今日は久秀殿と城下町の見回りに来ている。
賑やかな町並み、商売上手な掛け声、そんな風景を眺めているとやっぱり平和が一番だなあ、としみじみ思う。あちこちの町人に声を掛けられて久秀殿も嬉しそうだ。
「それにしても今日は一段と寒いですね」
「お主は囲炉裏の前から動かんものなあ」
「みかん美味しいです」
「ちゃんと飯も食うんだぞ〜?」
久秀殿とそんな他愛ない話をしていると、周りが空を見上げていた。
何だろうと私も上を向くと……
「雪ですよ、久秀殿!」
「初雪だの〜こりゃ寒いわけだ」
真っ白な雪がちらほらと上空から降り注ぐ。この分では積もる程ではないだろう。
手のひらに落ちた雪は体温ですぐに溶けていく。氷の粒が降るなんて、空というのはまことに不思議なものだ。
「雪なんかが珍しいのか?」
「私が居た国ではあまり降らないので、つい」
久秀殿は雪なんて見慣れているだろう。あまり興味は無さそうだ。
「雪はお嫌いですか?」
そう問うと、久秀殿は笑みを浮かべながら私の方を向き、じっと見つめながら言葉を発した。
「いいや。名前とおる時の雪は特別な気分に浸れて我輩は好きだぞ〜?」
「なっ……!」
何という言葉をぶつけてくるものか。こっちが恥ずかしくなってくる。
しかもそれは周りに聞こえていたらしく、女性達を筆頭に
「きゃあ〜私もあんな台詞言われてみた〜い!」
「よし、今度あの人に言ってみようかしら!」
「雪も悪くないわね! むしろ好きかも!」
なんて黄色い声を上げながら言うものだから一層注目が集まる。
自分の存在が場違いのような、気恥ずかしくてどうしようもない気持ちに駆られる。
「ひ、久秀殿、さっさと城に戻りましょう!」
「何だ照れておるのか〜? 可愛いのう〜!」
よしよしと頭を撫でられて一層顔が熱くなった。いいから早く帰城しましょうと急かすと、ようやく久秀殿は信貴山城へと歩き出してくれた。
それから数日後、宗矩殿がやって来た。雪が降っていたのか、肩にはちらほらと白い氷の粒がくっつている。
「松永殿ォ、雪が降っているにも関わらず町人は元気だねェ。あちこちで同じような台詞を吐いてる恋人達を見かけたよォ。特別だとか何だとか言ってたねェ」
あの台詞が城下で流行っていると教えてもらい、にやにやと楽しそうに私に視線を送る久秀殿。冬が終わるまでの辛抱だと思った私の目論見は甘く、春が来てからも城下に行く度に「あなたと入る湯は」やら「君と居る時のご飯は」だのと少しずつ応用され、長い間耳に入るようになったのは言うまでもない。
Smotherd mate