっくり歩け」と言ってくれた。今日も私の好きな人が優しすぎる!
レインくんの優しさに甘えてのろのろと道を行く。ここは魔法局。無駄に広い廊下は、私がど真ん中をとろとろ歩いても誰にもぶつからない。しかし無駄に広いだけではなく無駄に長くもあり、なかなか目的地にはつかなかった。
レインくんが一緒に歩いてくれても、この本たちの重みは消えやしない。魔法を使って軽くすれば「本当に反省しているのか」と余計に怒られることが目に見えているので魔法も使えなかった。オーター様の鬼。
私がこんな責め苦を負っているのは、単純に言ってしまえば先日校庭で花火が誤爆した罪に対する罰である。私は知らなかったんだけど、実はあの時オーター様は学校に来ていたらしいのだ。校長先生に用事があったんだって。
内緒のお話し中に突如ぶち上がった花火にびっくりしたオーター様は、校長先生が「おお、懐かしいのお。去年まではよく花火を上げてくれておったんじゃよ。全く、派手好きは母上似じゃの」とほのぼのと言うのを聞いて、すぐさま犯人が私だと悟った。そして帰りがけにわざわざ寮までやってきて私を捕まえると「お前は学校をなんだと思っているんだ」とブチギレて、「二度とあんなくだらないことをしようとなんて思えなくなるよう、お前には罰を与える」と言い出した。
それがこの魔法禁止の重労働だ。泣き喚いて謝罪しても許してもらえず、私が怒られていると聞いて慌てて駆け付けてきてくれたマックスくんが自分も共犯だと名乗り出てもその怒りは収まらず、私は授業の合間を縫っては魔法局で無賃労働を強いられている。ちなみにマックスくんは校庭の修復作業を、地中に埋まっていた花火を誤爆させた一年生たちと一緒に行っているそうだ。私もそっちが良かった。
魔法史の追試の勉強とオーター様に命じられる無賃労働は到底両立できるようなものではなかった。私の場合はそこに日々の学生生活はもちろん、お屋敷再建プロジェクトの最終作業も追加されるのだ。もうてんてこ舞いで、ほとんど毎日校内外問わず、会う度会う度レインくんに泣き付いては慰めてもらっている。
今日もそうやって泣き付いて、レインくんの優しさに甘えて途中まで着いてきてもらった。お仕事は大丈夫なのかはちゃんと聞いているし、大丈夫だと返事も貰っている。なんなら今から学校に戻ろうと思っていたところだったらしい。
「じゃあ、これ運び終わったらレインくんの執務室行くね。頑張って急ぐから待っててね」
「急がなくていいとさっきも言っただろ。焦らなくても置いて行かねえから、転んで怪我しないように気を付けろ」
「あいあい」
オーター様の執務室も近付いてきたので、レインくんとは別れることにした。最近のオーター様はとにかくピリピリイライラしてるから、私がレインくんと一緒にいるのを見たら「手伝ってもらった」と決め付けて怒ってきそうなのだ。イノセント・ゼロが動き出したからか、それとも魔法不全者であるマッシュくんが神覚者へと徐々に近付きつつあるからなのか、オーター様の纏う空気は穏やかではない。
そんなオーター様を余計に怒らせて罰則が追加されては嫌なので、今度は一人で広い廊下を進んでいく。途中までは背中に感じていたレインくんの視線も、曲がり角を曲がってしまえば感じられなくなった。なんか寂しいなあ。さっきまで一緒にいたのに、もう会いたくなってる。……よし。レインくんにはゆっくりでいいって言われたけど、ちょっとだけ急ごう。
そう思って早足に一歩を踏み出した瞬間、「だからよォ!」と大声で喚きながら狙ったように曲がり角から飛び出してきた誰かに勢いよくぶつかって、相手が跳ね飛ばされた。ついでに抱えていた本もドサドサ落ちて、私も軽く尻もちを着く。わあっ!
「いっ……たぁ」
思わず声を上げながら両手をお尻にあてる。多分今ので四つに割れた。
痛みで涙目になりながらも顔を上げると、廊下に倒れ込むドットくんと、そんなドットくんを見下ろして「無様な……」と吐き捨てるランスくんがいた。この子たち仲悪いのかな?
散らばった本の中、四つん這いで移動してドットくんのそばまで行く。倒れるほどの勢いでぶつかったつもりはなかったけど、本が重いから予想以上にダメージが入ってしまったのかもしれない。
「ドットくん、大丈夫?」
「放っておけ。どうせそのうち勝手に起きてくる」
「そんなこと言ってもさあ……医者としては見過ごせないよ」
「じょ、女子……柔らかい……」
「うーん、大丈夫そうだね」
抱き起こしたドットくんを再び床に寝かせ、ランスくんの手を借りて立ち上がる。「お尻四つに割れてない?」と聞いたのだが、「は?」と真顔で聞き返されたため「なんでもないです」と首を横に振った。迫力だけで言えば既に神覚者並だよ。オーター様とレインくんの「は?」に並ぶ。
立ち上がったばかりだが、床に本を落としっぱなしにしておくわけにもいかず、再び屈んで本を一冊ずつ集めていく。ランスくんも一緒になって何冊か拾ってくれて、その途中で「こんなに大量の本をどこに持っていくんだ」と聞かれた。
「これはね、オーター様の執務室まで運ぶの。ほら、この前校庭で花火が誤爆したでしょ? あれの罰。ランスくんたちも確か校庭の復旧作業任されてたよね。私たちのせいでごめんね」
「気にするな。オレたちの方は初日にマッシュが全て終わらせた」
「聞いてないんですけど?」
マックスくん? あなた、つい昨日会った時にも「お互い頑張ろう」みたいなこと言ってきましたよね? 初日って一週間は前ですよね?
友人のまさかの裏切りに慄く私を見て何かを察したのか、ランスくんは下手くそな咳払いをひとつして強引に話を変えてきた。
「そのマッシュが見当たらないんだが、どこにいるか知らないか」
「さあ、私は会ってないけど……魔法局のどこに用事だったの? 抜け道なら教えてあげられるよ」
「どこに用事というより、口頭試問で来たんだ。オレたちより早く呼ばれたマッシュがなかなか来ないから探していたんだが……」
「……なるほどね?」
簡潔に言うと、口頭試問とは神覚者様と一対一でお話をする時間のことだ。これで落とされることは滅多になく、最終予選と銘打たれてはいるが、実態はお茶会のようなもの。私の場合はライオ様と仲良くお喋りをして、「オレの立場では大きな声で言えることではないが、応援してるからな」と言ってもらって終わった。なんともゆるーい試験である。
たいていの場合、魔法局の人事関係の諸々を一任されているカルド様が試験官となるそうだ。しかし先述の通り立候補制で自由が効き、カルド様以外のお方が試験を担当される場合もある。……あるんだよなあ。
積み上げた本を見下ろし、うーんと唸る。これはあくまでも予想で、あくまでも多分だが、オーター様がマッシュくんの口頭試問を担当されている。そして、オーター様にはマッシュくんを最終試験へと通すつもりなどない。
よろよろと起き上がって「今のは夢か……? あの女子の温もりと柔らかさは幻か……?」と喋っているドットくんを敢えて無視して、頬に人差し指を当てながら口を開いた。
「マッシュくんがいる場所はなんとなく分かるし、私なら見つけられると思う。でも君たちを連れていくと下手したら乱闘になりかねないし、口頭試問の妨害は結果としてマッシュくんの失格に繋がりかねない」
オーター様ならばそれぐらいのことはするだろう。それはマッシュくんの望むことではないし、ランスくんとドットくんだってそこまでしたいわけじゃない。無言になった二人を順番に見つめ、私は本を再び抱え直した。
「君たちはここで待ってなさい。この本を置いてくるついでに、探すだけ探してきてあげる。それでもし見つけられたら、君たちが探してたって伝えるよ」