「馬乃介、別れよう」
そう言うと馬乃介は目を見開いた。けれど、そんなに驚いてはいないように見えた。いつか私の口からその言葉が出てくる事を予想していたのかもしれない。馬乃介は大股で歩いて私に近づき、両肩を強く掴んだ。私の顔を覗き込むようにして、問う。
良いんだな、本当にそれで良いんだな? と聞いてくる馬乃介の顔が見れなくて、目を逸らしながらこくりと首を縦に振った。
「名前、俺の目を見ろ」
馬乃介の低い声が私の耳を痛くする。私は自分が冗談ではない事を彼に示さなければいけない。けれど、彼の真っ直ぐな目を見たら泣いてしまいそうだ。心拍が乱れる。指先が震える。取り乱さないように、私は下唇を噛んだ。
なあ、と迫られる。覚悟を決めて、ゆっくり、ゆっくりと視線を上げる。馬乃介の首元、唇、鼻、そして一直線に私を見つめる双眸。
馬乃介は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
その表情を見た途端に涙が溢れだした。私は両手で口元を隠すようにして、ただ両目から溢れる涙を流し続けた。ひっ、と小さくシャクリ上げてしまう。
馬乃介とこうして向い合って、真剣に話すのはどれくらいぶりだろうか。私はその強い瞳に観念し、思っている事をぽつりぽつりと吐き出した。
馬乃介と同じ時間を過ごしているのに、2人で居るのに1人ぼっちのような気持ちになる。お互いの仕事が忙しくてすれ違いも増えた。以前よりも喧嘩をするようになった。寂しい。辛い。疲れた。
私がそう告白している間も馬乃介は、一字一句を聞き逃さないようにと私から全く目を離さなかった。それで全部か、と聞かれて私は、うん、と頷いた。
俺も寂しかった。とだけ言って、馬乃介は縋るように、私を優しく抱き締めた。こうして馬乃介の腕に包まれるのは久しぶりな気がする。馬乃介は、こんなに温かかったんだと改めて感じながら、私も彼の背中に腕を回した。
口があるのだから話し合おう。耳があるのだからお互いの話を聞こう。目があるのだからちゃんと視線を合わせよう。2人でそう決めて、私が付けた亀裂は少しずつ修復を始めていった。私の言葉は無駄にはならなかった。
(弱いんだよ、私は)
Smotherd mate