「君、大変だ! 早くしないと間に合わない! 急いで!」
目の前に大型バイクが止まったかと思えば、ライダーが降りてきて私にヘルメットを投げ渡し、後ろに乗るよう促された。訳が分からないまま焦って後部座席に座ると、バイクは急発進した。慌ててヘルメットを被り、運転する彼の腰に腕を回す。
「飛ばすよ!」
「えっ、あのっ、ええ!?」
未だ状況が飲み込めないまま、元いた場所からどんどん遠ざかっていく。これドッキリかな。ドラマの撮影かな。誰かと間違えてるんじゃないかな。あ、こういう誘拐方法ってあったような……切迫した様子の彼に流されたとは言え、とんでもないことをしてしまった気がする。
「あの、どこに行くんですか!? あなたは誰ですか! 何で私なんですか――!?」
「後で教えるよ」
エンジンとタイヤの音がうるさいので声を張り上げながら質問を重ねると、彼は先程の焦った様子を微塵も感じさせないまま静かに言い放った。
街中を抜け、海沿いの道路をひた走り続ける。ライダーの彼はエンジンをブンブン言わせ、一向に止まる気配はない。このままコンクリ詰めされて冷たい海に沈められたらどうしよう。
しかしそんな心配もよそに、彼はバイクを停車させて、無事に私達は海へ到着した。赤と白のライダースーツが似合う彼がヘルメットを外す。半分オールバックにした茶髪、右目を隠すような長い前髪、一見優しそうで爽やかなその微笑みは……
「ふぅ、お疲れ」
「あれ? あなたどこかで見たことが……って、ああっ、王都ろ――」
「ストップ。今日はオフなんだから、困るよ」
大口開けて名前を叫ぼうとしたら、大きな手で塞がれた。私が黙ったのを確認してそっと離す。
「で、でも何で!? どうしてあなたが私を!?」
「それについては理由が色々あってね。とりあえず僕は誰かと海が見たかったんだ」
「理由?」
「初対面の一般人で大人しそうで考え無さそうでホイホイ付いてくるような女の子」
「つまり誰でも良かったって事ですか?」
「うん。だって僕、君の名前すら知らないもん」
そりゃそうだろうけど。あまりに一方的すぎて今更ながらムッとする。この人、「春風のように爽やかなアイツ」なんてキャッチコピーまであるくせに、随分イメージと違うじゃないか。調子に乗ってる芸能人ってみんなこんなもんなのだろうか。いやきっと彼だけだ。
「ほら見なよ。海、綺麗だからさ。見ないと帰りも送ってあげないよ?」
そんな脅迫まがいな言葉を掛けられ、仕方なく海に顔を向ける。真っ赤な夕陽がちょうど海に沈むところで、その美しい景色に感嘆の声を上げた。私の反応に隣の彼も満足そうに口端を上げる。
誰もが羨むであろう芸能人の彼と眺める海辺は、非日常感が強すぎて、まるで夢のようだった。彼の性格だけは夢ではなかったけど。
それから少しした後、私は拉致された場所へ送り届けてもらった。
後にも先にもこんな経験は二度と出来ないだろうなと、一週間前の事を思い返しながら大通りを歩く
すると、聞き覚えのあるエンジン音が耳を掠め、思わず顔を上げた。やはりこれまた見覚えのあるバイクが、前からこちらへ向かってきていた。
また「初対面の一般人で大人しそうで考え無さそうでホイホイ付いてくるような女の子」を探しているのだろうと思い、苦笑しながら通り過ぎようとすると、そのバイクは私の目の前で止まった。
「ほら君……じゃなくて名前ちゃん、だっけ? まあいいや、とにかく急いで!」
「えっ、ええ!? えええ――!?」
彼は私の腕を掴むやいなや、また夢の世界へと拉致したのだった。
Smotherd mate