久秀殿の、信長に対する謀反は失敗した。
またもや信長に許されそうになった久秀殿はそれに反抗し、信貴山城で平蜘蛛茶釜もろとも自爆した。
残された私達はこれからの方針を決める為、天井の無くなった天守で信貴山会議を始めたのだった。
「さて、これからどうしましょうか」
「おじさんは養ってもらう側だからねェ。お嬢ちゃん頑張ってよォ」
「あたしは悪党さんの後なんてどうでも良いわ」
「俺は雑賀衆だしな。まあ金をくれりゃいつでも来てやるよ、お嬢さんの為ならば」
「私はもう隠居だからね。表舞台には出ないけど手伝いならしてあげるよ。君の為ならね」
皆の話を聞いていると、久秀殿って実は人望が無かったのではないかと思う。
それにしても織田軍に破られた後にこうして集まっているとまるで反省会を開いている気分になる。
「淡々と話を進めているがお嬢ちゃんは悲しくないのかァい?」
「そうよ、あんなに悪党さんを慕っていたじゃない」
突然別の話題を振られて少し戸惑う。もう久秀殿の話は良いんですか、そうですか。
そんな事を言う皆さんこそ悲しくないのだろうか。
「自分の運命を守り通した久秀殿は、きっと満足しているでしょう。だから私が悲しむ必要はないのです」
随分と凛々しく育てられたものだねェ、と宗矩殿が言った。
でも、宗矩殿達だって涙1つこぼさないのは、私と同じ気持ちだからじゃないのだろうか。
「上辺だけでも泣いてあげたら喜ぶんじゃないかな?」
「上辺だけって……」
元就殿の心の籠もっていない言葉に私は苦笑した。
すると久秀殿の自爆によって吹き抜けにされた天井から、ひゅう、と一陣の風が吹いてくる。
後継ぎより何よりも先に天井を直すべきかもしれないと思ったが、私は気を取り直して口を開いた。
「それより話を戻しますけど。本来継ぐべきの久通殿はどちらに?」
「うん……悪いんだけどさ、息子も松永殿の後を追ってるんだよねェ」
「えっ」
「立派な最後だったわよ」
「えっ」
「これは、名前さんが我々を引っ張っていくしかないんじゃないかな?」
「えっ」
そんな……。私、そんな話聞いてない。久秀殿と久通殿が父子揃って自害したなんて。
久秀殿だけならともかく、久通殿の父を思う気持ちに私は胸が熱くなり、目の前がじわりと滲んだ。
「お嬢ちゃん、そこで泣くの!?」
「泣き、ません……」
「だから君が彼の後を継ぐんだ。私達が支えてあげるから」
「私には……出来ません……」
「仕方ないな〜、我輩が今後も引っ張ってやるとするか〜」
「待って」
「我輩についてこい!」
「待って!」
突然の口出しに私の瞳が早くも乾きを取り戻した。いやいや、え、待って。待って?
背後からの声に驚いて振り向けば、そこに居たのは自爆してこの世から去ったはずの久秀殿。
「生きとったんですか久秀殿ぉ!」
「我輩があんなもので死ぬわけなかろう〜! 久々に再会は嬉しかろう、名前よ〜!」
「何で死ななかったんだろうねェ、ホント」
「成仏してv」
宗矩殿と小少将殿の辛辣な言葉に久秀殿はぐぬぬと歯を食いしばり、文句を返した。
……ということは久通殿も生きているのだろうか。そう問うと、久秀殿の後ろからひょっこりと元気な久通殿の姿が現れた。
「もしかして皆さん知ってたんですか?」
怒りをはらんだ声で尋ねると皆が黙り、私はそれを肯定と捉えた。
なんて酷い悪党集団だ。ああ良かった、無様に1人だけぼろぼろと涙をこぼさなくて。
さらに色んな文句を重ねたいところだけど、生きていたという事実だけでもう十分だ。
「で、これからどうするんですか?」
「むっふふぅ。我輩がこのまま毛利爺のように隠居すると思っておるのか?」
「思ってません」
「だろう〜? もちろん、今度こそ我輩の運命を、天下を、未来を取り戻〜す!」
意気揚々と腕を掲げた久秀殿の姿に、私は急に嬉しさがこみ上げてきた。
私の心と体の感情表現にはどうやら時間差があるらしい。でも絶対泣いたりしない。今度こそ、喜ぶ理由はあれど悲しむ理由はどこにも無くなったのだから。
そして5年後、私達は桔梗の旗印を持って本能寺の前に猛々しく立ち上がった。
本当にこれで最後の戦いが、これから始まる――。
Smotherd mate