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マッシュくんの修行はなんとも順調である。
私は瀕死の状態で床に転がって息を荒げながら、その修行の様子を眺めていた。うーん。マッシュくんとオチョアがそれぞれ五人いるように見える……そろそろ限界かも……。
寝返りを打ってライオ様を呼ぶと、わざわざマッシュくんたちから目を逸らしてこちらに来てくれた。その手を借りて体を起こし、解毒薬を貰う。ぼたぼたと鼻からこぼれる血が邪魔で上手く薬が飲めなかったが、なんとか全部飲みきった。……この薬不味! 良薬口に苦しとは言うけど、限度ってものがあるでしょ。
「解毒薬が効くまで三十分は掛かる。しばらく休んでおけ」
「うん、そうする……」
もう一度その場に寝っ転がり、少し楽になったがそれでもまだ息苦しさや痛みを感じる体を休める。母上が三年かけてやったことを私が一ヶ月で成し遂げるのは結構無理があるんじゃないかな、と俊敏に動き回ってはオチョアからしっぽを奪うマッシュくんを見てぼんやり考えた。
ひいおばあ様とライオ様曰く、私が二度ほど邂逅した不審な女は、『恐らく』母上の同級生だった女らしい。姿形はブローライブの一人娘……つまり弟妹たちの実のお母上のものをそっくりそのまま真似ているが、私の見聞きした言動はその母上の同級生のものにそっくりなのだとか。同じくその女と同級生だったという父上も、普段から最悪な顔色をより悪くさせて「アイツはいつも彼女を『騎士様』と呼んでいた」と言っていた。
その女は主に毒を用いて人を殺す。レイピアに猛毒を塗り、それでグサリと刺したらほぼ即死。十二年前の火事で亡くなった双子のお母上も痴女のお父上も、火災による一酸化炭素中毒や戦闘による外傷ではなく、毒が死因だったらしい。
あの日母上だけがその毒に耐えて妹を連れて我が家へと戻ってこれた理由はただひとつ。なんでも母上は学生時代、その三年間をかけてあの女の毒への耐性をつけていたらしいのだ。そして私はそれをやれとひいおばあ様に言われた。イノセント・ゼロが攻めてくるであろう日食の日までに、母上が三年かけて身に付けた毒への耐性を習得しろと。
……まあ、無理かなあと思っちゃうよね、正直。だってあの母上が三年もかかったことだよ? それを私が三十日でって……ねえ。
ひいおばあ様がこの十二年で集めてきたというあの女が使ってきたものと同じ毒、そしてその解毒剤。この場にいる全員の手を使ってでも数え切れないようなそれらへの耐性を三十日でつけるのは、現実的に考えて不可能。そう言ったんだけど、「なら出来るだけやりなさい」と言われてしまった。
父上もライオ様も「やらないよりかはやった方がいいんじゃないかなー」って感じで反対はしてくれず、結局私はこうして一本目の毒を飲んで死にかけている。そもそも毒への耐性がついたってどの段階のことを言うんだろう。鼻血が止まらない今は多分、耐性はついてないよね。
ゴールの見えない修行に嫌気がさしつつも、いつかの日に交わしたレインくんとの約束を思い出して「頑張ってみようかな」と自分を奮い立たせる。これからもそばにいるって約束したもん。そのためには生きてなきゃ。あの女の毒で死んだら、それっきりレインくんのそばにはいられない。
それに私は、まだ成すべきことを成していない。母上が成すべきことを成して死んだように、私も成すべきことを成してから死にたい。出来れば悔いも残さず、綺麗に。
深く息を吸って吐いてと繰り返しているうちに、呼吸が落ち着いてきた。鼻血も止まったし、そろそろいいかな。床に手をついてゆっくり起き上がる。
「大丈夫か。まだ寝ていていいんだぞ?」
「ううん、もう平気。もう一回おんなじ毒飲む。耐性つけられなくても、せめて味は覚えるよ」
「……そうか。死にかけたら言え。解毒剤を飲ませてやるからな」
「死にかけたら喋れないよ」
「言われてみればそうだな」
「もう、ライオ様ったら」
「すまんすまん」
もちろんこのあと死にかけたんだけど、実際そうなってみると案外話せたね。人間ってわりと強い生き物だ。
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毒で死にかけて、弟の可愛さに癒されようと這う這うの体で帰ってきたら、居間で弟妹が向かい合って座っていた。ひいおばあ様に貰ったお土産のリンゴ入りのカゴを掲げたまま、私はフリーズする。全くもって意味が分からなかった。
まだ体に僅かに残った毒の見せる幻覚かと思ったが、二人して私を見るなり満面の笑みを浮かべて「姉上」と語尾にハートマークでも付きそうなぐらいに甘ったるい声を出し、その直後にお互いを見てどでかい舌打ちをしていたから、多分現実だ。幻にしては無駄にリアリティがある。
ちらりと私を見た妹は、もう一度にっこりと笑うと「説明していただけますよね」と言った。
「……なにを、どこから……?」
「もちろん全てを、最初からです」
そう言ってドミナへと向けられた視線には疑惑の念が混ざっているように見える。私は一旦弟妹たちを順繰りに見つめ、ちらりと時計へと視線を移した。この後またひいおばあ様の所へ戻らなければならない。箒をかっ飛ばすとして……三十分時間を取れるか取れないか。そんなところかな。
二人が向かい合ってソファーに座っており、どちらに座っても厄介なことになりそうだったので、私は立ったまま話を進めることにした。時間もそうない。だからといって「また今度ね」と放置するわけにもいかない。姉上というのは難しいなあ。
「色々あってドミナは生きてる。でもその事実は秘匿中。限られた人たちしかまだ知らない。黙っててくれるね?」
「はい。隠匿に異存はありません。……しかし、コイツが家にいるのはなぜです?」
「家族だからだよ。それにこの子は怪我もしていた。医者として、人として、そして姉として、私は私の判断が間違っていたとは思わない。意見は?」
「ありません……と、言いたいところですが、あります。私に黙っていたのは何故?」
そう言うなりキュッと口を引き結んだ妹に、私は少し言葉に迷った。その場にいなかったから、というのがひとつめの答えである。あとは、ねえ……。
「……それは君の口が軽そうだからじゃないかな」
「は? 貴様には聞いていないが?」
「そういうところだろう。すぐに感情的になる短気な性格。隠し事には向いていないと評せざるを得ないね」
「……それを言うなら、貴様こそそうやってすぐ人を煽るのをどうにかしたらどうだ。私に何か言う前に殊勝さを身につけてこい。それが姉に対する弟の態度か?」
「弟? この前も言ったけど、僕は君の弟じゃない。君が僕の妹なんだ。何度同じ説明をしなくちゃならないのかな」
「それはこちらのセリフだ。何度も同じことを言わせるな。私が姉。貴様が弟。姉への言葉遣いに気を付けろ」
「姉上には十分敬意を持って接してるつもりだけど? 妹」
「姉上への態度はもちろん、私へもだ。弟」
「──そういうとこっ! 私があなたにドミナのことを言わなかったのは、あなたたちが会う度会う度喧嘩するからです! やめなさい、もう!」
リンゴの入ったカゴをドンッと机に置き、腰に手を当てる。そのまま二人を見下ろせば、二人は目を見開いて驚いたような表情を浮かべ、次に顔を見合わせ、また驚いたように私を見た。「なんで怒るの?」という顔だ。ああもう、本当に、全く……。
はあと重々しくため息をつき、言葉を選びながら口を開く。どう言えば伝わるのかなあ。多分二人とも、急にきょうだいが増えて驚いているし距離を測りかねてもいるのだろう。それも双子のきょうだい。言わば半身だ。
生まれた時から多分ずっと離れて暮らしていて、十六歳で突然「あなたには双子の片割れがいるんだよ」なんて言われても、そりゃすぐには受け止められないし困惑もする。分かるよ。分かるけどさ。
「今すぐ仲良くするのが難しいのは分かるよ。まだお互いのこと受け入れるのに時間もかかるよね。だって何にも知らないんだもの。でもね、お互いのこと傷付けるようなこと言うのはやめて。姉上は、それが一番悲しい」
二人を見つめて言い聞かせるようにそう言うと、もう一度顔を見合わせた二人はなんとも言えない表情を浮かべた。多分、「どうする?」みたいな感じでアイコンタクトを交わしている。どうするもこうするもないでしょ。そんな風にアイコンタクト交わせるんなら私のお願いぐらいどうにだって出来るはずだ。
「姉上が言うなら……」
「出来る限り、努力はします。……出来る限り」
「うん、ありがとう。今はそれでいいよ。私たち、きょうだいなんだから。助け合って生きていかなきゃ」
及第点ではあるが望んでいた返事をしてくれた二人に笑いかけ、僅かに身を屈めて二人の目を順番に見つめる。やっぱりこうしてみるとすごく似てる。本当に双子なんだなあ。
そう思ってほんわかと和んでいると、頭上をヒュンッと何かが通過した。これはまさか……吹き矢⁉︎
壁に突き刺さり、周辺をドロッと溶かしている見慣れた吹き矢を見て震える。ヤバい、ババ上が怒ってる!
「姉上、今のは?」
「ひいおばあ様の吹き矢だな」
「ああ、メリアドールか」
「お前……いいか弟、ひいおばあ様を呼び捨てにするのはやめろ。私たちなんてボロ雑巾にもなれないぞ」
「忠告ありがとう妹」
「チッ……それで姉上、何をしたらこんなにあの方を怒らせるんです?」
「いや何もしてない! 遅刻もしてないし、約束破ってもないし……分かんないから私もう戻るね! いい、私がいなくても喧嘩はしないこと! 二人でリンゴ食べておしゃべりして、お互いのことを知るように!」
喧嘩したら分かるからね! と言い含めて、白衣のポケットから取り出した杖を箒に変えて飛び乗る。そのまま窓に突っ込んでショートカットすると、窓ガラスが盛大に割れる音の後に弟妹たちが全く同じタイミングで「窓が……」と呟くのが聞こえた。やっぱりこの子たち結構仲良しだよね?