61

 ライオ様が怖いことを言うから結構身構えていたのに、なんだかすんなりイノセント・ゼロの城に辿り着けてしまった。無駄に覚悟決めてレインくんに「私も、この戦いが終わったら話したいことがあるんだ──」とか言ってみたのにこれ。あの時、寄り添う私たちを見て「ウガアアア」と叫びながら血を吐いていた妹が馬鹿みたいじゃないか!
 変な謎バリアが張られていたせいで一人で出入り口を探さなければならなくなったフィンくんの背中に向かって「頑張ってねー!」と手を振る。私は、えーっと……未来の義姉として応援してるからねー!
 怯えているのか丸まってしまっている背中を見てぐすんと涙ぐんでいると、さっきまで隣に立っていたはずの妹が、少し離れたところでしきりに周囲を気にしながら地面や木を鞘でつついているのが視界に入った。何をしてるんだろうと思ってこっそりその背後に近寄って、「どうしたの?」と尋ねる。私を振り返った妹は少し困った顔をしながら「弟が……」と呟いた。
「外にも抜け道があると言っていたんです。でもどういう道だったのか忘れてしまって……地面とか木の根っことか言ってた記憶はあるんですけど」
「そっかあ……じゃあ私も探すよ。ドミナがなんて言ってたか、他になにか覚えてる?」
「確か……正門から南南西に向かって三百六十二歩歩いた位置にある木の根っこに二十五秒触れて、その後にその場で五秒待機、また正門に戻り、今度は南南東に向かって六百四十……」
「分かった、ちょっと聞かなかったことにするね。フィンくんを待とう」
 どう考えてもその方がいい。親切に教えてくれたであろうドミナには悪いけど、その抜け道を探し当てることはほぼほぼ不可能である。
 いつの間にか私たちの話を聞いていたらしいライオ様と先輩も、「それを探すのは少し手間だな」と言った。ですよね。少しどころじゃなくてめちゃくちゃ手間ですよね。
 そんなことを話している間にも、時間はただただ過ぎていく。だいたいみんな無言だ。オーター様と先輩が「ネクタイは」「あるけどしねえ」「しろ。貸せ」「は? おいやめろ勝手に結ぶな馬鹿」とか何か話してたけど、それもなんというか私たちが口を挟める雰囲気ではなかった。
 私もそんな空気の中でレインくんとか先輩とかに声を掛けられるのは躊躇われて、意味もなくローブのポケットに手を突っ込んだりしてみる。あれ、なんか入って……あ。
「そうだそうだ。ねえ、手貸して」
「手?」
「うん、右でも左でもどっちでも平気。これ渡したかったの」
 促されるままに左手を差し出してくれた妹の手を取り、その小指に小さな指輪を嵌める。ポケットに三つ入っていたうちのひとつだ。
 指輪を見下ろした妹は「これはなんですか」と尋ねてきた。私もひとつ指輪を取り出して左手の小指に嵌めながら、その疑問に答える。
「この前の文化祭で貰った願いが叶う石を砕いて作った指輪。暇だったから作ったんだ。ちょっとアレンジを加えて、お互いの居場所が何となく分かる魔法も掛けてるの。ドミナにも渡したかったんだけど……」
 最後の言葉は小声で呟いて、私も指輪を見下ろす。本当に願いが叶うのかは、先輩の言葉を信じるなら半信半疑。でも叶うと信じた方が楽しいから信じることにした。今度三人でピクニックとか行けますように。
 ドミナに渡せなかったことが気掛かりだが、きっとドミナもどうにかしてここに来ようとしていることだろう。ならそれまで生き残っていれば会えるはず。その時に渡せばいい。
 そう思っていると、妹が何かを言わんとばかりに口を開く。しかしちょうどそのタイミングでフィンくんが戻ってきた。傷だらけの彼に気を取られ、妹の言葉を聞き逃してしまう。
「わーっ、酷い怪我! 今治してあげるからね!」
「いやそんな、魔力は温存してもらって……」
「そんなこと気にしないの! 甘えていいんだからねー」
「それは本当に大丈夫です! 本当に!」
「えー、よく聞こえなーい」
 フィンくんをぎゅっと抱き締めたまま、その怪我を治していく。ドットくんが一瞬叫ぶのが聞こえたがすぐに静かになったから妹かランスくんが何かしたみたいだ。それもまた仲良し!
 あらかた傷を治し終えたかなとフィンくんを離すと、彼は今にも死にそうな顔色で静かに涙を流していた。どうしたんだろう。痛かったのかな? それともまだ怪我が治ってないとか?
 首を傾げたのだが、割って入ってきた先輩が静かに首を横に振りながら「やめてやれ」と言うものだから、杖をローブにしまった。よく分からないけど、先輩がそう言うならやめておこう。
 オーター様がセルオを脅して前を歩かせ、その後をみんなで続く。レインくんに「暗くて怖いね」と声を掛けたら、「仕方ないやつ……」という顔で手を握ってくれた。別にそういうことじゃなかったんだけど、嬉しいからいいや。
 途中で黒猫の大群に私だけタックルされたりしながらも、他には特に何もなく大きな門に辿り着く。これが妹がドミナに聞いたという正門というやつだろうか。ド派手だなあ。重そう。
 ライオ様が扉を開けてくださったので正確な重さは分からないが、そんな感想を抱きながら城の中へと入る。わあ、花。しかも全部同じ花だ。せっかく花を植えるなら、色んな種類の花を植……。
「えあっ⁉︎」
 一歩踏み出した先に突然ぽっかりと穴が空き、床が消えた。びっくりして飛び退こうとしたのだが、そのタイミングで何故かまた背後から黒猫の大群がタックルしてきたせいで逆に体が前に傾く。やばっ。
 咄嗟にレインくんが繋いでいた手を引っ張ってくれたのだが、穴の底から真っ白な手がにゅっと伸びてきて勢いよく反対の手首を掴まれる。何だこの手、めちゃくちゃ力が強い……! このままだとレインくんまで引きずり込まれる!
 さすがにそれはマズイので、レインくんの手を思いっきり振り解いた。この穴がどこに続いているのか分からないからこそ、レインくんごと落ちるわけにはいかない。それに多分だけど、これ──。
「わたくし、ずーっとあなたを待ってたのよ」
 ──母上のストーカー、ですよねえ!
 レインくんたちが焦ったように私の名前を叫ぶ声を聞きながら、私は穴の底へと引きずり込まれたのだった。

ふたつおりのひとひら