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 名前を呼ばれ、体を揺さぶられるような感覚。それらに呼び起こされるようにして、徐々に意識が浮上してくる。
 私は今、地面に寝かされているのだろうか。勢い良く肩を掴まれて揺さぶられる度、頭の下の細かい砂利が食い込んで痛い。……いや、めちゃくちゃ痛いな。
「起きなさいよ馬鹿! このッ、馬鹿ッ! 起きないとアンタの男とキスするわよ⁉︎ いいの⁉︎ アンタの男は私のストライクゾーンから外れてるけど、するって言ったらするからね!」
「勝手なことを言うな。オレはお前とキスなんてしない。そもそもなんだその格好は……退け痴女」
「はあ⁉︎ これは固有魔法の性質上仕方ないんだって何回も言ってんでしょお⁉︎」
 そしてうるさい。あの、本当にうるさいんですけど。うるさすぎてちょっとこれ以上は寝ていられないです。
 手を持ち上げて、そばにいる誰かをぺちんと叩く。素肌に当たったのか柔らかくて生暖かかった。
「うるさいんですけど……」
「うわあああ喋ったあああ⁉︎」
「うるさいって言ったよね? 聞こえ、……えっ⁉︎ ちょっと待って何その格好!」
 あまりのうるささに思わず起き上がり、目を開いてもう一度抗議する。明るさに慣れていないのか目の前が霞んで何度か瞬きをする必要があったが、しばらくするときちんと周りが見えるようになった。そして私の正面にいた上半身はボロボロの下着しか身にまとっていない痴女とばっちり目が合った。うわあ! なんだこの痴女は! ほとんど裸じゃないか!
 まさかこいつ本当に露出に目覚めたんじゃなかろうな、と慄きつつ、その胸に当ててしまっていた手をこっそり下ろす。何も見ないで叩いた先は痴女の胸だったようだ。なんか……ごめん。
 友人にセクハラをしてしまった事実をさりげなくなかったことにして、気まずさから目を逸らすために「今どういう感じ?」と尋ねる。なんかさっきまで母上たちと話してた気がするんだけど、ここはどう見てもあの世じゃないよね。
「戦いには勝ったわ。でもアンタ一回死んだのよ」
「えー?」
「そして生き返ったの。でもその直後に飛んできたサメに頭を齧られてまた気絶した。それで中々起きないから、キスで起こしてやろうと思ってたところ」
「待って、最初から最後まで何も分からない。どういうこと? 生き返った? サメ? キスで……え、飛んできたサメってなに?」
「飛んできたサメは飛んできたサメよ」
「痴女に質問した私が悪かったわ。誰か教えてー……あっ、レインくん……えっ」
 痴女の頭がおかしくなったとしか思えない言動に恐怖しながら周囲に助けを求めると、すぐ横にいたレインくんと目が合った。いつからいたんだろう……と思って、それを口に出して聞くよりも早く、目が合ったと思った次の瞬間には抱き寄せられていた。あわわわわ。
 お互い座り込んだまま、全体重を掛けるような熱い抱擁に頬が一気に熱を持つ。ついつい「ひええ」と情けない悲鳴をあげてしまったものの、レインくんはそれには何も言わずに「良かった……」と掠れた声で呟く。
「お前が生きていて、良かった……」
「……あの、し、心配かけて、ごめん」
 恥ずかしさのあまり上手く回らない口で必死で謝る。レインくんには相当心配を掛けてしまったみたいだ。確かに、死ぬ直前に何かこう、「もっと一緒にいたかった」みたいな……結構恥ずかしいことを言った記憶もある。あっ待って。思い出したら本当に恥ずかしい……穴があったら入りたい……。
 どんどん顔が熱くなってきて目を回しそうになっていると、レインくんは触れた肌の熱さから何かを察したのかようやく解放してくれた。そのまま肩へと触れられ、二の腕、肘、手首へとゆるりとその手が降りていく。いやにゆっくりとしたその手付きにまた顔が熱を持って、私はもう「あうあう」と言葉にならない悲鳴をあげることしかできなかった。
 ようやく私の手へと辿り着いたレインくんの手によって、両の手を絡め取られる。あわわ……こ、恋人繋ぎ……。
「あのその、レインくん、みんな見てる……は、恥ずかしい」
「……オレはお前とこうしていたい。ダメか」
「だ……ダメじゃないけどお……」
 顔を覗き込んでそう言われると、ダメとは言えないじゃないか!
 絶対にこちらをガン見しているであろう痴女の視線を無視し続けるレインくんと、そんなレインくんのあまりにも真剣な眼差しに耐えきれなくなり思わず他所を向く私。そしてそんな私の視線の先でニヤニヤとこちらを見ている……ライオ様とカルド様、そしてマーガレット・マカロン! そのそばには顔を手で覆いながらも、指と指の隙間から私たちをガン見してるレモンちゃんとフィンくん! ほら! やっぱりみんなに見られてるじゃん!
 本当に耐え切れなくなってしまい、もう何も考えられずにレインくんの肩に顔を埋める。せめて顔だけは見ないで欲しい。だって、今の私、すごく情けない顔をしているだろうから。
 繋いでいた手の片方を解いて私の後頭部へと回したレインくんは、そのまま私の頭を抱え込むように抱き締めて、私にだけにしか聞こえないような声で「オレは……」と徐に呟いた。
「オレはどうしようもない愚か者だ」
「な、なぜ? レインくんは頭いいし、そんなことないと思うけど……」
「いや、オレは愚かだ。お前を本当に喪ってからその恐ろしさに気付いた。お前を喪ってようやく、どれだけお前を愛しているかを身にしみて理解した……オレはもう二度と、お前を喪いたくねえ」
「レインくん……」
「だから決めた。卒業したら結婚して、一緒に暮らそう。これからはオレがお前のそばにいる」
「うん……うん⁉︎ えっ⁉︎ え、えっ、えっ? ……え⁉︎」
「指輪はお前の好みで選べ。金はオレが出す」
「ゆっ、いやあの、えっ、結婚? ……結婚⁉︎」
 全く予想していなかった言葉が飛び出してきて、思わずレインくんの肩から顔を上げて叫ぶ。レインくんはいつものようにムスッとしていたけど、私には分かる、明らかに照れている。ほ、本気で言ってる……!
 私の叫びを聞いて痴女とレモンちゃんとフィンくんが揃ってきゃあきゃあと黄色い悲鳴をあげ、カルド様とマーガレット・マカロンは拍手をしている。つかつかと歩み寄ってきたライオ様はというと、私たちのすぐそばで跪いたかと思えば私の肩に手を置いてきた。
「おめでとう。オレはお前の師として、友として、そして兄として、お前の幸せを心の底から祈っている──」
「……いやいやいやいや! え、驚いてるの私だけ⁉︎ だってそんな、いきなり、け、結婚とか……」
「……嫌か?」
「い、嫌じゃない! 全然嫌じゃない! 嬉しいよ! すごい嬉しい! でもあの、その……う、嬉しい……」
 何か言おうと思っても全然言葉が出てこなかった。そりゃそうだ。繰り返している通り、嫌じゃない。すごく嬉しい。断る理由が見つかりそうにもないし、第一断る気もない。
 ただ、そう、その……人前だから、少し恥ずかしいだけ。
 真っ赤になっているであろう頬にレインくんの手が触れる。そのままレインくんの顔が近付いてきて、私は……。
「ギャーッ⁉︎ 貴様、姉上に何をしている⁉︎」
 ──まあそう上手くいくはずもないんですよねえ。
 閉じ掛けていた目を開くよりも早く、背後から引っ張られて誰かに抱きかかえられた。言うまでもなく妹である。
 怒髪天を衝くという言葉が相応しいほどに怒っている妹は、毛を逆立てながらレインくんを威嚇していた。レインくんは露骨に顔を顰めて腕を組み、「なんのつもりだ」と妹に尋ねる。
「なんのつもりだと……? それはこちらの台詞だ! 姉上はなあ、貴様のような不埒者が触れていいお方ではないんだよ! この方は私の姉上だ! 触れるなら許可制だぞ!」
「なぜお前の許可がいる? 本人の許可は取っている。それでいいだろう」
「えっ……許可したんですか? 姉上?」
「うん、まあ……」
「何故⁉︎ 何故なんでですか姉上!」
「オレたちは結婚するからだが」
「貴様には聞いてなっ……えっ、結婚?」
 露骨に動揺した妹は、腕に抱えていた私をちゃっかり取り落とした。うわっと声を上げる間もなく、横から更に伸びてきた手に支えられる。視界に入る左手の小指には三人お揃いの指輪がきらりと光っていた。ドミナだ。
「ありがと」
「いいえ。弟として当然のことをしたまでだよ、姉上。お怪我は?」
「全部治ったみたい。斬られた腕も生えてきてたよ。不思議だよね」
「……お父様の魔法だよ。僕の心臓も治っていた」
「そっか……」
 もう連行された後なのか、ここにはいないイノセント・ゼロを探すように遠くを見たドミナは、そのまま私の腕に自分の腕を絡めた。こてんと傾けられた頭が私の肩に寄せられる。うーん、可愛い。
 順調に私に懐いてくれているドミナにほんわかした気持ちになっていると、反対側の腕を勢い良く掴まれた。そのまま「姉上!」と叫ばれる。
「結婚とはどういうことなんですか⁉︎ そもそも姉上はあの男と付き合っていたんですか⁉︎」
 え、そこから?
 思ってもいなかった質問に驚いていると、ドミナは「そんなことも知らないのか」と言いたげに妹を鼻で笑い、痴女が急に「去年の冬からよね? 私たちの代の最終試験の時」と首を突っ込んできた。ええ……?
「一年の夏からだけど……?」
「えっ?」
「一年の夏?」
「オレも聞いていないが?」
「わざわざライオ様に話したりしないでしょ……っていうか、みんなそれ以前の私たちのことはなんだと思ってたの……?」
 去年の最終試験よりもずっと前から、私もレインくんも仲良しだったでしょ。あの期間はみんなから見たら謎の期間だったってこと? 普通に付き合ってたよ。
 ここに来て判明した衝撃の事実に私の方が驚いていると、妹が震える声で「聞いていません……そんなこと……」と呆然と呟いた。ドミナも「交際はともかく、結婚は早いんじゃないかな」と腕を引っ張ってくる。すごい。きょうだいが増えたら癇癪と駄々も二倍になった。
「うーん、二人が私のこと大好きなのは分かるよ。寂しいと思ってくれてるのも」
「は、はあ⁉︎ 別に姉上が結婚したからって寂しくなったりしませんけど⁉︎」
「ええ……? なら良くない……?」
「……ちょっと」
「は? ……ハッ! しまった!」
「ねえ、どうしてそんなに馬鹿なんだい? 今は寂しいって言って引き留めるところだっただろ。我が妹ながら馬鹿すぎて情けない……」
「あ⁉︎ お前が弟だろうが! 姉に逆らうな黙ってろ!」
「言ってることも馬鹿馬鹿しい……」
「うるさい! 馬鹿って言う方が馬鹿なんだからな!」
「なら君も馬鹿だね」
 ……すごい。喧嘩が同レベルだ。
 それぞれ私から腕を離してお互いの胸ぐらを掴みかねない勢いで揉めている二人に驚いていると、サッと伸びてきた手に掴まれて引き寄せられた。そのままぽすりとレインくんの胸の中におさまり、ぎゅっと抱き締められる。少し照れくささを感じたが、今はみんな弟妹たちの殴り合いの喧嘩に夢中なようだから、こっそりレインくんの背に腕を回して抱き締め返す。
 そのまましばらくお互い何も言わずに抱き締め合っていたのだが、レインくんがふと小さく呟いた。
「お前が嫌なら無理強いはしない」
「結婚のこと?」
「ああ。アレはあくまでも手段だ。お前がオレのそばにいて、オレがお前のそばにいられるなら、結婚はしなくてもいい」
「……おはようのちゅーとおやすみのちゅーはなるべく毎日しようね。あと、お仕事中もなるべく指輪しててくれないと嫌。レインくんかっこいいからモテちゃうもの。大好きなお嫁さんがいるんだってアピール、ちゃんとしてよね」
「……オレは出勤が不規則になるだろうから、毎日キスはしてやれないかもしれない」
「それは私もだよ。でも、出来たらしよう? あと、いっぱい好きって言ってね」
「いくらでも言ってやる。好きだ」
「やったあ、私も大好き。それからそれから……もう一回、愛してる、結婚しようって言って」
 最後のおねだりの数秒後、レインくんはゆっくりと私を離すと、頬に触れてきた。優しすぎてくすぐったい手付きに「えへへ」と笑いながら、その手の上から自分の手を重ねる。真っ直ぐ真剣な瞳を見つめ返し、その言葉を待った。
「……愛し」
「あーっ、生きてる! おい見ろ先輩! アイツ生きてる! 腕も生えてる!」
「騒ぐな、見れば分かる。……というかお前、ネクタイはどうしたんだ。さっき結んでやっただろう」
「ネクタイはなくしちゃった。ごめん」
「はあ、全く……後で別のものを用意してやる。それまではこれを付けていろ」
「あん? いいよ別に……っつーか、これ先輩のじゃん。ウチの学校の規定のやつでもねーし、つける意味ねーだろ」
「いいから動くな。結びにくい」
「わーったよ……」
 ──結局こうなりますよねえ!
 レインくんからの愛の告白の現場に乱入してきたかと思えば、急にイチャつきだした先輩とオーター様を半目で見つめる。なんなんだこの人たちは。何年間も会ってなかったんじゃなかったの? もう復縁したの? それとも実はずっと交際してたの?
 ジト目で少し遠くにいる二人を見つめ続けていると、急にレインくんに肩を掴まれて引き寄せられた。そのまま耳元で掠れた声で一言二言と囁かれる。ひえ。
「……それで、返事は?」
「……私も愛してます……よ、喜んで!」
「おい先輩、今の聞いた? アイツら絶対プロポーズしてたぜ!」
「聞いた。お前はあまり人の恋路に首を挟むな」
 ──さっさとどっか行ってくれますかねえ⁉︎

ふたつおりのひとひら