拍手お礼・05(戦国無双)
島 左近
/
松永 久秀
/
柳生 宗矩
作戦会議 / 左近
「はい、良いですか? では左近の完全無欠軍略教室、始めますよ〜」
「その名付けの感性は一体どこから来るのか」
良いから良いから、と左近殿が机に肘を置いて紙芝居を始めた。待った。それはわざわざ用意したのか。だが突っ込む間もなく左近殿は紙を1枚めくる。
そこには1人の棒人間が、複数の棒人間と敵対している絵が描かれていた。
「このように1人では敵わない状況で、アンタならどうしますか?」
「鬨の声を上げて斬り込む」
「初っ端から馬鹿な回答しないでください!」
素直に答えると左近殿がすかさず大声で否定した。いやしかし戦わねば勝てないだろう。
「無理せず撤退し、仲間を連れて万全な状態で出直して下さい」
「成程。確かに多くの雑兵を相手にするより大将首を獲ったほうが早いな」
「桶狭間の信長公ですかアンタは」
どうやら私の回答は左近殿の意に沿わなかったらしい。やれやれ、と言いながらまた紙をめくった。
今度は1人の棒人間が、2人の棒人間に左右から挟まれている絵。
「じゃあ、これならどうです? 勿論アンタが真ん中の攻撃を受けてる奴です」
「両方斬る」
「いや最終的にはそうでしょうけど! 2人同時になんて無理です!」
「脇差を使えば良い。そもそも直線上に挟み撃ちする敵が愚図すぎやしないか?」
「どうも絵が下手ですいませんでしたね! 兎に角、こういう時は一旦離れ、木や壁を背に戦って下さい」
結局倒すという目的は同じだろうに、左近殿は細かい男だ。
左近殿が大きな溜息を吐きながらまた紙をめくると、1人の棒人間がぐるりと円形状に囲まれている絵が出てきた。
「これは……!」
「逃げ場なく囲まれています。これもう無理なので降伏し……」
「何とも倒しがいのある囲みだな! 腕が鳴る!」
「アンタもう九州行け!」
左近殿は力を振り絞って私に気持ち良いぐらいの突っ込みをした後、大きく肩で息をした。
気持ちはわかる。私の戦い方は猪突猛進で敵に背を向けることを嫌う。それはそれは、仲間も見ていて肝を冷やすのだろう、が。
「左近殿、先程から逃げたり降ったりばかりの流れを見せるがどういうつもりだ?」
「何でそういう所は鋭いんですかねえ……」
「まるで私が痴鈍のような物言いだな、解せん」
「おこですか?」
「おこではない」
顔色を伺う左近殿の言葉に私は首を横に振った。
左近殿も観念したのか、紙芝居を机の上から放って一息つき、私に真剣な面持ちで向き直る。
「妙な小細工はやめましょう、失礼しました。実は殿から言われてたんですよ、敵陣に容易に突っ走るアンタがその内命を落とすんじゃないかってね」
「私は殿の刀だ。勝利をお納め出来るのであればそれも誉れだ」
「だが殿はそう思わない。例え戦に勝利してもアンタが死んじまったら負けたも同然に思うでしょうね」
私とてそこまで阿呆ではない。左近殿の言うことはよくわかる。
そして、殿に心配をかけていたと思うと少し心の奥がチクリと痛んだ。
「『百戦百勝は善の善なるものに非ず』、戦わずして勝つ事も大事なんです。その為に俺や殿が居る」
「左近殿……」
「逃げることは恥じゃない。撤退も戦略の内です。それをアンタに知って欲しくてね」
「私はそんなに先陣を切ってばかりだったのか?」
「そ こ か ら で す か ! ?」
自覚なしかい! といよいよ左近殿が机に両手をついた。常識人が突っ込み側に回ると忙しくて大変だなあ、と他人事のように同情する。
「わかりました、簡単に言いましょう。今後の作戦は『いのちだいじに』です」
「何処かで耳にしたような言葉だが、承知した」
「そしてもう1つ」
机の下から今度は4本の矢を取り出した。
その内の1本を曲げると、ポキっという小気味のいい音と共に真っ二つに割れた。
「このように1本の矢では簡単に折れます」
「毛利の言葉だな」
「ええ、ですが3本では……」
左近殿は3本の矢を握り、ぐぐっと力を込めた。だが少し軋むだけで折れそうにはなかった。試して下さい、と私に矢を手渡すので、3本の矢を曲げてみる。
「このように簡単に折れません。つまり1人で戦うのではなく俺や殿、吉継さんと……」
バキャッ、という音が響いたかと思えば、私の手に収まる矢は6本に増えていた。
「あっ」
「あっ」
違う。誤解だ。意地悪で折ろうとしたのではなく、左近殿のように力を込めてみたら容易く折れてしまっただけだ。慌てて弁明するが、左近殿は自信を喪失したかのように頭を垂れた。
重い空気の中なんと声をかければいいのかわからず戸惑っていると、左近殿は気を取り直したのか顔を上げて、握りこぶしで親指だけ立てた。
「いのちだいじに」
もう何も言うまいという思いがひしひしと伝わってきたので、私も口を結んで頷いた。
そして私は次の戦から、命を大事にしながら先陣を切ろうと心に誓ったのであった。
(表情筋が死んでる&休まずボケる&つよい)
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笹舟 / 久秀
さらさらと流れる澄んだ小川に笹舟が1つ、また1つと流されていく。手に持った新たな笹舟を水に浮かべ、また放す。薄紅色の花びらが水面に、そして笹舟の上にはらりと落ちた。
「またこんな人気のない所で笹舟流しか? 襲われても知らんぞ〜我輩とかにな」
「久秀様……」
雑草を踏みしめる音の方へ目を向ければ、つまらなさそうに此方を覗き込む男の姿。私の隣へ来ると、これから流そうとしていた笹舟を荒々しく摘んでくるくると指の上で弄ぶ。
「相変わらず下手な折り方だな、これではすぐに沈むぞ」
「それでも、良いのです」
無愛想な物言いをし、馴れ合いを忌み、己の世界で生きる久秀様は三好の中でもその姿勢を崩すこと無く風変わりで、自由な振る舞いが私には眩しく映った。私は久秀様の言葉の裏に潜むものを優しさであると感じ、いつの頃からか彼に慕情のようなものを抱いていた。
「我輩があれ程教えてやったというのに、もう忘れたのか〜?」
「覚えなければまた教えて頂けると思いまして」
笑みを浮かべながら答えると、久秀様は溜息を吐いて傍にある笹の葉を乱暴に千切った。慣れた手付きで舟の形作り、更にもう一枚葉を取ったかと思えば今度はそれで帆を舟に張った。その芸当はやはり私には真似できそうにない。
完成した笹舟を私に手渡してくるので、お礼を言って私は笹舟を水面に浮かべる。
「……でも、これで最後ですね」
私が流してきた笹舟とは違う、骨組みの強そうな久秀様の作った笹舟はゆらゆらと、だが決して沈むこと無く下流へ流れていった。
「向こうにも川はある。存分に流せば良い」
「そうすれば、貴方に届きますか?」
私は目を伏せながら、乞うように問いかけた。
「我輩に四六時中、川に居ろと言うのか? 傲慢な姫君のことよの〜」
「茶化さないで。ねえ久秀様、何故私を……」
その先の言葉をぐっと飲み込む。喉が詰まりそうになって、苦しくて堪らない。胸中の想いを吐き出すのは容易いが、その先に待つのは哀惜に黄昏れる2人の影。
明日、私は同盟の為に隣国に嫁ぐ。三好の姫として生まれた以上、架け橋にならざるを得ないのは詮無きこと。衰退する祖国の為に身命を賭す事が私に与えられた運命。
例え恋い慕う方が他に居ようともそれは泡沫の夢。手の届く距離なんて逆に心が苦しくなるだけ。
ああ、既に、全てが"今更"であった。
「私は貴方と一緒に夢を見て居たかった」
最後に残したその言葉は、久秀様だけでなく己自身を蝕む永遠の呪いのように、鼓膜にしがみついて離れようとしなかった。
隣国に嫁いでから1年。
夫とは不仲のまま、側室ばかりに愛情を注がれ、正室として子を宿すことも出来ない私は肩身の狭い思いをしていた。
城の近くを流れる川が天ノ川ならば、私が時折送った笹舟もあの人に届いたのかもしれない。聞けばこの川は私が生まれた国の、先の先まで続いていると言う。それならば私はこんな子供騙しの夢ではなく、自分自身を投じてしまいたかった。
まるで緩やかに死んでいくような、退廃的で何もない日々が見せる暖かな幻が、あの日自ら発した呪いと共に私の心をじんわりと蝕んでいった。
そうして、呪いは乱世という名の災いとなって私の身に降り掛かった。私の父が病死すると、それを好機と言わんばかりに夫が祖国へ侵略を始めたが、智謀の久秀様が居る国が簡単に落ちる事は無かった。
案の定、勢力は覆され、城には祖国の兵たちが次々と侵入してくる。私は自国に帰れるのだろうか、けれども傷物の私を愛してくれる方など、きっともう何処にも居やしないのだ。
城に火を付けられ、燃えさかる炎の中を彷徨いながら私は逃げ惑う女中達とは反対方向へ歩み出す。私はこうなった時の自分の役割を知っている。だからこそ、それに従ってやるものかと城を飛び出した。誰が、誰がこんな国の為に命を賭すものか。
しばらく走り続けた後に振り返れば、ああ、まだあの城が燃えている。私の嫁いだ国の城がそれはそれは見るも無残な光景となり、変わり果ててしまった。だが悲しむ義理や縁などどこにもない。どころか、何の感情も浮かばない。そんな私は薄情なのだろうか。それすらも朧気でどうやらわからない。
煙で痛めた喉を濯ごうと、両手で水を掬って口を付ける。何となしに水面に映る自分の顔を見れば、生きているのにまるで死人の様な顔をしていたので、不愉快になり水面の顔をぴしゃりと叩いた。
今こそ私はこの身を投げ入れる時が来たのかもしれない。人質として利用され祖国の足枷となるのは嫌だが、それよりも祖国が私を必要としないと考えたら死んだ方が救われると思った。
無意識に笹の葉を千切り今までで一番懇切丁寧に舟を折るが、あの人に教わった帆は結局覚えられないままだった。その飾り気のない舟を優しく握り、柔らかく口付けをする。
「さようなら」
最後に流す笹舟が、言の葉が、こんなにも悲しみを帯びたものになるなど誰が想像出来ただろう。臆病な私はこんな最後の最期まであの人に想いを告げられないままだった。
貴方に愛されたかった。抱き締めて欲しかった。いっその事、攫って欲しかった。幾星霜の愛慕をこんなにも小さく薄っぺらい舟に乗せたら、きっと重すぎて沈んでしまう。だから私はこの気持ちを胸の奥に秘めたまま果てる事を決意した。
すると上流からふっと何かが流れてきた。思わず目を見張り、よく見るとそれは帆付きの笹舟だった。思わず上流を確認したが、人の姿など何処にも見当たらなかった。よもや四面楚歌の状態であるというのに笹舟を流すような痴れ者など、この国には私しか居ないが、こちらに流れてくると知って上流から笹舟を放った策士なら1人だけ心当たりがあった。いや、そうであって欲しいと願った。
それに気付いた瞬間、私の双眸から涙が滝のように溢れ出した。幾つもの熱い雫が頬を伝い、喉が震えて嗚咽が漏れる。胸の奥がじわ、と熱を発して、心が苦しくて堪らない。
拭っても拭っても涙は途切れることを知らず、やがて私は子どものように大声でしゃくり上げてひたすら泣いた。
この国を、私の世界を、乱世を、全てを壊して欲しかった。
ずっとずっと、貴方を信じ続けていた。
「迎えに来たぞ、我が姫君」
(From『笹舟』花たん/ユリカ)
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いつの日か、いつか / 宗矩
※トリップ夢主
「ただいま、帰ったよォ」
「おかえりなさい宗矩さん! 夕飯も出来てますよ!」
パタパタと足音を立てて拙者の下へ寄ってくるお嬢ちゃん。主人の帰りを待つ子犬の様で可愛いねェ。
今日は何を作ってくれたのだろうか、彼女の作る料理はどれも風変わりで楽しみだ。
座って待っているとお嬢ちゃんが膳を運んで来てくれた。その後、お嬢ちゃんも拙者の前に向かい合うようにして座り、共に食事を頂く。
「今日は肉じゃがです! 肉とじゃがいも、人参などを醤油と砂糖で煮たものです」
「へェ、どれ。……うん、美味しいねェ。優しい味だ」
「良かったー、私も頂きます!」
拙者の賛辞に嬉しそうな顔を見せると、自らも箸を伸ばしてご飯を頬張った。
お嬢ちゃんを見付けたのは、死屍累々の戦場だった。
日ノ本では見かけない風変わりな衣を身に纏い、苦痛の表情を浮かべて倒れていた。
よく見ると酷い怪我で、生きていたのが不思議なくらいだった。一刻を争う事態だと思い、柳生庄に連れ帰って手当を施したものの、彼女は数日間眠り続けた。ようやく起きたかと思えば記憶を失っていて、自分が誰なのかわかっていないようだった。
ひと月経った今ではお嬢ちゃんもとっくに自分の名前を思い出し、ぽつぽつと自分の事について話し始めた。中でも一番驚いた話が、400年後の日本から来たとか何とか。にわかには信じ難い話だが、お嬢ちゃんの着ていた服や話し方、拙者の知らない世界の話が、信憑性を帯びさせた。
せっかく助けた命を放り出すのは拙者の信条に反するということで、今はこの柳生庄で面倒を見ているのだが、彼女の作る料理はどれも食べたことのない味で、かつ箸が進むのでおじさんこそ見事に胃袋を掴まれてしまったわけだ。
***
お嬢ちゃんが嬉しそうな顔をして、小さな布づつみを持ってくる。
「宗矩さん! お饅頭を頂きました〜! でも3個……」
「お嬢ちゃんが2個食べて良いよォ」
「じゃあ、ジャンケンしましょう!」
「じゃんけん?」
「こういう時に簡単に決着が付く方法なんです」
そう言われ、お嬢ちゃんに『じゃんけん』という、手のみを使った勝負を教えて貰う。その結果、拙者の大きな手のひらがお嬢ちゃんの握りこぶしを包む勝利に終わったわけだが、シュンとした悲しい顔になったので結局最後の1個は半分こした。するとすぐに表情をパッと明るくしたので、拙者の手にあるもう半分を与えようとしたけど断られた。
喜んだお嬢ちゃんからじゃんけんの更に先の『あっちむいてホイ』を教えてもらったんだが、これは勝敗を付けるよりも『ホイ』のやり取りが面白かった。
拙者がじゃんけんに勝ち、上下左右のどこかを指差すともれなくお嬢ちゃんもつられてそっちを向くので全戦全勝だ。その単純で素直なお嬢ちゃんは何とも可愛くて堪らなくなったが、勝てない勝負を持ち込まない方がいいよォ。
本当に彼女はいろんなことを知っているもので、拙者にとっては毎日に色を与えてくれる、大切で不思議な存在だった。
***
「お嬢ちゃん、このまま此処に居なよォ。おじさんがいつまでも養ってあげるから」
「ありがとうございます。でも私はこの時代の人間ではないから、きっと駄目なんです。家族ももしかしたら私の帰りを待っているかもしれません」
大きな桜の下で、お嬢ちゃんに膝枕をしてもらいながら思ったことを吐き出すと丁寧にそう返された。もしかしたら既に相手が居たのかと問うと否定され、なぜだか拙者は安心した。
「こんなにお世話になっているのに、すみません」
お嬢ちゃんが悲しそうな声を出すので拙者は体を起こしてきちんと向き直る。お嬢ちゃんの小さな手を包むように握ると、少し寂しそうに微笑んだ。
「気にすること無いさ、何ならおじさんと祝言でも挙げるかァい?」
そう言うとお嬢ちゃんは顔をポッと赤らめて「それ59回目です」と言った。ん、まあ確かにもう何度も彼女にそう告げているわけだが、毎度はぐらかされる。しかし言う度に毎度顔を赤くするお嬢ちゃんもお嬢ちゃんだと思うけどねェ。
「それに、」
「何だい?」
桜色の唇が薄く開き、震えるような声で言葉を紡いだ。
「帰りたくないと思ってしまったら、いつか来るかもしれない別れが、より辛くなります」
やはり彼女は元の時代に戻るつもりなのだろう。生真面目な性格だ。しかし拙者自身は彼女が未来から来たなどと、実は未だに半信半疑だ。どうすれば帰れるかなんて一寸たりとも考えたことが無い。だけどお嬢ちゃんを安心させる為、拙者は何度でも同じ言葉を掛け続けるよ。
「拙者は待つよォ。お嬢ちゃんがその気になるまで何年でもね」
「……ありがとう、宗矩さん」
いつか来るかもしれない別れだのなんだの、おじさんは悲観的な生き方をしたくないからねェ。今ある幸せを享受するので精一杯なんだよ、おじさんは。
だから目の前にある幸せを享受するために、おじさんはお嬢ちゃんの柔らかい太腿を再び堪能させてもらうことにする。
「くすぐったいです、宗矩さん……っ」
「ちょっとした意地悪さァ」
おじさんだって男だからねェ、目の前にあるおなごの太腿があればそれはもう触るに決まってる。その"いつか"の別れは"今"ではない事に早く気付いて欲しいが、急かすのは苦手でね。
その先は、お嬢ちゃんの心が決まってからにしよう。
(いつか、いつの日か、別れが来る)
Smotherd mate