拍手お礼・02(逆検 / 馬乃介)
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初めはただの通行人みてえな存在で、別段気にするようなモンじゃなかった。
だってそうだろ? 道行く人の顔とか別に覚えてねえし、名前とかどうだっていい。
でもそれがほんの通りすがりじゃない場合。
そうだな、例えば通学・通勤で使ういつもの電車のいつもの車両にいつもの人が居たり。
いつも利用するコンビニでお昼を買う時に同じタイミングで来店したり。
行き付けの店の、とある席にはいつもの人がいつも頼むものを飲み食いしてたり。
星みてえな数ほどいる人類の中で、"1人の存在"と認めたらそれはもう"ただの通行人"じゃなくなる。
そこからどう行動するかは自分次第だ。
「いつもの人だ」とぼんやり認識したり、共通点を見つけて話しかけたり、意外にも自分のタイプで恋に落ちてしまったり。
そういう事も有り得るってわけだ。
「つまり俺がアンタに恋したってのも、必然なわけだ」
「……はあ」
俺が彼女に指を差すと、「お前は何を言っているんだ」という顔で返事をされた。
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俺はアンタに恋しちまったんだよ!
帰り道にいつもアンタを見ていたぜ。
静かに本を読んでるところやページをめくる細い指先、艶やかな唇に長い睫。
時折あくびをするのも俺のツボだったし、くしゃみも可愛い声だったな。
読書しながら携帯をいじるのが好きなのか? でもそれだと集中できないだろ。
まあそんな事はどうでもいいんだけどよ、アンタ紅茶好きだよな。あそこの自販機でよく買ってるだろ。
仕事帰りだか学校帰りだか知らんが、この時間になるとこの公園にやってきてこのベンチで読書してるな。
俺が見る限りじゃあ、確かそれでもう3冊目だよな。
ていうか何読んでるんだ? 面白い本なら教えてくれよ。
「もしもし、警察ですか」
……って、ウオオオ!! ちょっと待った!!
俺は今まさしく彼女が通報する為の道具として使っていた携帯電話を光の速さで奪い取った。
「返してください」
「つまりだ。俺はアンタを好きになっちまった。だから付き合おうぜ」
「いきなり話しかけてきたと思ったらストーキング行為を自白しつつ告白とかなにこれこわい」
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「アンタ、名前は?」
「人に名前を尋ねる時は、まず自分からと教わりませんでしたか?」
「内藤馬乃介。ボディガードをしている」
「お疲れ様です。では」
ペコリと頭を下げてスタスタと歩き出す彼女の肩を掴んで引き止める。
「オイオイオイ! 次はアンタが名乗る番だろ!?」
「すみませんセクハラはやめてくれませんか? 訴えますよ」
彼女は俺の掴んだ腕を睨み付けながら文句を言ってきた。
「ヘッ、なんて強気な女だ! ますます気に入ったぜ!」
(会話が成り立たない)
「なぁ、俺の女になれよ」
「顔が近いです」
瞬間、パァンと乾いた音と共に、俺の鼓膜が破れそうな勢いで凄まじい威力のビンタもとい張り手を頂戴した。
俺の体がグラリと傾き、視界が少し揺らいだ。まさか初対面の女にここまで強いビンタをされるとは思わなかった。
なんつー力だ、コイツは。
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「足はえー……」
目の前の火花が散るのを必死に抑え込みつつ前を向くと、すでに彼女は居なかった。
チッ、名前聞きそびれちまった。
でもどうせ明日もこの公園に来るだろう。今度は絶対に逃がさねえ。
少女漫画のように優しく捕まえて、少年漫画の様に強引にでもモノにしてやる。
「あ」
俺は右手で何か掴んでいる事を思い出した。
どこからどう見てもそれは彼女の携帯電話だった。
迷わずプロフィール画面を見て名前を確認。
そして勝手にお互いのメールアドレスと電話番号を交換した。
「ヘッ、可愛い名前だぜ」
俺はニヤニヤしながら上機嫌で家路へと向かったのだった。
(ない! ないない! ないッ! 携帯無いよおお! ハッ、そういえば……私、あの男に奪われたまま逃げてきちゃったんだ! 今から公園に戻るのも面倒だし、あの人居たらやだし、ていうか携帯ないと何も出来ないし……うぅ……どうしよう……携帯に電話かけるか明日また同じ場所へ行くか……防犯ブザー持って)
(修正20160908)
Smotherd mate