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「ホンットにありえない! 私今日デートだったのよ⁉︎ なのにコレ! こんなとこまで来て、ここからも聴取!」
「ああうん大変だったねー」
「アンタはいいわよねェ⁉︎」
「はいはいそうですねー、そこ邪魔だから退いてねー」
「ガーッ! むかつくっ!」
 そう叫んだ痴女は、それでも素直に医務室の端に寄ると壁をローファーの爪先でカツカツ蹴り始めた。相当苛立っているらしい。まあ、デートを邪魔されたら嫌にもなるよね。それは私も分かる。
 ここは我が校の医務室である。先程行われた神覚者選抜最終試験の開会式で色々あって、一人の怪我人が出た。……出たというよりも現れた、か?
 とにかく、私と父上は現在その怪我人の治療に当たっており、怪我人と同級生で事情を知っているらしい痴女、そして私たちの補助役として先輩もこの医務室にいる。なんでもこの後、神覚者様が直々に話を聞きにいらっしゃるそうで、それならと痴女も残っているのだ。一人は嫌なんだってさ。
 別にさして興味はないのだが、治療の合間に病院への連絡や搬送と受け入れの準備を進めながら「相手誰だったの?」と痴女に聞くと、「一年の男子」と返ってきた。予想通りの返答である。
「相変わらず年下好きだねえ」
「違うわ。生意気な年下が好きなの、私は」
「何が違うの?」
「生意気のあるなしは大きいでしょ」
「ちょっとよく分かんない」
 痴女はそこに並々ならぬ拘りがあるようだが、私的には謎である。だから素直な気持ちを打ち明けたのだが、なんと怪我人の治療を進めていた父上が「その趣味はお母上譲りか」と痴女に向かって声を掛けた。思わず顔を上げて父上を見る。父上自身はまっすぐに怪我人を見下ろして治療を続けていたが、私たちのサポートをしていた先輩も驚いたような顔で父上を見ていたから、聞き間違いでは無いらしい。
 驚く私たちを他所に痴女は壁を蹴るのをやめ、「ええ」とため息混じりに呟いた。
「私の母もそう言って父を選んだのだとか。よくご存知ですね」
「君のお父上とは学生時代に何度も顔を合わせていたからな。君のお母上がお父上に求婚した時にも同席していた。気になるなら聞かせるが」
「いいえ、結構です。母から何度も聞かされていますから」
 食い気味にそう答えた痴女に父上は少し笑いながら「だろうな」と言い、「懐かしいな」と呟いた。
「久々に母校に来て色々と思い出した。妻と君のお父上は開会式で会場を半壊させ、本試験でも会場を半壊させた。その度に何故かオレも一緒に怒られたんだったな……」
 うーん、思い出の全部が破壊行為?
 心底懐かしむような声音で話す父上にそんなツッコミを入れるのは躊躇われるけど、それはどう考えても美しい思い出ではない。楽しい思い出ではあるのかもしれないが……。
 思わず痴女と目を合わせて軽く首を傾げ合う。私たちの親、ヤバいよ。ね、ヤバいわね。
 そうアイコンタクトを交わし合っていると、先輩がふっと笑って「ならこの二人のやらかしは遺伝か」と言った。多分、去年私たちがあのお屋敷を全焼させた時の話をしているんだろう。責任を取って完全に修復したけど、その話をされるとやっぱりちょっとは気まずいな。
 そう思っていると、父上が口を開いた。小言言われるかなー、やだなー。
「いや全然違うが?」
 あれれー? 思ってた反応と違うぞー?
 顔を上げた父上はわざわざ手を止めて「全然違う」と繰り返すと、「オレたちの代ではあそこまでの被害は出していない」と堂々と言った。
「あくまでも半壊だ。だがお前たちは全壊全焼。お前たちの方がやらかしているだろう」
「それそんなに堂々と言うことじゃないからね?」
 どうしてそんなことでそこまで威張れるんだ。どう考えたってどっちもどっちだろう。
 私の言葉を全く聞こうとせずに謎にドヤ顔を続ける父上を見て、痴女は「アンタって両親の要素を色んな意味で受け継いでるのね」とぽつりと呟いた。おい、それどういう意味だよ。褒められてないのは分かったぞ。

 +

 カルド様がやってきて聴取が始まり、まもなくして私は医務室から追い出されてしまった。「ここでじっとしていても暇だろうし、散歩でもしてきたらどうかな」とカルド様には言われたが、つまりは「うるさいから出てって」ということである。痴女と私が揃うとぴーぴーとうるさくなることを、カルド様は半年以上続いたお屋敷再建プロジェクトですっかり学ばれたようだ。
 父上にも先輩にも「そうだそうだ」とばかりに背をつつかれて、流されるままに医務室から出たが、行き先がない。散歩をしてこいと言われたって、ここは私が普段通っている学校だ。三年間も通った学校で散歩? どうして? って感じ。
 しかし医務室に戻るわけにもいかないし、だからといって寮に戻る気にもなれない。仕方なく廊下をふらふら箒で進んでいると、近くにドミナの魔力を感じた。どうしてここに、と思いながらもそちらへと向かうことにする。
 時間にするとほんの数秒ほどで私はドミナの魔力の元へと辿り着き、視界にも窓の外をぼんやり見ているドミナが入ってきた。まだ少し距離はあったが、私の気配に気付いたのかこちらを向いたドミナが一度瞬きをしてからにっこり笑う。
「姉上。どうされましたか」
「ドミナがいるなー、って思ったから来ちゃった。何見てたの?」
「特に何も。医務室での仕事は終わったんですか?」
「そんなことも知ってるんだ? 終わったって言うか、追い出されちゃったよ。私は邪魔なんだってさ」
 わざとらしくため息をついて、箒の上で大袈裟に肩を竦めてみせる。ドミナはそんな私を見てくすくす笑うと、「では少しおしゃべりしませんか」と提案してきた。もちろん私もそのつもりだったので一も二もなく頷いて、少し残っていた距離を詰める。そのまま先程ドミナがそうしていたように窓の外を見てみたのだが、確かに冬の空があるだけで面白いものはなかった。うーむむ。
「……あ。あの雲の形、イルカに似てる」
「イルカ……というより、シャチでは?」
「イルカとシャチって見分けるの難しいよね」
 変にかっこつけた声で言ってみたが、ドミナは「確かに」と思ってもいなさそうな相槌を打つと、雲から私に視線を移した。私もドミナを見つめ返して軽く首を傾げる。なんでしょうか。
 ……こうしてじっくり見ると、あの子と本当によく似ている。痣の形と、つり目かたれ目か、それから髪の長さぐらいしか違いがないかも。さすが双子だ。……そうだ、双子と言えば。
「ドミナの誕生日はいつ?」
「……五月十一日ですが、それがなにか?」
「別に、知りたかっただけ。五月かあ……過ぎちゃったね。プレゼントは来年だ」
 いっぱいあげるね、と続ければ、ドミナはそれまで浮かべていた笑顔を引っ込めてなんとも言えない表情になった。しきりに瞬きを繰り返している様子を見るに、もしかしたら驚いているのかもしれない。
 私は一度ドミナから目を逸らし、また窓の外を見下ろす。変な形の雲。冬の冷たい風。五月はまだ先である。
 十七年分の誕生日プレゼントって選ぶのが大変そうだけど、楽しそうでもある。これは姉上の腕が鳴るね。
 何も言わないドミナに「何が欲しい?」と聞いたのだが、ドミナは「何が……」とオウム返しにするばかりで答えようとしなかった。
「なんでもいいよ。思い付かなかったら、今まで何をもらって嬉しかったとかそういうのでもいい。参考にする」
「……貰ったことがないから、分からない」
「あらら。じゃあ私からのプレゼントが初プレゼントってこと? 責任重大だあ」
 下手なものを選ぶとドミナのプレゼントのイメージがマイナスになってしまうかもしれない。重大ミッションだな。絶対に失敗が出来ないやつ。
 そう考えると五月までというのもあまり時間がないかもしれない。悩んでいたらすぐに当日が来てしまいそうだ。しかも、来年からはその日も妹の誕生日として祝うんだからダブルで大変。
 あの子は出生に関する記録も全て燃え尽きてしまっているから誕生日も分からなくて、これまでは家に来てくれた日を誕生日として祝っていた。でも今年からは生まれた日と家に来てくれた日の二日間があの子の誕生日。……平等性を維持するためにはドミナの誕生日もふたつあった方がいいのかな……?
 そんなことを思っていると、ドミナがじっと私を見つめていることに気付いた。それもなんとも言えない表情を浮かべている。困っているような、迷っているような、そういう顔だ。
「どうしたの?」
「……あなたのことがよく分からない。僕はあなたを殺そうとしたのに、何故僕の誕生日を祝おうとするの?」
「んー? 私が姉上だから、私たちは家族だから……かな?」
「……僕の家では誕生日を祝うという習慣はなかった。僕の家族もみんな誕生日なんて気にしてないと思う」
「そうなんだ。でもねー、ウチは盛大に祝うタイプの家だよ。ご馳走が並ぶので、楽しみにしててね」
 そっちはそっち、こっちはこっちだ。私たちは誕生日をお祝いするタイプの家族で、イノセント・ゼロたちの方は祝わないタイプの家族。どっちがドミナに合うかは、どちらも試してみなければ分からない。
 意表を突かれたような顔をしたドミナはすぐに私から目を逸らすと斜め下を見て、「リンゴは好きです」と小さく呟いた。リンゴ!
「いいね、私もリンゴ好き! リンゴだとー、アップルパイとか? リンゴ味のクッキー……も、作れるな。よーし、姉上が腕によりをかけて美味しいお菓子いっぱい作ってあげる!」
 姉上はねー、お菓子作りは得意ですよ。お友達にもレインくんにもすごく好評なんです。きっとドミナにも美味しいって思ってもらえると思う。
 自分でも分かるぐらいににこにこ笑いながらドミナをじっと見つめていると、ふと背後からドタバタと騒がしい足音がした。そして直後には「姉上!」という元気な声。うーん、可愛い妹が来たようだ。
 振り返ってそちらを見ると、ちょうど妹が駆け寄ってくるところだった。というか物凄いスピードで走ってくる。
「廊下は走っちゃダメだよー」
「申し訳ございません、はしたなかったですね。あの、今みんなでトランプをやってるんです。良ければ姉上も参加され……アァ⁉︎」
「えっ何」
「その男はなんですか⁉︎」
「ドミナだよ。さっきもいたでしょ」
 突如叫び出した妹に驚いたのか、ドミナはサッと私の背後に隠れた。あらあら。怖かったのかな。
 私の肩を掴んで隠れているドミナとは正反対に、妹は歯茎を剥き出しにしてドミナを威嚇している。この子は本当に元気だなあ。
「私の姉上に触るな!」
「突然現れて何を言うかと思えば……この人は僕の姉上だよ」
「はあ⁉︎ 貴様、私の弟なんだろう⁉︎ 弟が姉に逆らうな!」
「違う。君が僕の妹だ。僕は君の兄」
「絶対に違う! 私の方が姉だ! 貴様は弟!」
「話にならないな。姉上、この馬鹿な妹に言ってやってくれませんか?」
「いいえ姉上、この愚弟に現実というものを教えてやってください!」
「ええ……とりあえず仲良くして?」
 二人に挟まれてその勢いに押されつつもなんとか平和的解決を目指したのだが、二人は顔を見合わせて同時に鼻で笑うと「仲良く?」と全く同じタイミングで呟いた。そしてその直後に「真似するな!」「真似しないでくれるかな」とまた同じようなタイミングで似たようなことを言う。仲良しじゃん。

ふたつおりのひとひら