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姉上と呼ばれた気がして、ゆっくりと目を開ける。視界は霞んでいてよく見えないが、ゆらゆらと体が揺れているから誰かに運ばれているのだろうと思った。残った左手に握り込まされているのは杖だろうか。小指だけが嫌に熱い。……指輪だ。
何を言っているのかは分からないけど、周りで誰かが話している声は聞こえる。私もなにか言おうと口を開いたら、血の塊が飛び出してきて思わず噎せた。体、ボロボロだ。
しかしその咳き込みで私が起きたことに気付いたのか、頭上から「姉上!」と妹の悲痛な声が飛んでくる。なるほど、私を運んでくれていたのは妹だったらしい。
お礼を言おうと口を開いたが声は上手く出ないし、何度か瞬きをしたが視界は相変わらず霞んでいて見えなかった。でも、魔力が妹のもの……な気がする。目が上手く見えないからそこの判断もつかない。
「喋らないで。寝ていてください。止血はしたけど、酷い怪我なんですよ……!」
「あは……でも、起きちゃった、から……」
「いつもは二度寝してるでしょ!」
「あはは……」
いつもは確かに二度寝してるけど、でも、今寝たら本当に死んじゃいそうだ。この子の腕の中で私が死んでしまったら、この子はきっと一生気に病むことだろう。それは姉上として申し訳なさすぎる。
話している間に徐々に魔力感知はできるようになってきて、最初にここに来た時よりも人が減っていることが分かった。それにみんなかなり消耗が激しい。
「先輩とオーター様は……?」
「……それぞれ、私たちを逃がすために残ってくださいました。さっき、マッシュがイノセント・ゼロに心臓を抜き取られたんです。今はひいおばあ様の元に向かっています」
「ああ…….ババ上なら、心臓……」
げほげほ咳き込んで血を吐きながらも少しだけ安堵する。ひいおばあ様ならきっとマッシュくんを助けてくれる。大丈夫だ。だってドミナの心臓も……。
「……ドミナは?」
「……姉上」
「ドミナもいるよね。まだここに、だって、指輪が」
「……指輪は先程ドミナに渡しました。ありがとうと伝えて欲しいと言伝を預かっています」
「私戻る」
「ダメです、認められません」
「でも、ドミナを置いていけない」
「やめてください! 絶対に行かせません! あなたまで喪うなんて私はもう耐えられない!」
そう叫んだ妹は、息をのんでから「申し訳ありません」と静かに謝り、それ以上何も言わなかった。だけど、私の肩と膝に回されたその腕は僅かに震えている。疲れではなく、これは怯えだ。
この子は今、怯えている。双子の片割れを喪う恐怖。友人を喪う恐怖。そしてこれから訪れる姉との別れへの恐怖。
私はもう助からない。ババ上のところに辿り着くまで息があったとして、優先されるべきはマッシュくんなのだ。なんなら私もひいおばあ様のサポートに入るだろう。
どう考えても、彼を生かすべきだ。それが魔法界のためになる。そう思ったから先輩もオーター様も私たちを逃がし、自分たちは残ってくださったのだろう。私たちはその思いと覚悟を無駄にしてはならない。私は、成すべきことを成さねばならない。
「ねえ……」
せめて何か言わなくては、となんとか口を開いた瞬間に、ドットくんが「出口だ……!」と叫ぶのが聞こえた。そのままババ上と合流し、じっくりと妹と話せる空気ではなくなってしまう。
私も壁際に寄りかかるように降ろされたが、座っていることも出来ずに地面に倒れ込む。そのまま血を吐きながらも必死で呼吸をしていると、ババ上が無言で私を覗き込んできた。
「ババ上……」
「喋らないで。少しでも体力と魔力を温存しなさい。私はまだ、今すぐにはあなたの治療にはあたれません」
「わたしは、もういいです……」
「……」
「マッシュくんを、お願いします。あの子が、あの子たちが、きっと、世界を変えてくれる……」
私も出来ればマッシュくんやレインくんが変えてくれたあとの世界で生きてみたかったけど、それはもう叶いそうにない。だからせめて、祈るぐらいはさせて欲しい。
とうとう目を開けていることもできなくなって、目を閉じて浅く呼吸だけを繰り返す。出涸らしでもまだ魔力は残っている。せめて、なにか……。
そう思って握りっぱなしだった杖に僅かに魔力を流し込んだ時に、まるでそれを押しとどめるようにして手を握られた。暖かくて、大きな掌。よく知った、大好きな人のそれだ。
「もういい、やめろ」
「れいんくん……?」
「ああ。もう無茶はやめろ。何もしなくていい」
「でも……でも私、姉上だからさあ……」
何があったって、どこまでいったって、結局私はあの子たちの姉上なのだ。これまでの人生をそうやって生きてきた。そして、これからの人生もそうやって生きていきたかった。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、レインくんの手に力が籠る。うっすらと目を開けた先で、レインくんはなんだか辛そうな顔をしていた。というか、ボロボロだ。出来ればその傷も私が治してあげたかったけど、それももう無理だな。
「もういいんだ。頼むから、これ以上無理をしないでくれ」
そう言い募るレインくんは見るからに悲しそうな顔をしていて、それを見ていると私まで悲しくなった。私はレインくんにそんな顔をさせたいわけじゃない。
黙ってしまった私に言葉が届いていないと思ったのか、レインくんは「お前が傷付くところはもう見たくない」とまで言ってくれた。いつものレインくんからは出てこないような素直な言葉だ。変なこと言わせちゃったな。不甲斐ない。
レインくんの手が頬に触れる。傷だらけの体を慈しむようなその優しい手付きに、小さな笑いと一緒にほろりと涙が溢れた。
「レインくん、私、レインくんとの約束をやぶ」
──次の瞬間、何故か壁を破壊してド派手に道をショートカットしながら現れたイノセント・ゼロのせいで瓦礫が後頭部にクリーンヒットし、私は意識を失ったのであった。マジで有り得ない。今めちゃくちゃいいところだったよね? 変な格好してるからって変な登場の仕方が許されるわけじゃねえからな!