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 すっかり日課になった毒摂取。今日の一本目を飲んでいつの間にか気絶していたのだが、起きたら世界はピンチになっていた。日食二日前のことである。
 一度目覚めて誰かが置いていってくれたらしい解毒剤を飲んで、そこから更に仮眠をとり、もう一度起きたら騒がしかったから外に出てみて、そしてらこれである。意味分かんないんですけど。
 阿鼻叫喚と言うしかない街の様子を適当な民家の屋根から見下ろして、「なんだこれ」と思わず独り言が出た。見渡す限り大小様々な魔物と、交戦する神覚者様たち。どこからどう見ても侵攻を受けている。あれれー? 日食当日にイノセント・ゼロとの決戦なんじゃなかったっけー?
 もしや寝過ぎたのかと自分を疑いもしたが、体内時計は今日が日食二日前だと私に伝えていたし、さっきメリアドール医院を出て直ぐにたまたま合流した先輩も「二日前っつーのはいくらなんでも家にカレンダーねーとしか思えねえよな」と言っていた。やはり二日前であっているらしい。イノセント・ゼロって家にカレンダーおかないタイプかな? ドミナは来年のカレンダーの双子の誕生日にハートを書いてあげたら嬉しそうにしてたから、カレンダーの存在自体は知ってたみたいだけどな。
 私たちがイノセント・ゼロ、カレンダーアレルギー説を真剣に議論している間にも街は蹂躙されていく。これが本当に襲撃でとっくに決戦が始まっているというなら出来るだけ魔力は温存しておきたいのだが、仕方あるまい。
 白衣のポケットから引き抜いた杖を大鎌に変え、ひとまず空に浮いている陰喰者目掛けて全力で一薙ぎする。どんな強力な魔法生物も、魔法生物であるからこそ許容量を超える魔力には対抗手段を持たないのだ。予想通り、陰喰者の体はほろほろと崩れ落ちていった。
「おー。お前また魔力強くなったか?」
「私って死にかけると伸びるタイプだったみたい。毎日死にかけてたら勝手に上がったよ。あと固有魔法で魔力に全振りしてる」
「ほーん。特殊すぎて誰にも真似出来ねえな」
 鼻を鳴らして笑った先輩は、片膝を抱えて座るとボロボロの街を見下ろす。
「派手にやったなあ、アイツら」
「何時間ぐらいこんな感じなの?」
「十時間ちょっとか?」
「じゅっ、えっ、私そんなに寝てたってこと⁉︎」
「そういうことだな。あたしお前をめちゃくちゃ探してたんだぜ? レインもお前のこと心配しまくっててよお……ずっとどこにいたんだよ」
「ババ上のところで寝てた……レインくんごめんねえ……」
 しくしくと泣き真似をしながら顔を覆うと、先輩は呆れた声で「あたしにも謝れよ」と言った。謝罪の強要は良くないと思います。先輩もう大人でしょ?
「っつーか、メリアドール様のとこってことはメリアドール医院か? 今あそこ結構ヤベェことになってんだろ。どうやって出てきた?」
「あー、なんか確かに人いっぱいいたかも。ババ上に『やれ』って言われたからグワーッてやってきたよ。あれ結局なんだったの?」
「そこからか。今な、マッシュ・バーンデッドが市民から命狙われてんの。メリアドール医院で匿われてることもバレてんだよ」
「あらら、大変」
「他人事だなあ」
「だって私寝てたもん」
 寝てたから、そう言われても実感がない。起きたらこれだった。とりあえずやばいことになっていることは分かるけど、まだ頭も寝起きでついていかないって言えばいいのかなあ。
 とりあえず、先輩の話を信じるならババ上のところには戻れないみたいだ。どうしよっかなあと考えてると、先輩がゆっくり立ち上がって「じゃあ行くか」と言った。
「どこに?」
「最後の砦、か? あたしはそこにお前を連れていくために、お前を探してたんだわ。レインも妹もいるぜ」
「えー、行く! ウェルカムドリンク出るかなー、お腹もすいたなー」
「お前はホント……そのままでいろよ」
「ん? うん、このままでいるよー」

 +

 先輩に連れられて赴いた緊急対策本部は、ウェルカムドリンクとかお腹空いたとか言っていられるような空気の場所ではなかった。何ここ、地獄?
 出会い頭に「無事でよかった」と抱き締めてくれたレインくんだけが救い……なんてことはなく、そのレインくんも何席か空けた場所に座っているフィンくんに絶対零度の視線を向け続けている。私の隣に座ってる先輩は、向かいのオーター様と目が合わないようにかアイマスクをつけて寝たふり。
 二人に挟まれた私はそれだけでもなんとなく気まずいのに、ランスくんと妹がお互いを睨みながら机の下で恐らく足を踏みあっているのが分かってしまって、もうなんか……なんでこの人たちこんなに自由なの? 今やばい事態なんだよね?
 視線の行き場所に迷い、手元を見下ろす。さっきカルド様が「こんな時だけど……」とくれたクッキー缶がある。たっぷりハチミツがかかったスペシャル仕様。カルド様からの熱烈な視線に負け、震える手でクッキーを掴む。うう……あまっ、甘、あ、甘い。
 毒で若干痺れた舌にもよく効く甘さ。甘すぎだよ、これ。
 私が震えながらクッキーを食べ続けている間にも、ライオ様は真面目な顔で話を始めた。相手の幹部を捕らえたという言葉のあと、ちらりとこちらを見られたので「すごーい!」と歓声を上げて拍手をしておく。ライオ様は露骨にドヤ顔をし、オーター様は舌打ちをし、先輩はアイマスクをしたまま「おお、怖」と半笑いで言った。ねえ、ほんとにやめて。もう嫌。
 震え上がってレインくんの腕に抱き着く。この人たち怖いよ。世界の危機なのにどうして内輪揉めできるの。
 私が何を言っても火に油を注ぐことになりそうで、レインくんにくっついたまま捕虜の方を見る。ライオ様とカルド様に刺身のハチミツがけを食べさせられ続けるというマイルドな拷問に合っている捕虜には、不思議と見覚えがあった。うーん……?
「あ!」
「どうした?」
「んーん、あの捕虜、セルオでしょ!」
「セルオではなくセル・ウォーです、姉上」
「あーそれそれ。レインくん、こいつアレだよ。この前ウチの学校に入ってきた不審者! おいセルオ、私はキスの恨み忘れてないからな!」
 ほっぺにちゅーされたこと、ちゃんと覚えてるんだから! しかもレインくんのフリとかしちゃってさー、嫌なやつ!
 ぷんぷん怒っていると、色んな方向から「は?」と同じタイミングで聞こえてきた。ん? なに?
 首を傾げながら周りを見たのだが、オーター様と先輩が椅子を引いて立ち上がったことで視線はそちらに向いてしまった。二人はセルオの元に向かうと、躊躇いなく足蹴にし始める。ええ……なんか急に拷問の方向性変わった……?
 セルオになんの恨みがあるのか、重点的に顔や頭を蹴っている二人を見ながら困惑する。先輩なんていつの間にかアイマスク取ってるよ。どうしちゃったんだろうか。もしかしてセルオと元々知り合いだったりした?
 なんだろうね、とレインくんに声を掛けたのだが、レインくんは呆然と目を見開いてと私を見つめるばかりで何も答えてはくれなかった。本当に何? 困っていると妹が「姉上……」と震える声で私を呼んだ。
「き、キスの恨み……とは……」
「あー、それ? 前にちょっとねー。ま、たいしたことないよ」
 あんなのミニブタに舐められるようなものだよ、と続ければ、妹はふらふらと立ち上がって鞘から剣を引き抜いた。えーっと?
「姉上、どうか目を瞑っていてくださいね。今からこのゴミクズを殺します」
「なになになに⁉︎ なんで⁉︎」
「神聖なる姉上に穢らわしい体で触れたカスを……殺します」
「ちょっと意味が分からない! やめなさい! ソイツからは色々聞き出さなきゃいけないの!」
 慌てて立ち上がろうとしたのだが、レインくんに腕を掴まれて椅子に逆戻りしてしまった。そのまま両頬をつかんで強引に顔をレインくんの方へと向けさせられる。
「なあに?」
「どこにキスをされた」
「ほっぺ」
 そんなことをなぜ聞くんだろうと思いながらも素直に答えると、心の準備をする暇もなく両頬に口付けられた。フィンくんとドットくんが「きゃあ!」と言いながら赤くなった顔を両手で覆う。それ私の反応ね。
 幸いにもみんなセルオに夢中でフィンくんとドットくんにしか見られていなかったようだが、人前でこういうことをされると照れるから、できれば二人きりの時にして欲しい。鏡を見なくても分かるぐらい熱を持った頬を持て余しながら、「もう、レインくんったら」と呟く。その声は分かりやすく浮かれていた。
「そういうことは早く言え。隠すな」
「隠してたわけじゃないよ? あの時バタバタしてたし、わざわざ言うことでもないかなって思ったの」
「それを判断するのはお前じゃねえ、オレだ。何かあったら言うこと。いいな」
「はあい」
 レインくんは怒ると怖いので大人しく返事をして、またクッキーを食べ始める。フィンくんとドットくんにもクッキー缶を見せてみたけど、すごい勢いで首を横に振られてしまった。残念。……おっ、下の方はあんまりハチミツ掛かってない! やったあ。
 オーター様と先輩の息ぴったりな暴力と脅しに屈したセルオは、イノセント・ゼロの息子たちに関して話し始めた。みんな強いらしい。まあ、そうだよね。どこか他人事のように話を聞き進める。
 ここで誰が誰を倒すかも役割分担しちゃうみたいだ。私はどうしようかなあと思っていると、突然窓ガラスが割れて何かが勢いよく飛んできた。私の頬を掠めて髪を少し切り落としたそれは、カァンと高い音を立てて壁に突き刺さる。……レイピアか。
「わあ、熱烈」
「……それはお母様のレイピアだ。お母様はお前を殺すと息巻いていらっしゃった」
「あー、やっぱり? オッケー、じゃあ私があのストーカーにあたりまーす」
 ゆるりと挙手をしてそう宣言をすると、ライオ様は何か言いたげに一瞬顔を顰め、セルオはニンマリ笑った。なんかムカつくなあ。
「お前じゃお母様には勝てない。これまでに何度かお母様と対戦したそうだが、あれはお母様の全力ではないからな」
「知ってる知ってる。っていうか私も全力出してないし? それで他に言うことは?」
「……」
「ないのね。じゃあこの話終わり。次の話どーぞ」
 そう促して、クッキーをもう一枚口に放り込む。食べなきゃ戦えない。今のうちに食べておこう。
 更にもう一枚のクッキーを摘むと、隣から視線を感じた。これもまた熱烈な視線である。どうしたのと首を傾げながらレインくんを見つめ返す。
「……お前に言いたいことがある」
「え、なになに?」
「今はいい。全て終わったら、その時に話す。聞いてくれるか」
「……うん。いくらでも聞くよ。あ、別れ話は聞かないからね」
 悲しくなっちゃう話はダメだよ、と続けて言う。レインくんは改まった顔をして、ひとつ頷いた。別れ話じゃないんだって。良かったあ。じゃあなんの話なんだろう?
 気になるけど、後で話すって言われたから聞けない。ソワソワもドキドキもしちゃうな。嬉しい話だといいんだけど……。
 場違いにも少し浮かれていると、反対側からソッと手を握られた。見ると、いつの間にかこちらに回っていたらしい妹が跪いて私を見上げている。
「私もあなたと行きます」
「……んー」
「たとえダメだと言われても、行きます。お願いですからあなたのお傍に居させてください。足でまといにはなりません」
「……うん、分かった」
 私にとってこの子はいつまで経っても守るべき子で、正直心配の方が勝る。でもこの子だってこの一ヶ月を修行して過ごしていたのだ。ドミナとの修行の時間は、確かにこの子に何かを与えてくれたのだろう。
 ならば、姉としてその覚悟を受け入れないわけにはいかない。一方的に守るのも守られるのも、そろそろやめにしなきゃ。この子ももう大人だ。
 私の答えに安心したのか、肩を撫で下ろして少し笑う妹に笑い返す。私の大事な大事な妹。私は姉として、この子に何をしてあげられるのだろうか。

ふたつおりのひとひら