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 神覚者選抜最終試験の会場であるお屋敷の秘密の部屋の一室に閉じ込められた。レインくんと痴女と思いつく限りの解呪魔法は試したが全滅。扉も鍵もうんともすんとも言わず、事態を重く見たライオ様が急いでこちらに向かってくれてはいるそうだが、それにもまだ時間が掛かる。
 なのでもうなんとなく諦めモードに入り、また三人でソファーに並んで試合を観戦していた。今はねー、ちょうどドミナとマッシュくんが戦ってるところ。どっちも頑張って欲しいな。
 アビスくんやドットくんという重傷者も出てしまい、医者としては正直すごく駆け付けたい。でも部屋から出れない。これがジレンマというやつかな。ここから出たらドミナのことはちょっと怒ります。姉上の仕事を邪魔しちゃダメでしょ。
 しかし、どうにも手を出せないというのは逆に心が落ち着いてくるもので、私たちはなんとも穏やかに観戦している。時折「自分ならここでああする」「あの初級魔法を応用してみてはどうか」なんて話もしているぐらいだ。しかもちゃんと三人揃ってクッキーをむしゃむしゃ食べてるからね。上では戦闘が行われているなんて信じられない穏やかさだ。
 頑張って再建したお屋敷が破壊されていくことに思うところはあるが、それは仕方のないことだ。次の再建は、今回破壊した皆さんにお任せしよう。マッシュくんはそういうの得意だってみんなから聞いてるから期待してるよ。
 ぼけーっとモニターを眺めていると、さっきから怒りっぱなしのドミナがとうとうサーズまで解放していた。おお、すごい。さすがだなあ。
「当たったら痛そー」
「アレをその反応で済ませられるのはアンタぐらいよ」
「だろうねえ。私はある程度なら全部オートで治せるから」
 固有魔法を使って痛みを魔力へ、その魔力を回復へと変えてしまえば半永久的に無傷で居続けることも可能だ。問題があるとすればそれだけ固有魔法を展開するためにはそっちに注力しなきゃいけないから、攻撃が出来なくなるであろうことぐらい。そうなればいつかは負けるだろう。
 真面目に感染しているレインくんにもたれかかりながらも、痴女とそんな話をする。クッキーを口に放り込み、モニターをじっと見つめた。映像越しでも分かるほどにドミナの纏う気配は重々しく恐ろしいものだ。そして余裕がなさそうに見える。戦況はドミナに傾いているように見えても、その焦りがマッシュくんの優位さを示しているのだろう。難儀なものだ。
 サーズはなあ。私もまあ、使おうと思えば多分使えちゃうんだけど、サモンズまでで間に合ってるからな。ひいおばあ様に修行という名目でボコボコにされていた時に一回サーズが出かけてしまったことがある。あれは本当に驚いた。だってなんか出てきたからね。「えっ、そんな自然に出てくる?」って思った。
 それに、これも多分だけど私のサーズは戦闘向きではないと思う。使うなら私は完全に後方支援に回ることになる。それって私の戦闘スタイルとはあってないんだよね。私は前線で強者と命のやり取りをしていたい。
 ぼんやりそんなことを考えていると、ドミナとマッシュくんの戦いは終わってしまったようだった。二人は手を取り合っている。仲直りかな。いいな、兄弟っぽい。そういうの憧れる。私たちは本当に喧嘩とかしないからなあ。……ドミナかマッシュくんなら、私と喧嘩してくれるかな?
 そろそろライオ様も来るだろうか。レインくんが何かを確認するかのように伝言ウサちゃんを取り出した。私もグッと伸びをして、いつの間にか最後の一枚になっていたクッキーを食べてしまおうと手を伸ばし──ぴしりと体が固まった。ひゅっと喉が鳴り、背筋を冷や汗が伝い落ちていく。これは、まさか。
 急に動きを止めた私を覗き込んでくるレインくんと痴女に「来た」と呟いた声は情けなく震えていた。指先も僅かに震える。この、外の魔力感知が難しい部屋にいても感じるほどの禍々しく大きな魔力。間違いない。
「イノセント・ゼロが、来た……」
 なんで今ここに、と文句を言いたくなるようなタイミングの悪さだ。パッと振り返ってモニターを見たレインくんが「何故……」と呟き、痴女は「うわ……」と嫌そうにボヤく。私は突然大きすぎる魔力を浴びたせいか頭痛がしてくるし、懐の杖が変に熱くなるしで痴女の膝を枕にするようにしてソファーに寝転がった。色んな意味でキツい。帰りたい。

 +

「やめて邪魔しないで!」
「アンタがやめろ! さっき言ったでしょ⁉︎ この扉を壊すと地下迷宮ごと壊れる可能性がある! ここが壊れるとお屋敷ごと崩れるの!」
「どうせもうみんな脱出してるはず! マッシュくんとドミナだけなら私が連れて逃げられる!」
「私たちはどうすんの!」
「逃げれば⁉︎」
「逃げればじゃないのよアホ! この馬鹿! ねえアンタも止めてよ!」
 扉の前で両腕を広げて立ち塞がる痴女を必死で押す。どうにかここから退いてもらわなければいけない。そして早く行かなければ、あの子たちが死んでしまう!
 映像を見ていると嫌な想像ばかりが頭を駆け巡るから、モニターはぶっ壊してしまった。イノセント・ゼロがでっかい長男を連れてやって来て、マッシュくんが戦って、それで……。
 吐き出した息が震える。気を抜けば座り込んでしまいそうだった。急き立てられるようにして部屋から出ようとはしているが、本当はどうすればいいのかなんて分かっていない。
 痴女に助けを求められて寄ってきたレインくんに肩を掴まれ、引き寄せられる。間違っても私が怪我をしないようにと気遣われた優しい手付きではあるが、抗えないほどに力強くもあった。
 ローブ越しに伝わってくるその手の熱に思わずぽろりと涙がこぼれ落ちる。私の顔を覗き込むようにして正面に立ったレインくんはどこまでも真剣な顔をしていた。
「ドミナが言ったの……」
「……」
「私のこと、姉上って、ドミナが言ったの。私はあの子の姉上なの……。誕生日もお祝いするって言った。ご馳走いっぱい作るよって……私はまだあの子のことを知りたい。あの子と一緒にいたい」
 ぽろぽろと溢れて止まらない涙を拭いながら、必死でそう言い募る。レインくんはそんな私の手を掴んでやわく握ると、「分かった」と言った。
「お前の言う通り、ほとんど屋敷内の避難は済んでいるそうだ。なら多少崩れてもいいだろう。扉を壊すぞ」
「レインくん、ありがとう……」
「……は? えっ……え? 今の何? 何言ってんの? 壊っ……えっ?」
「パルチザン」
「えっ⁉︎」
 私を守るように前に立ったレインくんは、動揺する痴女を気にも止めずに固有魔法を展開した。私もそっとその背に触れて、レインくんの負担にならない範囲で彼の固有魔法を強化する。今がこんな事態じゃなければ、「愛の共同作業だね……」とか言っていたと思う。
 そして、痴女の「待て待て待て」という声をまるっきり無視して、扉は破壊されたのであった。
 かくして破壊された扉の少し先にはライオ様がいらした。助けに来てくださっていたところだったらしい。扉を破壊した余波で若干崩れた天井を見て「相変わらずド派手だな!」と楽しそうに笑ってらしたから、多分セーフだったんだと思う。これがオーター様だったら軽く十時間は叱られていたことだろう。
 ひんひん泣きながら「ドミナを助けてください」とお願いする私に、ライオ様は「必ず助ける」とお約束してくださった。なんてお優しいお方なんだろうか。
「ライオ様はッ……この魔法界で一番の男前ですッ……! 一生ついていきます!」
「おいおい、嬉しいがレインの前だぞ」
「あ、レインくんは世界で一番かっこいい人なので。一生そばにいるって決めてるので」
「うーん、子どもの成長は早いなあ」
 まるで親戚のおじさんのようなことを言ったライオ様の後を追い、箒を飛ばす。レインくんも一緒だ。痴女は疲れた顔をして「私はアンタのお父様呼んでくるわ……」と行ってしまった。怪我人が多数出ているから私だけでは治療の手が回らないので有難くはあるが、どうしてあんなに疲れてたんだろう。今日は閉じ込められちゃったし、心労かな? ゆっくり休んで欲しいね。
 そんなこんなで、先導してくださるライオ様を時折追い抜かして「こら」と注意されながらも辿り着いた先で、マッシュくんが一人で倒れていた。恐れていた最悪の事態が起きてしまったのかと「ギャーッ!」と悲鳴をあげて飛び付いたものの、マッシュくんは「うーん」と唸ったから生きてはいるようだ。良かった……気絶してるだけだ……。
 ならドミナはどこに……と思って辺りを見渡したのだが、どこにもその姿はない。まさか……と震えながら下を見下ろすと、煮え立つマグマの中に今まさにドミナが沈んでいた。
「ギャーッ⁉︎」
「おい待て、」
「ごめん無理待てない!」
 伸びてきたレインくんの手を振り解いて飛び降り、ギュンッと箒を加速させる。ボコボコ跳ねるマグマが飛んで制服どころか肌まで焼けたが、その痛みすら感じなかった。焦燥感だけが胸中にある。
 それでも飛行手段をなくすと戻れなくなると理性が働いたので、箒が焼け落ちるギリギリまで近付いて既に息も絶え絶えなドミナの脇の下に腕を回して無理矢理引き上げる。かるっ、え、軽い! めちゃくちゃ軽い!
 予想していたよりも軽くはあったが、脱力している他人の体を持ち上げるのは大変だった。その上、なんとかドミナの全身をマグマから抱えあげると、追いついて来てくれたレインくんに「待てと言っただろ!」と怒られてしまった。
「だってモタモタしてたらドミナが死んじゃうと思ってえ」
「オレは行くなと言ったんじゃない。対策をしてから行けと……ああ分かった、もういい! 上がるぞ。貸せ」
「や、いいよ。間接的に触っただけで焼けるっぽいし」
「おい……!」
 僅かに焦ったような顔をしたレインくんから今は敢えて目を逸らして、ぴゅーっと箒で上に登る。上にいたライオ様は私とドミナを見て顔を顰めたものの、「お父上はもうすぐ来るそうだ」と教えてくれた。なら良かったと頷いて、少し迷ってからドミナをそのまま床に寝かせる。本当はもっと衛生的なところで治療をしたいけど、そんな悠長なことは言っていられない。
 箒を杖に戻して強く握り、空いた方の手でドミナの手を握る。床に座り込むだけで、さっきドミナに触れてちょっと焼けてしまった足が痛んだが、それは後に回すことにした。私の少しの怪我よりも、死にかけているドミナの方が優先だ。
 目を閉じて息を荒げているドミナの顔色は青白い。魔力もかなり消耗しており、すごく弱っている。私の魔力をドミナに移して治療をする他ない。
 握った手から少しずつ魔力を移していく。自分の中から何かが抜けていくような感覚にはいつまで経っても慣れないが、そんなことは言っていられなかった。駆け付けてきた魔法局の人々にライオ様が指示を出しているのを聞きながら、ゆっくりゆっくりとドミナの怪我を治していく。途中からはレインくんが私のそばに膝をついて背中に手を当ててくれたから、それだけでだいぶ楽になった。
「大丈夫か」
「うん。今日はあんまり魔力使ってなかったから、平気……ドミナ、遅くなってごめんね。もう大丈夫だよ。姉上が助けるからねえ」
 またぽろりと溢れた涙を、レインくんの手が横から拭っていった。背を撫でてくれる手に甘えながらすんすん鼻を鳴らす。今辛い思いをしているのはドミナなのに、私が泣けて泣けてしかたない。
 しばらくそうして鼻を啜りながらも治療を続けていると、ぴくりとドミナの手が震えた。ハッとして顔を近付ける。
「ドミナ?」
「姉、上……?」
「そうだよ、姉上だよ……!」
 相変わらず青白い顔でゆっくりと瞬きをしながらか細く私を呼んだドミナに、どばっと涙が溢れた。私の頬を伝い落ちた涙がドミナの頬も濡らしていく。レインくんが「良かったな」と言ってくれて、その優しい言葉にうんうん頷きながらドミナの手をより一層強く握りしめる。
「よか、よかったあ。し、死んじゃったかと思った……生きててくれて、よかった」
 わあわあと子どものように声を上げて泣く私を見て、ドミナが困った顔をするのが滲む視界の中でもよく分かった。迷子になった子どものようなその顔は、ついこの間も見た顔だ。どうしていいのか分からないと思っている顔。
 嗚咽を堪えながら、「ドミナ」ともう一度その名前を呼んで、手を握る。
「あなたが無事でよかった」
「……やっぱりあなたのことが、よく分からない。僕とあなたは血が繋がってないのに、何故、僕のために泣いてくれるの?」
「あなたが私の弟だから。私たちは家族だからだよ。あなたは私の大事な弟なの」
「家族……」
 見下ろす先にある瞳が僅かに潤む。
「そうだよ。ドミナが言ったんでしょう、姉上って。私はね、あなたたちが『姉上』って呼んでくれたその日からずっと、あなたたちの姉上なんだよ」
「……姉上の手も、温かいですね」
「うん。ドミナの手もあったかいよ」
 その瞳から溢れて伝い落ちたひとしずくの涙が、私の落とした涙と混ざった。

ふたつおりのひとひら