とある茶屋。
宗矩殿と茶を飲みに行くというので、私は久秀殿の付き添いとして同行した。
何でも頼んでいいぞ〜と言う有り難いお言葉を頂き、私は迷わずあんみつを頼む。
この白玉がまた美味しいんだよね。小豆と一緒に食べると、甘味ともちもち食感が同時に広がって堪らない。
「でさァ、松永殿ォ……」
「むふふ、それは面白い話だ……と、名前、口に付いとるぞ」
「ありゃ」
久秀殿は親指で私の口元に付いたあんこを取り、それをぺろりと食べた。
宗矩殿が一瞬顔をしかめた気がしたが、気にせずあんみつを平らげる。次は何を食べようかな。そうだ、わらび餅なんて良いかも。
お店のお姉さんに頼んでやってきたそれを楊枝で刺して頬張る。んんー、口に入れた瞬間とろける。わらび粉も粉っぽさがそこまで無く、優しい味と食感を堪能する。
「先日油屋が来てさァ……」
「なるほど〜。……ああ、ほれ名前、今度はわらび粉が……」
「んむっ」
今度は人差し指で、私の口元を撫でると粉の付いた指先を舐めた。
粉は流石に恥ずかしい。私は懐から小さな手拭いを取り出して口元を軽く拭いた。
わらび餅も食べ終えてしまったけど、もう少し食べれそう。
南蛮菓子のかすてらか。新しいものに挑戦するのもいいな、食べてみよう。
一口の大きさに切って食べると、今まで食べたことのない、しっかり焼かれた生地のふわふわ食感と砂糖と卵の味に、私はお菓子の革命を感じた。
「……先日、鷹狩りに行ったら猪が捕れたよォ」
「では今度振る舞ってもらうとするかな〜。……これこれ名前よ、かすてらのカスが付いとるぞ〜」
「これ美味しい!」
「わかったわかった。お主はよく食うな〜」
久秀殿は、私の口元に付いた生地のカスを摘むとそのままぱくり。
それを見ていた宗矩殿は会話を中断し、呆れながら言った。
「お宅ら、いつもそうなのかァい?」
「こやつは手が掛かるのでな〜。我輩が常に面倒見てやらんと危なっかしくていかん」
「む、子供扱いしないでくださいよ」
「されても仕方ない思うけどねェ。お嬢ちゃんもそんなに甘味を食べて大丈夫かい?」
私に話題を振られたので袖を捲ってこぶしを握る。
一応それなりに筋肉は付いている……と思う。久秀殿の家臣として、鍛錬を怠ったことはない。
「任せてください、鍛錬は怠ってませんから!」
「毎晩、我輩の布団の中でな〜」
「へェ、具体的に聞かせて欲しいものだねェ」
口元をいやらしく歪ませて笑みを浮かべながら宗矩殿は頬杖を付いた。
今までの久秀殿との会話よりも楽しそうに見える。
「野暮なことを聞くな宗矩。鼻血を出しても知らんぞ〜?」
「ええと、腹筋、背筋、腕立て伏せ……もがっ」
「こら、言うな!」
私が詳細を話し出すと久秀殿に口を塞がれた。普通の話のはずなのに何がいけないんだろう。
宗矩殿は肩を震わせてくっくっくと笑い、久秀殿はバツが悪いという表情をしている。
「あ、お姉さん。葛きりお願いします」
そんな2人をおいて私が次の注文をすると、宗矩殿は更に大声で笑いだした。
そろそろ止めておけと久秀殿に制されるが、もちろんこれが最後のつもり。
「平和で何よりだよォ、松永殿」
「黙れ宗矩」
「お嬢ちゃん。今晩も頑張るんだよォ、"運動"」
「はい!」
やがて運ばれた葛きりは黒蜜と上手く絡んでつるりと喉越しも良く、今まで食べた甘味の重たさを解消してくれた。
すると久秀殿は私の口元に付いた黒蜜を、今度は拭わずに直接舌で舐め取った。これには私も流石にびっくりしたし、宗矩殿も「火を付けちゃったかァ」と口端を上げた。
……次に茶屋へ来る時は、口元にカスが付かないものを頼もう。
しかし、食べ物のせいではなく自分の食べ方のせいだとわかるのは、しばらく後のことだった。
Smotherd mate