※検事2の後日談
会社からそれほど遠くはない、大きな総合病院の5階にある2人部屋。505号室の前に掛けてある2人分の名札を確認。ノックをして中に入る。
「こんにちは、具合はどうですか?」
「おう、苗字。仕事帰りか、お疲れさん」
ドアを開けるとベッドが横に2つ並んでいて、奥の窓側に居た外城さんが私にねぎらいの言葉を掛けてくれた。
「どうもこうもねえよ、リーダーのイビキがうるせえったらありゃしねえ」
「内藤、お前も歯ぎしりがやかましいぞ」
この病室に入院しているのは、私の上司の外城さんと先輩の馬乃介さん。
外城さんが入院する原因を作ったのは、隣のベッドで我が城のようにくつろいでいる馬乃介さんだ。リーダーである外城さんを妬んで殺害を計画し、発砲。銃弾はギリギリの所で致命傷にならず、外城さんは一命を取り留めた。そしてこの件を表沙汰にせず、馬乃介さんの銃が暴発したという事で無理矢理片付けたのだ。外城さんは仕事では厳しいのに、自分に関しては優しいというか甘いというか……しかし、その後の馬乃介さんは天罰と言っても過言ではない程の事件に巻き込まれたので、それで良いのかもしれない。
そう、馬乃介さんに訪れた天罰とは――とある検事によって緊急逮捕され、留置所内で殺されかけた事、だけではない。以前やってきたコロシヤに捻られた首が右に回らなくなり、留置所内では脱獄しようとした囚人に頭を殴られ、その上で今度はノミで首を刺されたらしい。散々だ、とボヤいていたが因果応報とはこういう事なんだろうなぁと納得。生きているのが奇跡だと思う。馬乃介さんの首は物理的に狙いたくなる何かが憑いているのかもしれない。
そんなこんなで事件は収束し、ようやく会社にも平和が訪れた。入れ代わり立ち代わりで毎日のように2人のお見舞いに来るチームメンバー。私もその内の1人だった。入院着の2人の姿は、いつものビシっと決まったスーツ姿と全く異なり何回見ても笑ってしまう。
2人のベッドの間に椅子を置いて座り、ミニテーブルを寄せる。持ってきたリンゴの皮を果物ナイフで剥いて切り分け、爪楊枝を刺してそれぞれに手渡す。
「はい、どうぞ」
「悪いな」
「サンキュー」
私も1つ頂戴しよう。口に放り込むとシャリ、という触感と共に口に広がる甘味と酸味。これは良いリンゴに当たったな。2人も美味しいのか黙々と食べている。特に外城さんはハムスターみたいで可愛い。馬乃介さんはもっと嬉しそうに食べれば良いのに、いつもの仏頂面で可愛げがないったらありゃしない。
「会社の様子はどうだ? ちゃんとやってるか?」
「リーダーもサブリーダーも居ないと大変ですよ。相変わらずバタバタしてます」
「へっ。だろうな」
何故か得意気になる馬乃介さん。2人共、早く怪我を治して会社に戻ってきて欲しいけど、上の者が居なくてもある程度の事は出来るように私達も頑張っている。
「ありがとう、助かるぞ苗字。早めに復帰できるよう俺も頑張るからな」
「そんな、私は大したことしてませんので!……無理しないで下さいね、外城さん」
外城さんの気遣いの言葉が嬉しくて顔がほころぶ。こんな私でも信頼されてるのかな。
すると馬乃介さんが不貞腐れながら私に刺々しく言った。
「オイ、俺にはなんかねえのかよ」
「馬乃介さんの事も待ってますよ。ちゃんとみかん箱も用意してますから!」
「ふざけんなコラ! ダンボールで仕事が出来るか!」
「内藤、病院内では静かにしろ」
そうですよ、傷口が開いちゃますよ。というか首を刺されてるのによく大声で騒げるものだ。馬乃介さんの首は右に回らないから体ごと私の方を向いているので、その声は私の耳によく届く。
「良いぜ、俺が退院したらお前のデスクで仕事してやるからな」
「はあー!? 何言ってるんですか! じゃあ私は更に馬乃介さんの膝の上で仕事してやりますからね!」
「いや、そこは内藤のデスクを狙えよ」
外城さんが呆れながら私のズレた言葉に突っ込みを入れる。言われてみればそうだ、何で自分のデスクを中心に張り合ってしまったんだろう。
「じゃあこれからは私がサブリーダーですね!」
「苗字なら安心して背中を任せられるな」
「ぐうっ……!」
痛いところを突かれて馬乃介さんが呻く。病人が居るとは思えないくらい賑やかな病室だ。
入院した当初は2人ともぐったりしていて、このままもしかしたら……なんて最悪な事を考えてしまったけど、1週間も経てば大分元気を取り戻していつもの調子に元通りだ。
しかも同じ病室なものだから、毎日のように言い合いが絶えないだろう。喧嘩するほどなんとやら、だと思うけど。
さて今日はこの辺で帰ろうかな、あんまり長居しても迷惑だろう。そう思って立ち上がり、ミニテーブルと椅子を片付ける。リンゴの皮や種の部分をビニール袋に入れてゴミ箱に捨て、自分の荷物を持ってドアの前に立つ。
「それでは、また来ますね」
「おう、待ってるぞ苗字。やはり華がある方が元気が出る」
「野郎が来るとムサ苦しいったらありゃしねえ」
確かに、警護会社だけあってみんな体格がガッシリしているから気持ちはわからなくもない。しかも暑苦しい性格をしているから余計だ。せっかくお見舞いに来てくれているのに文句を垂れる辺りも、大分心の方にも余裕が出てきたのだろう。
「欲しいものがあったら言って下さいね。では失礼します」
「またな」
「気を付けて帰れよ」
お、意外と優しい所もあるじゃないか馬乃介さん。見直しちゃった。
私は2人に頭を下げて笑顔のまま病室を出て行った――瞬間、熱い一粒の涙が頬を伝う。
「……あれ、もう慣れたと思ったのに」
何度目だろうか、病室を出た途端にこうなるのは。
指先で濡れた頬を拭う。けれどそんな行為も虚しく、私の意志に反して涙はボロボロと零れ落ちた。
幸い廊下には誰も居なかったので、人目を気にせず両手で拭い続ける。目頭が熱くなって、息が上手に出来ない。情けなく眉を垂れ下げて、誰にも聞こえないように小さく呟いた。
「……良かった」
ここへ来る度に何度も思う。
何度も同じ言葉を吐く。
外城さんが生きてて良かった。
馬乃介さんが生きてて良かった。
私のエゴかもしれない。それでも、どんなに辛い目に合っても、罪を犯したとしても、生きていてくれればそれだけで十分だ。
今の幸せを噛みしめるように、私は廊下を一歩ずつ丁寧に踏みしめていく。
それはまるで、未来に繋がる希望の道筋のようだった。
光のような君へ
(20170120)
Smotherd mate