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「おい、起きろ」
「うーん……」
「起きろってば」
「んー、あと五時間……」
「寝過ぎだ馬鹿。外見ろ、外。おもしれーことになってるぞ」
「焼き鳥が卵に戻ったとか……?」
「それはおもしれーどころの話じゃねーだろ」
せっかく気持ちよく寝ていたというのに、あれこれ声を掛けて起こしてくる先輩のせいで変な風に目が覚めてしまった。のそのそとベッドから降りて、先輩が見ている窓の外を私も見る。面白いものって何。焼き鳥の大軍……?
夢に引きずられた思考のまま、目を擦りながら外を見ると、何故か分からないが人が沢山いた。……なんでだ? ここ学校だよね?
周囲を見渡したが住み慣れた寮室に間違いないし、先輩はいつものように楽しそうにお酒を飲んでいるし、私は寝た時の記憶のままパジャマ姿。ついでに私が今降りたばかりのベッドの隅の方ではミニブタが腹を丸出しにして爆睡している。昨日弟妹たちがあれこれと揉めるのを仲裁した時に頭をぶつけたとかでもないし、状況証拠的にもここはやはり学校のようだ。
現状に驚いている間に目も覚めてきて、もう一度じっくりと外を見る。うーん。やっぱり人が沢山いる。それも学生ではなく、一般の方のようだ。その人たちは大体手に紙を持っているようである。
「ねえ先輩、あの人達が持ってる紙、なんですか? 通行チケット?」
「いーや、アレは新聞。出版社がリークを受けて号外を出したんだ。おら、これ」
「ありがとー。えーっと、なになに……魔法不全者が……あーうん大体分かった」
ちょっと見出しを見ただけで、内容までちゃんと予想することが出来た。マッシュくんのことでしょ。今魔法界で号外が発行されるほどの話題性を持った魔法不全者はマッシュくんしかいない。
理由が分かって気が緩んだからか、ふわりと欠伸をしながら号外を先輩へと返す。先輩はクシャクシャに丸めるとゴミ箱に放り投げていた。先輩も既に読んだあとだったらしい。
窓のそばに置いた椅子に座って酒を飲んでいる先輩から、窓の外の民衆へと視線を移す。よく集まったなー。校庭が人でびっしり。みんな口々になにか言っていてよく聞こえないけど、「魔法不全者は退学にさせろー」みたいなことを言っているらしい。ありがちー。
「この人たちさ、後天的に魔法が使えなくなる病気が流行ってるんだよーって知ったらどうなるんだろ」
「んー……家から出なくなるとかか?」
「かなあ。ま、感染性かどうかも分かってないんだけどね」
ランスくんの妹であるアンナちゃんに協力してもらって分かったことは、ウイルス性の病気なんじゃないかなーということぐらい。前例がないし、そもそも魔法不全者はどこの家も隠匿してしまうせいで症例が集まらず、研究は前にも後ろにも進んでいない。
アンナちゃんにはひとまず症状が進まないようにと父上と私とババ上で考えた治療法を試してもらってるけど、効いているのかどうかも分からないのが現状だ。医者としては不甲斐ない限りである。
個人的にはロヴィくんの症状もアンナちゃんのそれと似ている気がしてるんだけど、あそこは家が家だからね。現役魔法局長の息子が後天的でも魔法不全者になるかもだなんてセンシティブなニュースすぎて、気楽に研究に参加してもらうわけにはいかず、たまーにロヴィくんと私とでコソコソ検査をしたりするぐらいしかできていない。
「あたしが調べた感じだと、噂にはなってるみたいだけどな。何人かそれらしい症状の患者もいるらしい」
「あー、町医者にそう診断されたーってやつね。そういう地域に密着したお医者さんならもうちょっと詳しい症例も知ってるかもしれないけど、そういう人たちは私たちみたいなのには話聞かせてくれないからなあ」
守秘義務を盾にされると私たちも強くは出られない。良くも悪くも魔法局と色々な意味で距離が近い我が病院は、私と父上が「魔法不全でもいいんじゃない?」といくら主張したって、他所から見れば魔法不全者を受け入れる気なんてないように見えるのだ。発言権がなきゃ話にならないことも多々あるけど、発言権があるせいで話を進められないこともある。この件は正にそれだ。
そんなこんなで、ランスくんとアンナちゃんには悪いが研究はあまり進んでいない。時間が経てば経つほど悪い方向に進んでいくことなので出来れば早く進展させたいんだけど、どうにもね。ババ上……ではなくて、ひいおばあ様も色々調べてくださっているから一旦そちらの結果待ちだ。
上手くいかない現状に思わずふうとため息をつくと、そんな私を見て先輩は小さく笑い、「酒飲んで辛いことは忘れちまえ!」と声を上げた。
「私未成年だからお酒無理」
「あたしはお前の歳には飲んでたぜ?」
「先輩はね? 私は先輩とは違うんですー」
「つれねーヤツ。お前は酒強いと思うんだけどなあ。ま、勘だけどよ」
根拠の無い勘で話をする先輩に呆れていると、外でざわめきが起きた。おっ? 慌てて視線をそちらに移すと、民衆が私たちの更に上に向かって石を投げ始めている。うわあ。上に誰かいるのかな。マッシュくん?
流石に距離がありすぎるからか、母上譲りの私の特別な目でも誰が石を投げられているのかは分からなかった。でも可哀想なので、杖を一振りして空を飛んでいる石を全てスポンジに変えてしまう。石みたいなチョコにしようかとも迷ったけど、それは多分ぶつけられたら痛いだろうからスポンジにしておいた。もちろん食べられない方のスポンジね。でもふわふわだよ。
空中のある地点でスポンジに変わるような魔法にしたから、多分投げてる側は自分の投げたものが途中で変化しているなんて分からないだろう。いやー、いいことしちゃったな。
思わぬところで善行をしてしまって得意気に笑っていると、横から手が伸びてきて窓が閉められてしまった。「飛んでる石見ながら飲む酒はまずい」だって。はいはいそうですか。私は二度寝しよーっと。
+
「おい、客」
「ええ……」
二度寝し始めたばっかりなんですけれども。
空瓶を構えた先輩に叩き起こされて、渋々ベッドを降りる。なに。客? それどうしても今じゃなきゃダメな用事?
何度も眠りを邪魔されて結構不機嫌になりながら、薄らと開いたドアから目だけ覗かせた。くだらない用事だったら許さない。
「あ、先輩……寝てましたか? ごめんなさい、出直します!」
「出直すな。姉上、レモンが怪我をしたんです。治療をお願いしたくて……今よろしいでしょうか?」
「うん、全然平気! 入って入って」
廊下に立つ二人を見た途端にご機嫌になってドアを開けた私を先輩が鼻で笑うのが聞こえたが、敢えて無視した。人によって態度を変えて何が悪いのか。これがレインくんだったら飛びついておはようのキスもしてたぞ。私はね、現金な人間なの。
妹に肩を抱かれるようにして部屋に入ってきたレモンちゃんは、物珍しそうにきょろきょろと辺りを見渡している。そっか、レモンちゃんはこの部屋に来るのは初めてか。なんだか初々しいな。私たちが留守の間にも勝手に部屋に入ってる妹なんてほら、我が物顔でソファーに腰掛けてるよ。
妹に促されるままにソファーに座ったレモンちゃんの前に膝をつき、その手を取る。見た限りでは、怪我は左手の内側についたこれだけのようだ。既に血は止まっているし、私ならこれぐらいは傷も残さずに治せる。
「どうです姉上、傷は残りませんか」
「うん。すぐに治るよ。何かで切ったみたいな傷だけど、料理とかで失敗しちゃった?」
「いえ、石を投げらちゃって」
「あー、さっきの! ごめん、一応全部スポンジに変えたつもりだったんだけど……その前にも投げられてたのか」
投石反対! 女の子にまで石を投げるなんて、野蛮な連中め。家を特定して窓ガラスに向かって手のひら大の石とか投げ付けるぞ!
ぷんぷん怒りながらレモンちゃんの手に杖先を押し当てて治療をしていると、同じように怒っているらしい妹が「本当に有り得ません」と声を荒げた。
「連中はやることなすこと全てが卑怯です。魔法不全者を罵る前に、魔法が使えても弱く愚かな己を恥じるべきだ。それすらしないで人を蔑み見下し、剰え傷付けるなど言語道断。これだから弱者は嫌になる」
顔を歪めながらそう言った妹に、困ったような顔をしたレモンちゃんは「そんなに怒らないでください。先輩が治してくれたから、私は大丈夫です!」と妹の顔を覗き込んで言う。妹はそれを見て僅かに表情をやわらげると、「ならいいが……」と呟いた。
あらあら、仲良しだなあ。さすが先のベストカップル賞で審査員特別賞を受賞した二人なだけある。「一生仲良しでいて欲しい」などと匿名のコメントが寄せられていたが、この調子ならそうそう喧嘩もしなさそうだ。姉上もね、あなたにお友だちが増えて穏やかに暮らしているのを見ると嬉しくなるよ。
目を覚まして寄ってきたミニブタを膝に乗せてはキャーキャー喜んでいるレモンちゃんと、そんなレモンちゃんを微笑んで見守っている妹に、私の心はほんのりと暖かくなった。先輩も微笑ましげな表情を浮かべて酒を飲んでいる。……おい! 場の雰囲気に呑まれてついつい流されそうになったけど、二人の美しい友情を酒の肴にするな!