拍手お礼・05(逆転シリーズ)
諸平野 貴雅
/
星威岳 哀牙
/
内藤 馬乃介
ワン・ツー・詐欺師! / 諸平野
「諸平野くん、ちょっとちょっと!」
わんぱく公園の砂場の先であの子が僕を呼んでいる。
僕は声の主の方へ足を進め、途中で不自然に葉っぱが積もった箇所を大股で避けてその先の地を踏みしめた。
「ああ――! せっかく落とし穴仕掛けたのに何で避けるの!?」
「いや避けるでしょ普通! こんな葉っぱでカモフラージュしたってバレバレだよ! 君、馬鹿なの!?」
「ば、馬鹿じゃない! いいよ次こそは騙してみせるから!」
負け犬の遠吠えのような台詞を残して彼女は走り去って行った。
騙す宣言されたらこっちも身構えると言うのに、やはり彼女はどこか頭が弱いらしい。アホの子だ。
どんな罠を作ったものかと足元の葉っぱを乱雑に払いのける。
ううーん、意外と深い。しかも底には水が溜まっている。よく見るとその辺で拾ったであろう栗が沈んでいた。栗といっても"いがぐり"だ。人畜無害そうな顔をしてなんともエグい罠を作ったものだろうか、ゾッとするね。
翌日。
僕のお気に入りのベンチには一房のバナナが置いてあった。いや、バナナて。
ベンチに近寄り、傍に植えられている木を見上げると大人1人ならすっぽり入りそうな籠が括り付けられてる。籠の中がチカチカと光っているので、目を凝らすと鉄筋が3本くらい埋め込まれ……え? 殺す気なの? インディ・ジョーンズなの?
「って馬鹿かな!? どうせそこに隠れてるんでしょ! さっさと出ておいでよ!」
僕は大きめの草むらに向かって腹の底から叫んだ。
すると彼女は背後から出てきた。う、反対方向だったか。少し恥ずかしいが、気を取り直して彼女に振り向く。
「君さ、僕に何か恨みでもあるの? この前から何度も子どもじみた罠作ってるけど、引っかかるわけ無いじゃん! しかも仕掛けがけっこうエグい!」
そう、彼女が僕にトラップを仕掛けたのは一度や二度ではない。
2週間ほど前から度々子どもじみたトラップを作っては、それを僕に見破られて悔しい思いをする彼女が居た。
「ち、ちがわい! 諸平野くんの真似だし!」
彼女は拳を握りしめて反論した……が。
ちょっと待って、何か今聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。
僕のマネだって? 僕がいつ、こんなくだらない罠を彼女に張ったと言うんだ。
「だって諸平野くん詐欺師じゃん」
「君は詐欺師を勘違いしている!」
すかさず僕は彼女の言葉にツッコミを入れた。彼女はそれでも尚きょとんとした顔で僕に問い掛ける。
何も理解していないようなまっさらな心を持つ彼女が何だか可愛く感じた。
「え、詐欺師って人を騙して金品を奪う人の事でしょ? だから諸平野くんが罠にハマった隙に金目の物を奪おうとしたんだけど」
「サラリと怖いこと言うね〜! 君のそういう正直なところ僕は好きだけど、詐欺師に全然向いてないよ!」
可愛いとは思う、が、彼女の思考回路はまるで雲のように掴めない。
と、何やら彼女の顔がみるみる赤く染まっていく。どうしたんだろう。熱でも出たのかな。
「い、今、好きって言った……?」
「え、や、その」
「う、うう。嬉しいけど……」
「えっ」
「そ、それでも私は、諸平野くんを騙す事をやめないんだから!」
「あっ、ちょ、待っ……!」
顔を真赤にさせながらぷるぷる震えてそう叫んだ後、彼女は僕の前からいつもの様に脱兎した。
別にそういう意味で言ったわけじゃないのに、意識されるとこっちまで変に恥ずかしくなってきた。簡単に好きだ何だと言うものじゃないけど、自然と出てきたのだから仕方ない。
ああしかし、最後の最後でとんでもない罠を残していってくれたものだ。これくらいなら引っかかってあげても良いかも、なんて思ってしまった。
(詐欺師、詐欺に溺れる。)
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哀のシナリオ / 哀牙
『死刑執行の日が決まった。』
アクリルのガラスの向こう側で、哀牙さんが私にそう告げた。
もう来ないで欲しい、なんて言う哀牙さんの表情は肩の荷が下りたような清々しいものだったが、私には表面張力が精一杯踏ん張っているようにしか見えなかった。
「残された私は、どうしたら良いんですか?」
「それも全て自由、そう、貴女は元よりフリイダムな小鳥。何処へでも飛べるのですよ」
私は別に哀牙さんに縛られていると思ったことなんてない。鳥かごに囲われていたわけでもない。ただ哀牙さんの傍に居たかっただけ。哀牙さんが一切合切の罪を背負う必要なんて無かったんだ。
哀牙さんに言われた言葉は、本人は決してそんなつもりはないだろうけど、私には突き放されたような感じがして胸が苦しくなった。
どうか私を置いて行かないで欲しい。
そんな事を言わないで欲しい。
けれど哀牙さんは、罪を重ね過ぎたのだ。
法律という名の檻が、秩序という名の手錠が、倫理という名の鎖が、哀牙さんを闇の底へと葬るのだ。もどかしくて仕方がないが、今の私にはどうすることも出来ない。このアクリルガラスを突き破って、今すぐ彼を盗めたら良いのに。
そんな都合の良い妄想ばかりが瞬時に浮かんでは現実によって淘汰され、面会の時間は終了した。
***
既に就寝の時間は過ぎているというのに、何やら刑務所内が騒がしい。
看守達が行ったり来たりを繰り返しては何度も何度も独房内を確認してくるので、死刑囚達はおちおち眠っていられない。次第にストレスが溜まってきた死刑囚達は引っ切り無しにやってくる看守達に罵詈雑言を飛ばし始めた。ああ、残念ながら今夜は寝れそうに無いだろう、と哀牙は独房内で溜息を吐いた。誰だって最期くらい静かにさせて欲しいものだ。
その時、どこかで爆発音が聞こえた。轟音に、その場に居た全員が驚いて、どよめきが大きくなる。
当然のように死刑囚達は何が起こっているのか問うが教えてもらえない。ただわかるのは、看守達はその件で今せわしなく走り回っているという事だけだった。
しばらくすると看守は1人も来なくなり、異変に気付いたのか囚人達も静かになった。事件はまた別の所で起き始めたのだろうと、頭の中で勝手に推測し始めた哀牙は鼻で笑った。
突如、1人の看守がやって来て、信じられないことに全員の独房の鍵を開けた。緊急避難所へ行くよう促された死刑囚はすぐさま勢い良く走り出したが、実際に避難所へ向かったかは定かではない。
哀牙も独房から足を踏み出した瞬間、だがその看守に肩を掴まれ、「貴方はこっちだ」と反対方向を差した。
もしこの怪しい看守について行けば殺されるかもしれない。だが哀牙はもうこの世に未練など残っていなかった。別れの挨拶は済ませたのだから、哀牙を待つのはすでに死のみだ。
しかし連れて行かれた先はなんと刑務所の屋上。備え付けられたライトと緊急用ヘリがあちこちを照らし、その強すぎる白い輝きに思わず目が眩む。
「さあ行きますよ」
「はて、どこへでしょうか?」
看守が指す方向には道などない。進めば屋上から真っ逆さま、この世界にさようならだと言うのに。
すると辺りを照らしていた1台のヘリが哀牙と看守の上に来て、縄梯子を落とす。看守はそれを掴み、哀牙に手を伸ばした。
「まさか、プリズン・ブレイクですかな!?」
「残念、ただの名怪人の卵です」
−−−
私は看守の帽子を脱ぎ捨てて力づくで哀牙さんを抱き寄せた。見た目より割りと肉付きのあった体は、久々に触ると少しだけ骨ばっていた。この長い刑務所暮らしでやつれてしまったのかと思うと胸が締め付けられた。
だがそんな私の心配をよそに、距離が近づいて互いの顔が見えるようになった哀牙さんが私の正体にやっと気付き、目玉が飛び出しそうなほど驚いていた。というか、今まで気付いていなかった方が逆にすごい。
「あ、あ、あいやああ――モガッ!?」
驚愕の叫びを上げる哀牙さんの口に人差し指を当てる。色々言いたいことがあるのはわかるけど後で聞きます、と言うと静かになった。やっと哀牙さんも状況を掴めたのか、私と同じように縄梯子を手にしたので、続いて2人の体を安全帯でしっかり繋いだ。
「オッケー、飛ばして下さい!」
私がインカムでヘリの操縦士に伝えると、あちこちで煙幕が起こった。予め仕掛けておいたものをスイッチで起動させたのだ。煙幕に紛れながら、私と哀牙さんを繋いだヘリは刑務所から遠ざかっていった。
「湿っぽいのは嫌いなんで盗みに来ましたよ、愛を」
「…………! くっ……くっくっく! あーっはっはっは! 実に貴女らしい、やはり素晴らしい!」
久しぶりに聞いた哀牙さんの心の底からの笑い声に少しだけ目の前が滲んだ。ああ、そうだ、私はこの彼が見たかったんだ。
「すみません。哀牙さんを盗む為に今までの資金全部使っちゃいました」
「なあに、そんなもの我にお任せを」
そんな頼りがいのある言葉に、私の心が満たされていく。
ライトアップされた刑務所から少しずつ離れていき、今度こそ哀牙さんは自由の身を手に入れたのだ。これから死にゆく筈だった者とは思えない、生き生きとした表情で哀牙さんが言った。
「さあて、お望みの場所はありますかな? 我が華麗なる相棒殿」
「哀牙さんとなら何処へでも。貴方だって自由な鳥ですから、何処へでも飛べますよ」
そう返すと、哀牙さんは昔ながらの悪戯っぽい笑みを浮かべた。
ああ、やっと戻ってきた。私の大好きな哀牙さんがここに。私の元に戻ってきたんだ。
例え世界を敵に回したって、私は貴方が居ればもう何も恐くない。
2人を乗せたヘリは今も尚、地平線の先へと羽根を広げ続けた。
(『アイのシナリオ』より)
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臆病者の恋 / 馬乃介
最近、警護課に外城目当てで来る女どもが居る。
どうやら総務課の女どもらしく、その内の1人の女はちょっとした書類や経理処理の度にやって来るので俺まで顔を覚えてしまった。
他人の色恋沙汰なんか興味はないが、この2人の関係だけは妙に居心地が悪い。
俺の大嫌いな外城なんかに笑顔を作るあの女も、普段は俺達に偉そうにあれこれ命令する外城の弛み切った口元も、俺には何とも不愉快で仕方がなかった。
ある日俺が飲み物を買って戻ろうとすると、例の女が書類を手に警護課の前で何やら課内の様子を伺っていた。
「すまんが、どいてくれないか」
「ひやわァうッ!?」
俺が後ろに居たことに全く気付いていなかったのか、女は素っ頓狂な声を上げて書類をバサバサと足元に落とした。おい、そこまでビビらなくて良いだろ。仕方ねえな、拾うの手伝ってやるか。
「外城は今日出張だ、残念だったな」
「あ……そう、でしたか。教えて下さりありがとうございます」
女は集め終えた書類を手の中で整えた後、ぺこりと頭を下げて足早に廊下を戻って行った。あーあ、あんな男のどこが良いんだか。
翌日、外城が出張から帰ってきたので親切な俺は昨日の女の事を教えてやった。ついでに外城がソイツの事をどう思ってるか探りを入れてみる。だが返ってきたのはそっけない返事だった。
「あんなに想ってくれてる女が居んのに、罪な男だよなリーダーさんはよォ」
「顔が笑っているぞ内藤。……俺は彼女を応援しては居るが、そういう気は一切無い」
応援だあ?……何言ってんだコイツ。
問いただしても後ははぐらかされるばかりで、結局得られた情報はあの女の恋は報われないということだけだった。
それからもあの女は他の友人達と度々警護課の前を通っては視線を投げたり、仕事という名目で何度も外城に近付いていた。以前はさして気にすることも無かったが、外城の言葉を聞いてからというものの、2人が共に居る姿が視界の端に入る度に何故だか苛ついた。
女が外城に連絡を終え、警護課から出て行った。俺はすぐに女を追いかけて、その小さな背中を呼び止めた。
「おい!」
「……えっ、なっ、内藤、さん!?」
ふわりと髪をなびかせながら振り向いたその女は、自分に声を掛けた俺の姿を確認すると目をパチクリさせてみるみる顔を紅潮させた。
流石に廊下ではいつ誰が通るかわからない。俺はその女の腕を掴んで人気のなさそうな場所へ足を踏み出す。
ただ俺は、この女の恋がどれだけ不毛か教えてやりたかった。
「あっ」
カシャ、という固い何かが落ちた音がした。目をやれば女が持っていた携帯らしい。俺の足元に滑ってきたそれを拾い上げると女が「だめ!」と大声を発した。
落ちた衝撃か、もしくは俺の手の位置が電源ボタンに触れてしまったのか、暗い画面がパッと光るとロック画面が映った。
「……は?」
そこに映っていたのは俺だった。
一瞬頭が真っ白になった後、「いや何でだよ、ここは外城だろ!」と突っ込みを入れるかきちんと尋ねるべきかひたすら出すべき言葉を迷いながらふと女の顔を見ると、もはや泣きそうになっていた。
とりあえず頭の中を整理すべく、俺は最初の疑問を口にした。
「アンタ、外城が好きだったんじゃねえのか?」
「ち、がいます。ほ、本当は私、あの、内藤さんが好きで……! でも、警護課に行く機会なんてなくて……そしたら、友人や外城さんが私に、警護課に来れるような仕事を振ってくれて、だから……来る度にずっと、内藤さんを見てました……」
しどろもどろになりながらも、女は必死に言葉を紡いだ。相当緊張しているのか、肩が微かに震えている。告白は勇気が要るだろうに、真っ赤に染まった頬も耳も唇も、俺がそうさせているのだと思うと非常に心を揺さぶられた。
「す、すまん」
「……いえ、良いんです。でもこうして想いを伝えられて、すっきりしました」
「ち、違う、そうじゃねえ!」
俺の謝罪を聞いて勝手に自己完結しようとする涙目の女の言葉を遮って、俺は咳払いをした。
「アンタの気持ちも知らず、プライベートな部分に踏み込んですまなかった」
「えっ、いいえ、そんな私こそ……」
ああそうか、もしかしたら俺はいつの間にか外城に嫉妬をしていたのか。
自分でも気付かぬ内に、この女の真っ直ぐな好意を与えられるのが俺であって欲しいと望んでいたのだろう。
「もしアンタさえ良けりゃ、名前を教えちゃくれないか?……ついでに、連絡先も」
「は、はい! ぜひ!」
俺は嬉しそうに満面の笑みを浮かべる女に携帯を返した。
そしてもう1つ、と付け足して告げる。
「それと、次から警護課に来る時は外城じゃなく俺に会いに来い。良いな?」
「えっ!? あっ……、わ、わかりました!」
これからよろしくな、と今さっき記憶した女の名前を呼ぶと、まるで花が周りに散らばって見えるくらいに喜びを表現した。
外城も一枚噛んでいたのは正直気に食わないが、まあこんな始まりも悪くはないな、と俺は心が何だか温かくなる様な感覚がした。
(本当に好きな人の傍には近寄れない)
Smotherd mate