「哀牙さん哀牙さん! 5月21日の今日は探偵の日なんですって!」
ふと見たテレビ番組でそんな話をやっていたものだから、私は同じく探偵事務所の自分のデスクに座っている哀牙さんにやや興奮気味に声を掛けた。
「左様。初めて新聞に探偵の広告が華々しく載ったと言われる、まっこと恐悦至極な日でござあい!」
何だ、とっくに知っていたのか。というか探偵だもの、知らないはずがないよね。
「そうなんですね! それで哀牙さん、探偵の日には何をするんですか?」
「…………」
「あ、何もやることがないんですね?」
「ギクゥ。否、その様なことは断じて!」
(ギクゥって口で言った……)
流石にそこは何も考えていなかったようで、哀牙さんは顎に手を当てて思案し始めた。そして何かを思い付いたかのように指を鳴らした。
「あいや! では我が、華麗なる推理をいたしましょう! 燃ゆるイノチにかけて!!」
「はあ……、ではどうぞ」
無理して何かする必要ないのに。でも私の言葉が火種となってしまったのなら、最後まで付き合わなければ薄情というものだ。
「ズヴァリ! 美しき推理が我に囁く真実……名前殿はこの哀牙に、恋慕を抱いてますな?」
「………」
「何という哀れに満ちた目でしょうか……『可哀想だけど、そう思っていたほうが幸せですよね』という目ですぞ……」
「……ふぅ」
「なんと重い溜息……『相手にするの、疲れちゃうな。もう帰りたい』という溜息ですな……」
「………!」
「そう驚かなくとも、我ほどの名探偵であれば『流石哀牙さん、無駄にそういうところは鋭い!』とのお顔は見抜けますぞ」
「………?」
「いえ、『あれ? 私もう喋る必要ない?』だなどとそのようなことはありませぬぞ。我が困ります」
「すごいです哀牙さん! 何で私の顔を見ただけでそんなにわかるんですか!?」
全て当たっている。まるで私の頭の中を覗いているかのように、一字一句違わずに。
「クックック…我こそは頭脳明晰質実剛健百花繚乱九死一生四捨五入の名探偵、星威岳哀牙ですぞ!」
「すごーい」
「棒読みですな」
しかし推理というか、これだけ長く一緒にいれば表情1つで大体考えていることはわかるのではないだろうか。相変わらず哀牙さんの四字熟語の引き出しの多さはすごいと思ったけど。
「じゃ、私も探偵のように推理をば!」
「クックック、我と頭脳勝負というわけですな?」
「ズヴァリ、哀牙さんは私の事が好き! なーんちゃって」
「クッ……見破られましたな!」
「えっ」
冗談のつもりだったのに、哀牙さんは至って真剣に私の言葉に衝撃を受けていた。
「つまりこれは両想いということで宜しいかな?」
ちょっと待って。私、哀牙さんが好きだなんて言ってない。お前は何を言ってるんだという目で哀牙さんを見つめると、得意気にふふんと鼻を鳴らした。
「我は名探偵ですぞ。恋い慕うレディの気持ちくらい、どうしてわからぬことなどありましょうか」
「えっ、ちょ、待っ……」
「『そう思っていたほうが幸せですよね』との言葉通り、そう思わせて頂きますぞ」
言いながら、哀牙さんが私を横抱きにする。これは俗に言うお姫様抱っこというやつだ。距離が近い! 恥ずかしい! やめて降ろして!
拳闘倶楽部副主将代理補佐というだけあって、意外と力が強い。逃げ出せない。
「さて名前殿。心が通じたとなれば、次は何を通じればよろしいと思いますか?」
「さ、さあ……何でしょうね……!?」
「おや、頭脳勝負はもうお終いですかな」
「そんなの頭脳を使わなくてもわかり……はっ!」
言うと、哀牙さんはニヤニヤと笑みを浮かべた。
ああ、どうやら最初から、この名探偵の手の内だったに違いない。
ご愁傷様、私。
Smotherd mate