口紅
うう。最近寝不足だったから、今日はちょっと顔色が悪い。唇の色もあまり良くない。仕方ない、いつもより少し濃い色を付けていこう。
「おはようございます」
「おっす。お、なんかいつもと違うな」
出社して隣のデスクのうまのすけさんに挨拶をすると、意外にもうまのすけさんは微かな変化に気付いたようだった。
「へえ……うまのすけさんもそこまで鈍感ではないんですね!」
「何だ? 朝から喧嘩売ってんのか? コラ」
褒めたつもりだったんだけど、どうやらそうは聞こえなかったらしい。でもどこが違うのかわからない時点で、やっぱりまだまだだと思う。
「唇の色が悪かったんで色を変えたんですよ」
「ああ、なるほどな。具合でも悪いのか?」
「いえ、最近深夜にやってるトノサマンスピンオフ作品のアクダイカーンが主役の番組再放送を見ていたら寝不足になってしまって」
「お前なあ……」
はあ、と溜息を吐いて呆れるうまのすけさん。
録画もしているけどリアルタイムでも見たくなっちゃうんだもん。でもやっぱりこの色は少し濃かったかも。ちょっとお手洗いで確認してこよう。
しかし椅子から立ち上がった途端に視界がぶれて、くらりと目眩がした。
「おっと、大丈夫かよ」
「す、すみません……」
倒れそうになった私を咄嗟にうまのすけさんが支えてくれた。彼の胸元に顔面からドサッとぶつかり、慌てて体を離す。
「……あ」
「ん?」
見れば、うまのすけさんのグリーンのシャツには綺麗に口紅の跡がついていた。ジト目でうまのすけさんに忠告すると、負けじとうまのすけさんも声を大にして突っ込まれる。
「うわっ……夜遊びは程々にした方がいいですよ、うまのすけさん」
「してねえよ! 完全にお前のせいだろうが!」
「冗談ですって。口紅って落ち辛いですから脱いで下さい」
「はあ!? 何言ってんだお前!」
「べ、別に変な意味じゃないですよ! シャツの替えぐらいあるでしょ!?」
何かこういうのって立場逆な気がする。
恋愛ドラマとかじゃ女性の方がこういう事言われて変な意味に取られて狼狽するのに、おかしいな。そんなことより他の人にバレたら余計に誤解されてしまうから、早く別の場所へ移動した方がいいと思うんだけど……。
「内藤、シャツに口紅つけてどうした?」
「おいおい何だ、朝から痴話喧嘩か」
「浮気かよ。ボディガードの風上にもおけねえな」
「最低だよ内藤。見損なった」
とか言っている間にほら、皆が集まってきた。しかも私が原因なのに、うまのすけさんの株ばかりが下がっていく。皆ノリが良いなぁ。
「違えよアホ共! おい苗字、お前も説明しろ!」
「うまのすけさん……私という者がありながらその辺の女と一夜限りの……うっ、酷い!」
「この最上級のアホンダラがあああぁ!!」
別にうまのすけさんとそのような関係というわけではないけど、ここは乗っておかないと!
その後、皆に散々いじられたうまのすけさんは予備のシャツに着替え、口紅の付いたシャツは私がちゃんと洗いました。口紅にはご注意を、うまのすけさん。(私のせいだけど)
(20171107)
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Smotherd mate