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「レインくん、お腹すいてない? 寒くない? 暖房つけようか? あ、クッキーあるんだよ、一緒に食べようね。はい、あーん。……美味しい? ねえねえ、もうちょっとそっち行っていいかな。手ェ繋ぎたいな」
「ああ」
「やった! えへへ」
 三人で掛けてもまだ余裕のありそうなソファーの、わざわざ端っこを選んで座ったレインくんにぎゅっと距離を詰める。そのまま腕を組んでしまってもレインくんは何も言わず、なんなら肩にこてんと頭を乗せてもやんわりと手を握られるだけで「離れろ」とは言われなかった。つまりこのままでいいってことだ。
 膝に乗せていたクッキー缶にレインくんの空いている方の手が伸びて、迷いなく一枚のクッキーを掴む。そのクッキーは私の口元に運ばれてきたので、遠慮なく食べさせてもらった。……美味しい!
 レインくんを見つめ、「美味しいね」と声をかける。レインくんといるとそれだけで嬉しいし楽しいし、ずっとニコニコしてしまう。恋って不思議だ。
 緩く口角を上げたレインくんが「そうだな」と言ってくれたのでもっとご機嫌になっていたのだが、反対隣から空気の読めない声が飛んできた。
「あんなに話しかけられて返事『ああ』だけなのに良く満足できるわね、アンタ。私ならもっとマメに返事をしてくれる男がいいわ」
「誰も痴女の好みとか聞いてないんですけど。っていうかレインくんをそういう目で見ないでくれます? 私はおしゃべりがちょっと下手なレインくんのことも好きなの」
 うりうりとレインくんの頬をつつきながら、横目で痴女を睨む。私たちが二人でほとんど一人分のスペースでぎゅっとくっついているせいで広々としたソファーにふんぞり返っている痴女は、肩にかかった髪を大袈裟な仕草で払うと「理解できないわね」と呟いた。
 ここは例のお屋敷の地下にある、外からは分からないように隠された一部屋である。誰かが地下迷宮に辿り着いたら、地下迷宮の特性上、ゴールでは神覚者様が挑戦者をお出迎えしなければならない。今年はライオ様がその担当をされるはずだったのだが、先日ドミナがセント・アルズで大暴走をした件を受け色々とやらなければならないことがあるらしくて、急遽お役目は第二候補だったレインくんへとスライドしたのだ。
 私と痴女はお屋敷再建プロジェクトのメンバーとして、もしお屋敷がまたぶっ壊れたりしたら簡易的でいいから修繕してね、と頼まれてここにいる。もう一人のメンバーであり私たちのボスであるカルド様は少し遅れて到着されるご予定だ。
 それからアレね。調子に乗って難易度を上げすぎた地下迷宮で人死にが出ないよう、お助け係もすることになってます。
 魔法局で三人で合流してすぐ、何があっても痴女がレインくんを好きになってしまうことがないようにずっとレインくんにくっついていようと決めたのだが、どうやらその心配は杞憂だったようだ。言われてみればそうだよね。レインくんって痴女の好みからはいい感じに外れてる。
 されるがままに私に頬をつつかれながらもクッキーを食べさせてくれるレインくんに甘えていると、反対側の肩に突然痴女がしなだれかかってきた。
「なに?」
「仲間外れにされてるとムカつく」
「子どもか」
「なんとでも言いなさい。あ、試合始まるわよ。……やっぱりヴァルキスのあのロン毛、生意気そうな顔してるわよねえ」
「レヴィのこと? ストライクゾーン広いなー」
 レヴィは確かに生意気だし、私たちの一つ下。痴女の好みの「年下の生意気なガキ」ではある。
 私を挟んでドン引きした視線を向けてくるレインくんに気付いているであろうに敢えて無視した痴女は、私に寄りかかったまま「それに比べてイーストンは生意気なガキが多くて最高」と真剣なトーンで言った。
「私たちの後輩を性的な目で見ないで」
「愛は自由よ」
「相手の意思がついてきてないでしょ」
「それは後からでも平気なの」
「絶対平気じゃないと思う」
 そんなんだから後輩から「馬鹿とは交際できない」みたいなこと言われるんだよ。しかもそこで怒って殴りかかったとか、やってることが野蛮だ。私とレインくんみたいに、喧嘩をしたら話し合いとハグとキスで解決するべきでは?
 同意を求めようとレインくんへと視線を移したのだが、レインくんは真剣にモニターを見ていて下手に声を掛けるのは躊躇われた。私も再びレインくんの肩に頭を預け、モニターをじっと見つめる。試験は早速始まったようで、それぞれの学校の生徒たちは既にお屋敷内に入っていた。
 動きがいちいち派手だからか、マッシュくんとドットくんはよくカメラに抜かれる。二人の反応が面白くてクスクス笑っていると、二人が相対している壁が「エフエフ」と笑い出した。変な笑い方ー!
 余計に笑っている間にも試験はどんどん進み、壁は陰喰者を吐き出した。笑い方といいなんといい、変な壁だなあ。
「あそこって誰が担当した区画? あんな面白い壁設置するって話しあったっけ」
「私が担当した区画ね。でもあんなセンスの悪い壁は仕込んでないわ。私だったら人喰い壁を設置する」
「それも十分センス悪いよ」
 喋る壁と人喰い壁、どっちもどっちだ。
 私と痴女がそんなことを話していると、モニターの向こうで陰喰者によって瀕死にさせられたウサちゃんを見て顔を顰めながら、レインくんが口を開いた。
「……去年とは明らかに課題のレベルが違う。レヴィ・ローズクォーツが父親に頼んだんだろう。アイツの父親は魔法局局長だ。試験会場への細工を支持するぐらい容易い」
「ふーん……待って、それって下手したら私たちが試験会場に細工した罪を被せられるやつ……?」
「まあ、それも有り得なくはないわよね。私たちそれぞれ魔法局の高官に目を付けられてるもの。特にアンタはあのロン毛を殴ったことがあるって言ってなかった?」
「殴ったっていうか、適度に躾けたっていうか……ええ……躾の代償がデカすぎる……」
 だってさあ、レヴィが先輩の敬い方ってものを知らないから……教えてあげるのが先輩の役目かなって思って……。それがまさかこんなことになるなんて思ってもいなかったんだよ……。
 まだ起きてもいない冤罪事件に怯えて半泣きになっていると、ずっと繋いだままだった手が強く握り直され、レインくんが「お前のことはオレが必ず守る。何も心配しなくていい。だから泣くな」と力強く言ってくれた。その真剣な表情と眼差しに場違いにもキュンキュン胸が疼き、私は熱に浮かされたような声音で「うん」と答える。レインくん、大好き……。
 ぴとりとレインくんに寄り添って熱っぽいため息を吐き出す。レインくんったら、私を喜ばせるのが上手なんだから。
 痴女が「ちょっと私は? 私は守ってくれないわけ?」と言っているのを無視してレインくんにくっつき続けていると、ふとその体から少し力が抜けるのが分かった。何があったのかと思ってモニターを見れば、陰喰者を倒したらしいマッシュくんが干からびたウサちゃんにシュークリームを与え、それを食べたウサちゃんは元気に復活していた。
 ぴょこぴょこと飛び跳ねるウサちゃんを見つめるレインくんの眼差しは優しい。それを見ているとまた胸がキュンとした。かっこいいだけじゃなくて可愛い。そして優しい。やっぱり大好き。
 すっかりレインくんだけを見つめている私に何か言うのは諦めたのか、痴女は「倒しちゃったわね」と呟いた。私もそれには「ねー」と返す。マッシュくん、陰喰者も倒しちゃったよ。
「でも倒せないよりかはいいんじゃない? 倒せなかったら私たちの仕事が増えるわけじゃん」
「それはそうだけど、倒し方も分かってる、なんならさっき倒した魔物と再戦ってどうなのって話。面白くないでしょ」
「まあそれはねえ……あ、レインくんには言ってなかったね。地下迷宮でトラップとして陰喰者も放し飼いにしてるんだー。死霊もいるよ」
 捕まえてくるの大変だったんだよ、と続ければ、レインくんは呆れたっぷりにため息をついた。
「学生相手の試験だぞ。やりすぎだ」
「でも地下迷宮はボーナスステージだから……それにカルド様もライオ様もノリノリだったよ?」
「あの人たちは……いいか、まず去年の試験内容を思い出せ。陰喰者や死霊のような危険な魔法生物がいたか?」
「私は遅刻してきたから分かんない。だからいた方に賭ける」
「賭けるな。いるわけがないだろ。あくまでも学生に対処可能な魔法生物しか屋敷内にはいなかった」
「でも今年はもう既に陰喰者が出てるよ。つまり今年はいいってことじゃない? レインくんの予想通りなら、魔法局長直々に『陰喰者はセーフだよー』って言ってくれたってことじゃないかな」
 あの人も案外良い人だね。私と顔を合わせる度にゴミを見る目で見てくる魔法局局長の顔を思い出し、うんうんと頷いた。レインくんはしばらく呆れ顔で私を見下ろしたあと、諦めたのか「死人が出る前に止めに入れ」とだけ言ってまたモニターを見た。どうやら話は終わったらしい。そこは心配しないで欲しいよね。私は任された仕事はちゃんとやるよ。
 自分は怒られないようにか不自然に黙りこくっていた痴女は、暇そうに欠伸をしながら「ヴァルキスはバラけてるのね」とぼんやり言った。ドミナのことだろう。
 あの子はねー、賢い子だから多分先に一人で宝箱を探しているんだと思う。そういうやり方もありな試験なのだ。私も去年はレインくんを先に行かせた。……でもそれだとヴァルキスの他の生徒たちは神覚者になるつもりはないってことになるのかな? それって有り得る? 私とレインくんのような関係性ならまだしも……。
 うーんと悩んでいると、ふとどこからか視線のようなものを感じた。ん? 天井……床……いや、扉?
 振り返って背後にある扉を見つめた。この部屋は外からここに部屋があることが分からないようにとかなり厳重に秘匿されている。それは裏を返せば中からも外の魔力を察するのは困難だということ。母上譲りのこの特殊な目があってもよく分からないぐらいだ。
 だが、誰かがそこから私たちを探っている……そう感じるこの勘は、絶対に私に嘘をつかない。
 レインくんの手を解き、懐から杖を引き抜きながらソファーの背もたれを飛び越える。マッシュくんとレヴィの戦いを見ていた二人は、私が突如動き出したことに驚いたのか似たようなタイミングで私の名前を呼んだ。軽く振り返って二人を見つめ、立てた人差し指を口元に当てる。そのまま扉を指差すと二人は真面目な顔になり、揃って杖を抜いた。
 杖を構えたまま足早に扉に近付いたのだが、追い掛けてきたレインくんに手を掴まれ、自分がやるとばかりに首を横に振られた。なら任せるけど……。
 レインくんが扉に手を掛ける。視線は相変わらず感じたままだ。誰かが外にいる。
 骨張った手がドアノブを掴み、捻ろうとして──出来なかった。何かに引っかかったようにドアノブは最後まで回りきらず、途中で止まってしまう。これまでとは違った沈黙が部屋を満たした。
 一度自分の手元を見下ろしたレインくんはすぐに顔を上げ、勢いよくドアノブを回しドアを開けようとしたもののやはりドアは開かない。私もドアノブに手を掛けたが全然ダメだ。駆け寄ってきた痴女がドアを押してもうんともすんとも言わない。……閉じ込められた!
「ちょっと、開けっ、あ、開けて⁉︎ っていうか誰⁉︎ なんで閉じ込めるの⁉︎ 私たち何かした⁉︎」
「退いてろ、無理矢理開ける」
「待ちなさい、それはダメ! 地下は元々地盤が不安定なの。下手に扉を壊すと屋敷自体が崩れるかもしれないわ。ねえ、アンタの目ならなんの魔法が使われてるのか分からないの?」
「いや、あの、ここの部屋は外からも中からも魔力感知がしにくい作りになってて、その魔力感知がしにくい作りっていうのはライオ様と母上が昔作った仕組みを元にしてるのね。つまり、『母上の目を無効化できる仕組み』なんだよお……」
 ライオ様は「結局先生の目を完全に封じることは出来なかったがな」と懐かしそうに笑っていたが、完封することは出来ずとも効果は抜群である。母上と同じ目を持っている私も、扉の向こう側でどんな魔法が使われているのかが全く分からない。分かるのは、魔法が使われているということ。それから、多分鍵も掛けられているってことぐらいだ。
 固有魔法で剣を呼び出していたレインくんは、痴女が必死の形相で物理攻撃を止めたので渋々剣をしまい、伝言ウサちゃんを取り出すと魔法局に連絡を始めた。痴女も頭を抱えながら鍵開けの魔法など思いつく限りの解除方法を試している。私も扉に手を当てながら、まだ向こうにいるらしい下手人に向かって声掛けを続けた。
「まずは話し合おう⁉︎ そのためにもここ開けてくれないかな! ねえ……えっ、ドミナ⁉︎ もしかしてそこにいるのドミナだったりする⁉︎」
「はあ⁉︎ 何言ってんのアンタ、とうとう頭おかしくなった⁉︎」
「いや違くて、こう、向こうからもここに手当ててるっぽくて、なんかそれがドミナの手っぽいんだって! 分かる⁉︎」
「分かるわけないでしょ!」
 ギャンギャン叫び合っていると、電話をしていたレインくんに「うるせえ」と怒られてしまった。ごめんなさい! でも叫び続けます!
 向こうにはこちらの声が聞こえているのか、名前を叫んだ瞬間に扉から手は離れてしまった。でもそれが逆にドミナであることの証左のように思えて、私は「ドミナ!」ともう一度声を掛ける。
「姉上はドミナと、ちゃんと顔を見て話したいな! ドミナお願い、もう一回閉じ込めてもいいから顔見せて! 姉上はあなたを一人にしたくないよ! ドミナ……あー、行っちゃった」
「そりゃそんなにうるさく騒がれたら嫌にもなるでしょうよ! アンタの弟は本当になんなの? 嫌な思いしかさせられてないんだけど!」
「ごめんねー」
「軽いのよ!」
 もう一度レインくんから「うるせぇっつってんだろ」と怒られて、ようやく私たちは黙った。うるさくしてごめんなさい。

ふたつおりのひとひら