ショムニ
うまのすけさんと話しながら廊下を歩いていると総務課の女性とすれ違った。目を奪われてふと言葉が止まり、それに気付いたうまのすけさんが口を開いた。
「どうした苗字、知り合いか?」
「あ、いえ……総務課の制服って可愛いなと思いまして」
「何だ、着てみたいのか? やめとけよ、破くのがオチだ」
「むっ、失礼ですね! 私はただ、事務服を着てハシゴを担ぎ、同僚と廊下を堂々と歩きたいだけですよ!」
「古いなお前……ていうかあれは脚立だろ」
「どう違うんですか? 上に登るって時点で同じようなものじゃないですか。もっと本質を見ましょうよ、うまのすけさん」
うまのすけさんはやれやれと首を振り、「好きにしろよ」と呆れながら言った。
***
総務課の前で市藤(いちふじ)さんと仁貴(にたか)さんにばったり出会い、私は羨ましげに呟いた。
「良いですねー、事務服」
「名前ちゃんが総務課に来るなんて珍しいね」
「どうしたの?」
「いえ、ちょっと色々ありまして……」
事のあらましを簡単に説明すると、2人はうまのすけさんの冷たい言葉に憤り、私に告げた。
「じゃあ名前ちゃん! 事務服着てみようよ!」
「ええ!? ま、待って下さい心の準備が……! それに私、普段からパンツスーツだから似合わないですよ……!」
「着てみなきゃわからないって。私の予備があるからさ、ホラおいで!」
「ち、ちょっと、わあああ〜!」
制止も聞かず、2人は私を女子更衣室へ引きずっていった。
そうして事務服を着せてもらったわけですが……。
「わあー名前ちゃん似合う〜!」
「ほんとほんと、スーツも格好良いけど事務服も可愛いよ!」
「ええ、そうですかぁ……?」
自分の事務服姿を更衣室の鏡で確認するけど違和感しかない。それにしてもベストって意外と締まる。スカートもタイトではなくフレアタイプなので動きやすい。でもスースーして変な感じがする。
「じゃあ、早速内藤さんに見せに行こうか!」
「ンなに言ってんですかッ!?」
「良いじゃん減るもんじゃないし」
「減ります! 私の尊厳とか色んなものが!」
「ちょっと散歩するだけだからさ〜」
「いやああああぁぁ……!」
抵抗もむなしく、市藤さんと仁貴さんに両腕を引っ張られて廊下へ連れ出された。歩いているとちらほら社内の人とすれ違う。うう、何だか視線を感じる気がして恥ずかしい……! こんな姿、警護課の人に見られたくない――
「ん……? 苗字か?」
「ひいッ!!」
呼ばれた方を見ると外城さんが居て、私は飛び退くようにして市藤さんの背中に隠れた。けど外城さんは茶化さずに私の事務服姿を褒めてくれた。
「何だ、事務服も似合うものだな。今日は総務課で仕事するのか?」
「いいい、いえ! ち、違います……!」
「警護課の連中にも見せてやりたいな。どうだ、このまま戻るか?」
市藤さんの背中から姿を現すと、外城さんはからかいながら警護課を親指で差した。私は首と手を横にぶんぶんと振って拒否する。
「じょっ、冗談やめてください! こんな姿、誰にも見られたくありま……」
「おい、リーダー!」
「ぎゃっ!」
聞き覚えのある声が背後からして外城さんが振り向いた。私は絶対に振り向かないぞ、絶対に!
「良い雰囲気のお二人さんを邪魔して悪いな、この書類なんだが――……ん? アンタ、どうした?」
「…………」
外城さんから、背を向けたままの私に会話の対象が移る。どうやら私だと気付いていないようだ。
外城さんも市藤さんも仁貴さんも楽しそうに眺めているだけで助けてくれない。他人事だと思って!
顔を両手で押さえたまま微動だにせずにいると、また声を掛けられた。
「オイ、具合でも悪いのか?」
駄目だ、これ以上は無視出来ない。仕方なく、私は勢いをつけてうまのすけさんに振り返った。
「わ、悪くありません! 放っといて下さい!」
「んなッ!? おまっ、苗字か!? 何で事務服なんか着てんだよ!」
ようやく私だと気付いたうまのすけさんは、頭の天辺からつま先まで何度も視線を往復させる。
「うまのすけさんに関係ないです! もう見ないで下さい、この変態!」
「変態じゃねえよ! お前がそんな格好してるのが悪いんだろうが!」
「は、はあ〜!? 何言ってんですか!?」
ああもうすっごく顔が熱い。今の私の顔は絶対に真っ赤だ。
もうどうにも出来ず、ここから逃げ出そうと踵を返すと、慣れないヒールを履いていたせいか足が滑ってしまった。
「ひゃあっ!」
「おっと、危ねえな!」
すかさずうまのすけさんが腕を伸ばし、私を助けてくれた。突然の至近距離なうまのすけさんに心臓が飛び跳ねる。
「あ、ありがとうございます……」
「ったく、だからやめとけって言ったんだ。やっぱ苗字みてえなじゃじゃ馬に事務服なんてまだ早えんだよ」
「いちいち一言余計なんですよ、ばか!」
「ぐえっ!」
肘でうまのすけさんの腹を小突くと掴まれた腕が自由になったので、私はそのまま更衣室へ脱兎した。
ええい、事務服なんて二度と着るもんですかー!
*オマケ*
「素直じゃないなお前らは。中学生かよ」
「うっせーな! あんな格好で目の前うろつかれちゃ仕事にならんだろうが!」
「なるほど、要は『事務服の名前ちゃんが可愛くて仕事に集中出来ない』って事ですね」
「あと『他の男に見せたくない』ってやつもあるんじゃない?」
「何なんだよアンタらは!!」
(20170425)
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title
]
Smotherd mate