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はっと目を覚ますと、酷く頭が痛んだ。多分凹んでるな……と思うような、絶望的な痛みだった。ビビりながらも頭の形を確認しようと手を動かそうとして気付く。そうだ、右腕はもうないんだ。
欠損の事実を思い出した瞬間に痛み出した全身に思わず呻くと、隣にいたらしい妹が「姉上!」と泣きそうな声で私を呼んだ。その直後、どかーんと爆発が起きる。どうやら戦闘は続行中で、私は妹と一緒にどこかの瓦礫の裏側にでも隠れているらしい。
あちこちで爆発が起こり、ひっきりなしに戦闘音が響いている。どれだけの時間気を失っていたのかは分からないが、妹の顔色の悪さからして、間違いなく私たちが劣勢だ。いつ負けてもおかしくないところを、みんな気力だけで保っているのだろう。
こんなところで休んではいられないと立ち上がろうとしたが、妹に「やめてください」と止められてしまった。そのあまりの必死さに思わず手が止まる。
「これ以上無茶をしたら本当に死んでしまいます!」
「……あのね」
「ドミナもあなたも死んでしまったら、私はどうすればいいの!」
「聞いて。……あのね、私は死ぬ。もう助からないの」
自分の体のことは自分がよく分かるとは本当に上手く言ったもので、いざ死にかけてみれば分かるけれど、本当にその通りだった。これまでにもなんどか死にかけたけれど、今回のこれは今までのそれとは違う。私は間違いなく死ぬ。それも多分、あと数分で。
今のこれは、神様が私に与えてくれた最後の猶予のようなものだ。私はもういつ死んでもおかしくない。あのまま目が覚めなくても何もおかしくはなかった。今こうして生きていることは奇跡で、でもその奇跡は永遠に続くようなものじゃない。
私の言葉に、妹の顔色はより悪くなり、表情が絶望一色に染まる。その分かりやすさに少し笑いながら、残った左腕で妹を抱き締めた。
「私たちが死んでしまっても、あなたは決して一人にはならない。まだ父上は生きてるし、友だちも出来たんでしょう。みんなはあなたを一人になんてしてくれないよ。大丈夫。あなたは、明日からもちゃんと生きていける」
「……無理ですよ……姉上がいなきゃ、生きていけない」
「ううん、そんなことはない。あなたは明日からも生きていくの。明日から、この世界はきっと少しだけあなたが息をしやすい世界になる。あなたはその世界で生きていく。それが私の望み。それが私の夢」
ずっとずっと、それを望んで生きてきた。あなたが少しでも息をしやすい世界になりますようにとずっと祈ってきた。そしてそれはきっと現実になる。例えもうそこに私がいなかったとしても、あなたの生きる世界は眩いものであるはずだ。
妹が顔を埋めた肩がじんわりと濡れていく。昔は泣き虫だったのに、いつの間にか泣かなくなった私の大切な妹。どんな時でも我慢ができてしまう強い子。誰かを大切に思える優しい子。そんなあなたが私は大好きで、そんなあなたをずっと愛していた。
「あなたの姉上になれたことが、あなたにあの日姉上と呼んでもらえたことが、私の人生で一番最初の幸福だった」
それからも沢山幸せな思いをしてきたけど、でも忘れられない一番最初の幸福。それをくれたのはあなただった。今でも私の根幹にある大切な思い出。
妹は一度強く私を抱き締め、そして「私もです」と震える声で呟いた。
「あなたの妹になれたことが、この世で一番の幸福だ。あなたに出会えて良かった。あなたに出会うために生まれてきたのだと、そう思います」
「うん。ありがとう」
「お礼を言わなければならないのは私の方です。あなたの妹になれて良かった。愛しています、姉上」
「私も愛してるよ」
涙で濡れた顔で笑うこの子が私の妹で良かったと、心の底から思うのだ。あなたの姉上になれて良かった。
妹の手を借りてゆっくりと立ち上がる。私がいつの間にか羽織っていたローブは……レインくんのもの、かな。
ぎゅっと痛む胸を抑えて、思いを振り切るように大きく息を吸う。毒で蝕まれたこの体で、あと少しの命で、それでも私は成すべきことを成さねばならない。それが私に出来る最後のことだ。
名残惜しそうに横から伸びてきた手が頬に触れ、ゆるりと私の手を握った。そしてすぐに離される。
「友達が出来たんです。学校、楽しいです。私は……きっと明日からも、生きていけます」
「……うん」
「それでも、何があっても忘れないでください。例え共にあれなくても、私の姉上はあなただけで、私は永遠にあなたの妹だ」
「……忘れたりしないよ」
姉上がそんなに大切なことを忘れるわけないじゃないか。
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あと数秒で死にそうな私が突然その場に現れたことに、ライオ様とレインくんは見るからに驚いていて、ちょっと笑えた。だってすごいお手本みたいな驚き方するんだもの。そんな顔、今まで一緒にいた中でも見たことなかった。
自分たちだってボロボロなくせに私に「その怪我で動くな」とか「逃げろ」とか言ってくる二人にまた笑いながら、二人に守られているマッシュくんを見下ろす。まだ完全に馴染みきっていない心臓。未だに死にかけの体。多くの人々が命を尽くして守ろうとしている、この世界の最後の希望。
まだ十六歳の男の子に、そんなに大袈裟なものばかりを背負わせるのはどうにも心が痛む。一応私はこの子の姉上でもあり、そして学校の先輩だ。それから友達。最後のこれが、結局一番大きいのかもな。
力なく横たわっているマッシュくんの頬に触れる。私たちは、まだまだこの子に色んなものを背負わせる。それは本来ならばこの子が背負わなくてもいいものだ。優しいこの子は、自分を守るために人が死んだと知ったらきっと傷付くのだろう。
でも大丈夫。だってこの子は一人じゃない。家族も友達もいる。みんながこの子を支えてくれる。悲しみを、一緒に背負ってくれる。
だから、あと少しだけ。ほんの少しだけ、マッシュくんが背負うものを追加させてね。友達としてどうなのかなって思うけど、でも、私にはもうこんなことしかしてあげられないから。
マッシュくんの手を握り、ほんの少ししか残っていない魔力をその体に少しずつ流し込んでいく。私に出来ることがまだある。死にかけていても、まだ成すべきことを成せる。それは酷く幸せなことのように思えた。
魔力が尽きたら他に魔力に変えられるものをどんどん魔力へと変えていけばいい。私の固有魔法ならそれが出来る。きっとこの場でいちばん私がマッシュくんを支えられる。これは私にしか出来ないことだ。
そう思って死にかけの体に鞭打って頑張っていたのに、ベッドを挟んで向かいに立つライオ様に肩を掴んで妨害されてしまった。髪も乱れて顔も体もボロボロなライオ様としばらく見つめ合う。そのらしくもなく余裕の欠けた必死な顔は、十二年前に見たのが最初で最後だと思っていたんだけど。
「それ以上やればお前は本当に死ぬ。オレはお前を死なせるわけにはいかない」
「神覚者様がこの場で個人の感情持ち出すの、やめてください」
「茶化すな、ちゃんと聞け。オレはあの日先生に約束したんだ。お前を守ると、先生に誓った」
「そして私とも約束した。あの子を守るって言ってくれたよね……ライオくん」
もうずっとずっと前にやめてしまった呼び方で呼べば、ライオ様は──ライオくんは、ぐっと顔を顰めた。私が譲らないことを分かっている顔だ。ライオくんはよく知っているのだ。私が母上に似ているのは見た目だけじゃない。あの人譲りの頑固さを、私も持っている。
「あの子はもう一生分傷付いた。そして私はまたあの子を傷付ける。ライオくんは母上に、『あなたの娘を守る』って誓ったんでしょう。だったらあの子を守って。私にはもう、それは出来ない」
「……彼女が望んでいるのは、お前と生きていくことだ」
「そうなんだろうけど、でもそれはやっぱり無理だから」
そう言いながらも立っていられなくなって座り込むと、レインくんが後ろから抱きかかえるようにして支えてくれた。すっかり言うことを聞かない体でレインくんにもたれかかりつつ、なんとか言葉を吐き出し続ける。
「私は死ぬ。ここで足掻こうが、逃げようが、それは変わらないの。だったら私も成すべきことを成して死ぬ。母上がそうしたように、私もそうする」
だって、どんな死に方をしたってどうせ後悔はするのだ。だったらせめてと思って何が悪いのか。
魔力が本当に尽き欠けたのか今までに感じたことがない変な感覚がしたが、それは無視してなけなしの生命力なんかも魔力に変えていく。変えられるものは全部変える。捧げられるものは全部捧げる。だからどうか、どうかお願い。あと少しでいいの。ほんの少しでいいから力を貸して──母上。
そう念じた瞬間、懐の杖がカッと熱を持って勝手に宙に浮いた上に形を変えていく。ライオくんが心底驚いたように「サーズ……! それもこれは先生の……!」と言うのが聞こえた。だよねえ。やっぱりこれ、母上のサーズと全く同じだよね。
そんなこと有り得るのかって感じだけど、母上の固有魔法は変化の性質を強く持っていて、私の固有魔法は変換。かなり性質が似ているからこそ、こういうことも有り得てしまったのだろう。それにこの杖には母上の思いが強く深く染み付いてるみたいだから。
じわじわと体から力が抜けていく。だから嫌だったんだ、と胸中で悪態をついた。母上が滅多にこれを使おうとしなかったのも、こういうことだろう。今の私には持ってこいだけど、普段使いするには使い勝手があまりにも悪い。
妹が止血してくれたはずの腕からまた出血し始め、鼻からも口からも血がボタボタと溢れる。こういう些細なところまで全て魔力に変換されて、助かるけど思うところはある。あとどれだけ持つかな。言いたいこと、言えるかな。
腕の中で死にかけている私の名前を呼び続けてくれるレインくんの声は僅かに震えている。そうだよなあ、とまるで他人事のように思った。レインくんは優しいから、私が忠告を守らずに自分勝手に死んだとしても、ちゃんと傷付いてくれる。それはきっとレインくんの優しさ故の愚かさで、だけど私は、どうしてだかそれが嬉しかった。
「レインくん」
「ああ、どうした」
「さっき言いたかったんだけど、約束破ってごめんね」
これからもレインくんのそばにいると言ったけど、それはもう無理だ。もう私はレインくんのそばにはいられない。レインくんを置いていく。あんなに大切な人に置いていかれることを恐れていた私が、今度は大切な人を置いていく立場になる。こうなって始めて分かるけど、置いていく側も置いていく側ですごく悲しくて寂しい。
血を吐きながら、息も切れ切れに何度もレインくんを呼ぶ。その度にレインくんは私を抱き締める腕の力を強めて、何度だって私の名前を呼び返してくれた。だんだんと冷えきって感覚のなくなっていく私の体じゃ、レインくんの体は燃えているように熱く思えた。私の頬を伝い落ちた涙が、レインくんの肩に落ちる。
「レインくん、好き。大好きだよ」
レインくんは何も言わず、強く私を抱き締める。その顔はもう見えないけど、もしかしたら泣いているんじゃないかと思った。抱き締めたいと思うのに、体がもう動かない。
とうとうマッシュくんの手を握ってもいられなくなって落ちた左手を、レインくんの手が掴んで握り込む。弟と妹とお揃いの指輪。願いが叶う石。もし本当にそれが真実なら、どうか、レインくんの涙が止まりますように。
「オレもお前のことが好きだ。愛している」
「……嬉しい」
「今までお前に言わせるばかりで、オレからは何も言ってやれなくて悪かった。もっと早く言ってやれば良かった……」
「いいよ……いいんだよ。わたし、ちゃんと分かってたよ」
ずっとずっと、レインくんが私のことを大切にしてくれていることは分かっていた。レインくんが私を愛してくれてることも、分かってたんだよ。
レインくんの腕の中で目を閉じる。最期の場所がここで良かったと思える。
あの子に出会えたことが私の人生で一番最初の幸福だったんだとしたら、あなたに出会えたことは私の人生できっと一番大きな幸福だった。あなたのそばで生きられて、本当に幸せだったの。
ああ、だけどやっぱり。
「もっと一緒にいたかったなあ」
思わずこぼしてしまった本音にレインくんがなんて言ったのかは、もう私には分からなかった。