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「はい、あーん」
ウサちゃんの形に切り分けたリンゴを口元まで運ぶと、ドミナは少し恥ずかしそうにしつつも口を開けてくれた。「美味しい?」と聞けば、モグモグ口を動かしながらも頷いてくれる。なんて可愛い弟だろうか。
「姉上、これぐらい自分で出来るよ……」
「うーん、でもまだ完全に治ったわけじゃないでしょ。姉上はねー、姉としてもだけど、お医者さんとしてもドミナを心配してるの。治りかけのタイミングで無茶をすると、そこから思ってもない後遺症が残ったりするんだよ。だから後ちょっとだけ姉上にお世話焼かせて?」
「そういうことなら……」
相変わらず恥ずかしそうにしつつも、ドミナは小さく頷いてくれた。よし。甘やかし期間続行確定。
先日の神覚者選抜最終試験で重傷を負ったドミナは、怪我こそ治りつつあるもののまだ本調子ではない。私、父上、ひいおばあ様がそれぞれ治療に当たったので、さっき言ったような後遺症は残らないと思うんだけどね。特にひいおばあ様が作った心臓の移植手術は……うん。
アレはおぞましい手術だった……何日か経った今でも夢に見るよ。「せっかくですから傷付いた体も修復しましょう」ってひいおばあ様がチェンソーを構えて……チェンソーのエンジン音があ……。「何逃げようとしてるんです。あなたもですよ」って襟首を掴まれてえ……。
当時のことを思い出して一瞬ビクッと震えてしまったが、それはどうやらドミナには気付かれなかったようで、はにかみと共に「このリンゴ、すごく甘いね」という可愛らしい感想が寄越された。
「でしょ? ひいおばあ様が知り合いに貰ったんだって。今度それでアップルパイ作ってあげるからね。あとクッキーも焼こっかな。リンゴの味のやつ」
「うん。姉上はお菓子作りが得意なんだね」
「そうだよお。結構美味しいの作れるんだあ」
レインくんにも友だちにも好評なんだよ、と続けてにっこり笑うと、ドミナもつられたようににっこり笑った。入院着を着てベッドに座っていても可愛いこの子は私の弟である。羨ましいでしょ? ん? ん?
ウサちゃんリンゴをドミナの口にもう一度運んであげながら、この可愛い弟とあの可愛い妹が並んだらどんなに最高だろうかと考えてみる。この前学校で会った時は喧嘩をしてたけど、喧嘩は仲良しの特権でもある。いいね、仲良しって。弟妹が仲良しで姉上は嬉しい。
リンゴを飲み込んだドミナは、少しこちらを伺うように上目遣いになって「姉上……」と私を呼んだ。控えめでいじらしいところも可愛い!
「なあに?」
「その……本当に学校を休んでて大丈夫?」
「平気だよお。なんかね、これも作戦なんだって。よく分かんないけどね」
なんでも、「弟として可愛がっていたドミナ・ブローライブが死んでしまってショックを受けて実家で寝込んでいる」という設定になっているらしい。ドミナの生存は限られた人にしか伝えられてないからね。妹にだってまだ内緒にしているぐらいだ。
約一年ぶりに妹から送られてくるようになった小冊子一冊分の手紙というより本を思い出してなんとなく擽ったい気持ちになっていると、ドミナは気遣わしげに言葉を続けた。
「姉上が良いならいいんだ。でも、この前の魔法史の試験結果もあまり良くなかったんだろう? 出席日数は確保しておいた方がいいんじゃないかなと思ったんだけど、いらない心配だったね」
ごめんなさい姉上と笑ったドミナに、私は「あは、あはは……」と引き攣った笑みを返した。ああ、うん。この前の試験結果ね……あはは……。
「念の為……念の為に聞いとくけど、ドミナはそれを誰に聞いたのかな? 父上? それともひいおばあ様? もしかしてライオ様とか?」
「ううん。レヴィだよ。よく食堂で姉上の魔法史の試験結果を発表してた」
「あ、アイツ……!」
なんてことをしてくれてるんだ! ヴァルキスの食堂で私の成績の大発表会⁉︎ ふざけるなよ、あの生意気ロン毛! ドミナどころかヴァルキスのその他の生徒にも私の魔法史の成績の悪さが知られちゃってるってことじゃん!
許せない。これもロヴィくんに言い付けてやる。言っとくけどな、ロヴィくんは医学の道に興味を示してくれてるんだからな。「君や君のお父上と一緒に働いてみたいな」って言ってくれたんだからな。言っとくけど、私はお前の大好きなお兄ちゃんの同僚になるかもしれないんだからな⁉︎
込み上げるレヴィへの怒りを必死で沈めながら、「大丈夫だよ」と慌てて両手を振って誤魔化す。
「点数は悪かったけど、追試になるほどじゃなかったんだ。それに去年分の繰り越しの追試はちゃんと合格したの。このままいけば多分卒業はできると思う!」
「そっか」
なんとも情けない弁解ではあるが、ドミナは出来た弟なので優しくそれを受け入れてくれた。心の中で「は? コイツ馬鹿すぎ……」と思っていても、それを顔には出さない。レヴィ分かるか? これが弟だぞ。お前は一度ロヴィくんにこてんぱんに怒られろ。
そんなことを思っていると、ドミナが興味深そうに「レヴィと仲がいいんだね」と言ってきた。
「いやいや、仲良くはないよ。ちょっと話して、ほんの少しだけ叩いたことがあるだけ」
「へえ……聞きたいな」
「えー、そんなに面白い話じゃないけど……」
「僕も姉上のこと知りたいんだ。ダメ?」
「んー……ダメじゃない! いいよ!」
可愛い弟にそう言われると断れないよねえ!
+
ゼェハァと息をしながらメリアドール医院の敷地に入ると、すごい勢いで吹き矢が飛んできた。もう慣れたが、それにしても最悪な歓迎方法。重い荷物を抱えてきてあげた曾孫にこれはない。壁に刺さり、周囲をドロドロ溶かしている吹き矢を見ながら顔を顰める。
この吹き矢が飛んできたからってひいおばあ様がいるとも限らないのが余計に嫌なところだ。全自動吹き矢。ライオ様と私と父上、そして妹にだけ反応する悪魔のトラップである。
わざわざ実家からここまで運んできた荷物を抱え直し、ドアを開ける。うーん、相変わらず人がいない。いつもはうろちょろしながら歓迎してくれるオチョアの姿もなし。こうなってくると寂しいものである。
まあひいおばあ様がどこにいるかは分かっているので、無人の受付を抜けて目的地へと進む。えーっと……あ、ここだ。
目当ての診察室を見つけてノックし、ドアを開ける。そうしたら凄まじい勢いでライオ様が飛んできてすぐ横の壁に突っ込んだ。ひい。
吹き矢には慣れたが、人が飛んでくるのには慣れていない。腰を抜かして座り込む私にひいおばあ様は「ノックをしたあと、許可をされてから入室すること」と言った。
「他に言うことあるよね……?」
「ここまでご苦労でした。荷物を置いて帰っていいですよ」
「いやあのそれでもなくて」
「言いたいことがあるならハッキリ言いなさい!」
「うわあああんひいおばあ様が怒ったあ」
えーんと声を上げて泣くと、ひいおばあ様のそばに居たマッシュくんが「泣いちゃった」と呟いた。あれ。
「マッシュくんいたんだ。やっほー、元気? うーん、元気そう! 私もね、めちゃくちゃ元気! 腰は抜けたけどね!」
いえーいとピースをする。ひいおばあ様は額に手を当てて「この子は全く……」とため息をつくと、私のことは無視することにしたのかマッシュくんとあれこれ話し始めた。世界を救う、とか話している。大事な話っぽいから黙っておこう。
背負っていた荷物を下ろして床に置き、白衣のポケットに突っ込んでいた杖を抜いて腰に当てる。うあー、効くー。
そのまま、壁から這い出てきたライオ様のこともついでに治療して私たちは私たちで談笑を始める。
「最近はどうだ? 姉弟で上手くやれているのか」
「はい! すごくいい子で、今朝もミニブタのブラッシングをしてくれたんですよ。ミニブタもすっかり懐いちゃって、父上が寂しがってました」
「そうか、上手くやっているなら良かった」
二人で床に座ったままにっこり笑い合いながら話していると、お互いの顔の間をメスが高速で通り過ぎていった。
「うるさいですよ」
「はい」
「すみませんでした」
ババ上怖すぎ。